2024/11/24 twst フロカリ / Dom/Subユニバースパロディ / Color続きを読む「あー……ダリィ」廊下の壁に体を預けながらなんとか歩くフロイドはそれだけ呟いた。実際彼の体の状態をこの上なく表した言葉である。倦怠感があり、体が重い。それもこれも、ジェイドが山を愛する会の活動と言って休みなのに早々と朝から山登りに行ってしまったせいである。そろそろ不調を来しそうだからプレイしてくれと昨夜のうちに頼んでいたと言うのに。この世界には男女の性別とは異なる、ダイナミクスと呼ばれる性がある。その性はDomとSubとNutral、稀にSwitchと呼ばれる四つに分かれている。DomはSubに対し、支配したいという欲求を持っている。支配と言っても躾やお仕置きをしたい、褒めてあげたい、世話がしたいなど、その欲求は多岐に渡る。逆にSubはDomに対して支配されたいという欲求がある。Domとは逆に躾されたりお仕置きされたり、褒められたり世話されたりなどの欲求。DomとSubはコマンドによるプレイをすることによって欲求を満たす。逆にいえば欲求が満たされないと、体調不良を起こしたり、下手をすれば死に至ることもあるらしい。NutralはDomでもSubでもない、いわゆる普通の人間だ。ダイナミクスによる影響を受けない。ちなみにSwitchはDomにもSubにもなれると言う稀な存在である。そしてフロイドはSubだった。躾されたいだのお仕置きされたいだのと思ったことは欠片もないが、定期的にプレイしなければ体調を崩した。フロイドは自分のダイナミクスを死ぬほど恨んだが――よりにもよって支配されたい側の性になるなんて――、フロイドのSubとしてのランクが高いため大抵のDomのコマンドは効かないことと、幸い双子のジェイドが同ランクのDomだったこともあり、ジェイド相手に定期的にプレイすることで体調管理を行なっていた。フロイドがSubであることを知っているのは家族とアズールくらいである。他の存在にこのことがバレたら舌を噛んで死んでしまいたくなるだろう。弱みを他人に晒すのは死に繋がるし、何よりDomだと思われているであろうのに実はSubだったと知られるのはプライドが許さなかった。アズールに知られるのだって本当は嫌だったくらいだ。なのに、この現状。欲求が満たされず、体調に異常が来している。この状態でサムの購買部に行き、抑制剤を買えば、フロイドがSubであると言うことがバレてしまう。普段から抑制剤を持ち歩かない己を一瞬だけ恨んだが、突発的に山に飛び出して行った片割れの方が恨めしい。自室に戻り、最悪な展開――サブドロップに陥ること――にならないよう体を休めていようかと踵を返そうとした時だった。いつもは軽い足が鉛のように重く感じて、うまく体を運べなかった。そうして廊下に倒れ込んでしまう。冷たい床に伏せって、短く息を吐く。これはかなりまずい状況だとフロイドは思った。限界になるまで我慢せず、もっと早くジェイドにプレイしてもらうよう頼めばよかった。なんなら昨夜のうちに済ませておけばこんなことにはならないのに。こんなことになるくらいなら「キノコを食べてください」と言うコマンドくらい聞いておけばよかったと後悔していると、パタパタと軽い足音が近づいてきた。「フロイド! どうしたんだ!?」聞こえたのはフロイドが普段、ラッコちゃんと言う愛称で呼んでいる相手、カリム・アル=アジームだった。たまたま通りかかったのだろう。倒れている巨体に驚きと心配の色を混ぜた表情でカリムは膝をついた。「……別にぃ、なんでもないし……」「なんでもないわけないだろ! どうしたんだ? 腹が痛いのか?」心配そうに顔を覗き込もうとしてくるカリムから顔を背けようとして失敗する。指先を動かすのも億劫だ。このままではサブドロップに陥るのも時間の問題かもしれない。カリムはポケットの中を漁りながら薬を探しているようだが、見当違いも甚だしい。腹痛くらいで倒れるわけないだろ、と心の中で毒づいた。「腹、痛ぇわけじゃねぇから……とにかくジェイド、呼んできて」カリムはフロイドの言葉を聞くと即座にスマホを取り出し、どこかに電話をかける。だが、すぐに困った顔をした。「ごめんフロイド、ジェイドに繋がらない……」どこまで山を登っているのかとフロイドは舌打ちしたくなったが、それすらやる体力がない。保健室に連れて行ってもらおうにもカリムの体格でフロイドを連れていくことなどできないだろうし、Domを呼んでくれと頼むなんてもってのほか。八方塞がりだ。「フロイド……顔色が本当に悪い、どうしたんだ? オレはどうすればいい? “教えてくれ“」カリムがそう言った瞬間、フロイドの口からするりと言葉が溢れた。「オレぇ、Sub、なんだよねぇ……。そんで今、サブドロップ起こしかけてんの……」言うつもりなんてなかったのに、言ってしまった。一体なぜ、と考えるよりも早く、カリムはどこか安心したように微笑んで、フロイドの頭に手を乗せて、優しく撫でる。「そっか、教えてくれてありがとうな。“良い子だ“」カリムが良い子と言いながら頭を撫でる、ただそれだけでさっきまで重たくて仕方なかった体が一瞬にして軽くなる。それどころか身体中に血が巡って、まるでぬるま湯に使っているような暖かさと多幸感に溺れそうになる。サブドロップに陥りかけていたのに、一転してサブスペースに入りかけていることをフロイドは自覚した。「……ぇ、あ……?」頭を上げて混乱するフロイドに、カリムは眉をハの字にして申し訳なさそうにする。「ごめんなフロイド、コマンドを使ったつもりはないんだけど、結果的にそうなっちゃったみたいだな。でも応急処置だと思って我慢してくれ」相手の了承を得ずにプレイすることはマナー違反だ。しかしそんなことはどうでも良い。兎にも角にも心地がいい。天国があったとすればここにあったのかと思うほど、フロイドは幸せな感覚に包まれていた。「ラッコちゃん……Domなの……?」「そうだぜ! 家の時の癖が出ちまったのかな。本当にごめんな、フロイド」ダイナミクスを他人に知られるのを嫌がる人間はたくさんいる。カリムはフロイドのダイナミクスを知らなかったから、フロイドも知られたくない方だったんだろうと判断して謝った。しかしカリムがDomだったとしても、フロイドも並のランクのSubではない。いくらサブドロップに陥りかけていたからといって、つい出てしまった程度のコマンドに応えるなんてことはしない。けれどカリムの言葉には抗えなかった。抗うと言う考えすら浮かぶ暇もなくただ応えていた。それだけでカリムが最高ランクのDomだとわかる。さすがはアジーム家の嫡男である。血筋からして違う。(やば……これ、ハマりそう……)“ハマりそう“。そう危惧したフロイドの予感は後に当たることになる。「“こちらに来てください“」「……」「おや? どうしたんですか、フロイド。また体調を崩しますよ」体調管理のためにジェイドとプレイを試みた時だった。フロイドはジェイドのコマンドに対してぴくりとも反応しなかった。いつもなら嫌々ながらジェイドの方へと向かい、大袈裟に「さすが僕の片割れ、よく出来ました」と褒められるのだが、フロイドの足は動こうとしなかった。「どうしたんでしょうね、これでは体調管理ができませんよ」「……この間さ、ラッコちゃんに助けられたって言ったじゃん」「ああ、サブドロップに陥りかけたらしいですね」「他人事みてぇに言うなし! ジェイドが朝から山登りに行ったのが原因なんだよ!」「その節はご迷惑をおかけしました……それで?」それで、と促してくるジェイドは心配そうにしていた。不可抗力とは言えフロイドが自分のダイナミクスをカリムにバレてしまったことを気にしているのではないかとか、さすがに罪悪感を覚えているらしい。フロイドは言い難そうに視線を逸らせながら、その時の詳細を語ることにした。「多分だけどさ、ラッコちゃん最高クラスのDomなんだよね」「僕たちよりもランクが上、と言うことですか」「そー。そんで、ラッコちゃんにとってコマンドのつもりないコマンドに応えたら、サブスペースに入りかけて……」「……カリムさんのDomとしてのクラスの高さがわかりました」つまりたった一回のコマンドでジェイドのコマンドでは物足りなくなってしまったのだ。カリムのコマンドに応え、褒められると言う多幸感を一度でも覚えてしまったら、まるで麻薬のようにそれしか受け付けなくなってしまった。「困りましたねぇ」「マジでジェイドのせいだかんな! どうすんのさ、これ!」「どうすると言われましても、カリムさんにプレイを頼むしかないんじゃないですか?」それこそ他人事のように言うジェイドに、フロイドは項垂れた。言葉にしなかっただけで、フロイドもそれしかないことはわかっていた。「とりあえずアズールに相談しに行きましょうか」「ラッコちゃんに借り作るの絶対嫌がりそうなんだけど」「けれどフロイドの生死に関わります。そんなこと言ってられませんよ」そうと決まれば即行動。双子はアズールの部屋に行き、ことの顛末を語った。寮長ゆえの一人部屋のため他人に聞かれる心配はないと言うことでフロイドは語った。カリムのコマンドを聞いたときいかに素晴らしい体験をしたか。もう並大抵のDomのコマンドを聞く気にはならないだとか。「頭の痛い話を持ってこないでください……」「こっちだって頭が痛いですよ」「泣くふりしても楽しんでるってわかってんだよ」メソメソとあからさまに悲しそうな表情を作るジェイドに対し、フロイドはその背中を蹴った。Nutralのアズールはサブスペースに入る悦楽を知らないが、フロイドがジェイドのコマンドを聞かなかったと聞いて驚いた。今まで二人でなんとかしてきたのに、それが破壊されてしまうなんて。なんというか、カリムという存在はあらゆる意味で規格外だ。「仕方ないですね……カリムさんにはフロイドの責任を取ってもらうということで話をつけましょう」「プレイして“もらう“じゃなくて責任取ってもらうなんだ」借りを作るのではなくむしろ被害者ぶって強請るというわけか、と納得顔のフロイド。ジェイドも「さすがアズールですね」と褒めている。「実際、勝手に向こうがコマンドを使ってフロイドがカリムさん以外のコマンドを聴けなくなってしまったんだから間違いではありません! 人をガメツイ奴のように言うのはやめなさい!」それもそうかとフロイドは頷いて「じゃあどうするのさ」と問う。「まずジャミルさんに話を通します」「え、ウミヘビくんにオレのダイナミクス知られんの嫌なんだけど」「陸の言葉に将を射んと欲すれば先ず馬を射よと言います。カリムさんのスケジュールを管理しているジャミルさんには話を通しておいた方が良いでしょう。カリムさんが突然実家の用事で、などと帰られても困ります。ちゃんと定期的にプレイしてもらうよう手筈を整えるならジャミルさんに話を通すことが必須です」「うへぇめんどくせー」「けれどアズールの言っていることも正しいです。ところでジャミルさんのダイナミクスは?」「Nutralだと言っていました」「言ってたっていうかそれ聞き出したんだよね?」アズールに対してジャミルがダイナミクスの話をするわけがないと踏んだフロイドはそう聞いてみたがスルーされた。「それではスカラビアのお二人を明日、モストロラウンジのVIPルームに呼び出しましょう」話はまとまったと、アズールは双子を部屋から追い出す。追い出された二人は仕方なく部屋に戻り、明日のためにとっとと眠ることにした。翌日、放課後。うまいことカリムとジャミルをモストロラウンジのVIPルームに呼び出すことに成功したアズールはニコニコと胡散臭い笑顔で二人を迎えた。「ようこそ、カリムさん。ジャミルさん」「おう、なんか大事な用があるんだよな? オレにできることならなんでも言ってくれ!」「カリム、軽率なことを言うな。どうせ碌なことじゃない」「それがそうでもないんですよ、ジャミルさん」アズールの後ろに控えていたジェイド一歩前に出る。190の巨躯に見下ろされるのは威圧感がある。ジャミルは少し体を引きつつ、「なんだ」と答えた。「僕のダイナミクスはDomでして」突然、自分のダイナミクスを晒したジェイドに、ジャミルは驚く。ダイナミクスを晒すのはそれだけデリケートなことなのだ。「そしてフロイドのダイナミクスはSubです」同じようにアズールの後ろに控えていたフロイドのダイナミクスも晒す。そこで、ジャミルは何があったかを察した。そういえば最近、カリムはフロイドが体調を崩していたところに出会し、ジャミルの薬を使って助けてやったと言ってきたことがあったなとジャミルは思い返す。「つまり、フロイドとカリムの定期的なプレイがお望みだと?」「……さすがジャミルさん。というか話が早すぎじゃありませんか? どこかで見ていたんですか?」「いや、アジーム家ではよくあることだ」よくあること。いやよくあって堪るか、とオクタヴィネルの三人はジャミルに視線を集める。「アジーム家の使用人にもSubは多い。そして、そのSubはカリムのコマンドにもならないコマンドを聞き、リワードをもらう。……どうなるかわかるか?」「……つまり、アジーム家にもカリムさんのコマンドしか受け付けないSubが大量にいる、と……」「そう言うことだ。ちなみにカリムは定期的に家に帰って使用人たちを一箇所に集めてプレイを行っている」うわぁ、とドン引きなオクタヴィネルの三人とは裏腹に、カリムは何が起こっているのかわからないといった表情でVIPルームに集まったメンツの顔を見渡している。そんなカリムにため息を吐きつつ、ジャミルは丁寧に説明してやる。「いいか、カリム。お前が軽率に出したコマンドのせいでフロイドがお前のコマンド以外受け付けなくなった。だからフロイドと定期的なプレイが必要だ。フロイドの生死に関わることだからオレたちに断る権利はない」「えっ、そんなことになってたのか?! フロイド、本当にごめん!」「そこまでは言ってないけど……別に謝んなくていーよ。ラッコちゃんがいてくれたおかげで助かったし」そしてまた危機を迎えているのだが。心から申し訳ないと思っていることがカリムからひしひしと伝わるため、フロイドは逆に感謝の意を表した。あの時、カリムが通り掛からなかったら、本当に死んでいたかもしれないのだ。だからカリムのコマンドしか受け付けなくなってしまったとしても安いものだろう。……多分。ジャミルがここまで協力的なのが不気味だが、これで定期的なプレイを確約できたことになる。アズールとジェイドは良かったですねとフロイドに声をかけ、ジャミルはどれくらいの頻度でプレイが必要か聞いてきた。カリムはというとVIPルームを訪れた時に出されたモストロラウンジの期間限定ジュースを飲んでいる。軽くカオスである。フロイドは遠い目をしながらプレイの頻度のすり合わせなどをすることになった。そうしてとりあえず、今。早速プレイしたいと言って、フロイドとカリムだけがVIPルームに残り、二人きりになっている。カリムにコマンドを出されてから一週間ほど経ち、少しばかり体が重くなり始めたところだった。「それじゃあフロイド、セーフワードは?」「ラッコちゃん、セーフワードが必要なプレイすんの?」「そんなつもりはないけど、マナーだろ? オレはフロイドの嫌がることをしたくないから、一応。な?」「……じゃあ、“飽きた“」「わかった。……“おいで“」フロイドから離れたところに座り直したカリムが、フロイドに向かって両腕を広げてコマンドを言う。それだけでフロイドの背筋にビリリと電撃が走るような感覚を覚え、足は自然とカリムの方へ向かった。カリムの正面に立つと、カリムは「“隣に座って“」と更にコマンドを出す。コマンド通りカリムの隣に座ると、カリムはフロイドの寮服の一部である帽子を取って、わしゃわしゃと撫でながら、満面の笑顔で。「良い子だ、フロイド!」それだけでもう駄目だった。くたりとカリムの方へ倒れ込み、力が抜けていく。多幸感が溢れる。身体中がぽかぽかする。心臓の音が耳元で聞こえるようだった。そんなフロイドを受け止めきれず、フロイドと一緒にソファに倒れ込んだカリムだったが、カリムはフロイドの頭に腕を回して、「良い子だなぁ」と続けて褒めてくれる。こんな感覚は知らない。まるで全身が溶けてしまったようで、幸せで幸せで他に何もいらないと言う感覚は。アジーム家の使用人はいつもこんな感覚をカリムからもらっているのだろうか。そう思うとずるい、とフロイドの中で嫉妬のようなものが芽生えた。定期的にカリムとプレイするようになってから、フロイドの機嫌は常に右肩上がりだ。体調は凄まじく良い。今ならリリアと戦っても良いところまで行きそうだとさえ思えるほどに。双子の論外の方が最近かなり上機嫌で気持ち悪い、とNRC内で実しやかに囁かれていた。実際事実なのだが。今日もカリムとプレイ予定だ。プレイする場所はモストロラウンジのVIPルームだったり、カリムの自室のどちらかだった。プレイ後のフロイドがしばらく使い物にならなくなるから、周囲の目のないところでプレイするしかない。今日はカリムの自室でプレイすることになっていた。そんなわけで、フロイドは上機嫌でカリムの部屋を目指す。もはや定期的にスカラビアにやってくるフロイドのことをスカラビア生はなんとも思ってなく、豪奢な廊下を歩いていても誰もフロイドを気にかけない。ノックもせず寮長専用の部屋に入ると、カリムがベッドの上で座っていた。「お、フロイド。時間通りだな!」「でしょ〜。オレってば良い子?」「ああ! 時間をしっかり守れるフロイドは良い子だ!」扉の前から動かないフロイドだが、カリムに褒められることで充足感を覚える。もっと欲しい、とカリムに早くプレイするように促した。カリムとのプレイはかなり軽いもので、「“おいで“」や「“今日あった楽しかったことを教えてくれ“」と言った内容ばかりだ。カリムのDom性は褒めることで欲求が満たされるらしい。フロイドはと言うと、別に躾やお仕置きなどされたいわけではないので――Subだからといってマゾヒストなわけではないのだから当然だ――、カリムとの簡単なプレイが気に入っていた。「フロイド、こっちに“おいで”」早速のコマンドにフロイドはすぐさまカリムに近づいた。するとカリムはいつも通り自分の隣を指して「“座ってくれ“」とコマンドを出す。身長差のせいでフロイドが立っていて、カリムが座っていると褒めることができない。だからいつもこうやって隣に座り、カリムが頭を撫で、「良い子」と言ってくれるのを待っている。そうして希望通りにカリムはフロイドの頭を撫でながら「良い子だなー!」とカリムも嬉しそうにリワードをくれる。また多幸感に包まれて、フロイドはカリムに絡みつくとベッドに倒れ込んだ。カリムも慣れたもので、その状態で頭を撫でてくれる。いつもならこれくらいでプレイが終わるのだが、カリムがいつもとは違うことを言い出した。「今日はもうちょっとプレイしていこうか」これ以上プレイしたら確実にサブスペースに入ってしまうと思ったが、「なんで?」と尋ねると、簡単な答えが返ってきた。「今度、一回実家に帰ってみんなとプレイしてくるんだ。だからしばらく間が空いちゃうから今のうちに溜める? なんて言うんだ? たくさんプレイして、フロイドの体調が悪くならないようにしておかなきゃと思って」カリムの言ったことに、フロイドは冷や水をかけられた気がした。そうだ、カリムはフロイドだけのDomじゃない。アジーム家にいるSubたちのDomでもある。自分だけが特別じゃないと思った瞬間、フロイドは凄く嫌な気分になった。「次はどんなコマンドが良い? あ、“今日あった楽しいことを教えてくれないか?“」それでもカリムは穏やかにコマンドを出してくる。フロイドがショックを受けていることに気づいていないようだ。フロイドはカリムのコマンドに応えようとした。しかし、フロイドの口から出たのは別の言葉だった。「“飽きた“」咄嗟に出たのはセーフワードだった。カリムは驚きで目を瞠り、フロイドも同様に驚いていた。カリムが実家に帰って、複数のSubたちとプレイすると考えたら、とてつもない嫌悪感に襲われて、気がつけばセーフワードを口にしていた。さっきまで覚えていた多幸感が消え、フロイドは起き上がる。「今日はもういいや、ありがとね。ラッコちゃん」セーフワードを使われたという衝撃に何もできないカリムを置いて、フロイドはそそくさとカリムの部屋から逃げ出した。カリムがアジーム家のSubともプレイしていることは前から知っていたのに、どうして急に嫌な気分になったのだろう。どうして、自分だけが特別だと思ったんだろう。混乱だけがフロイドの頭の中を支配して、その日のモストロラウンジで提供される料理はひどい有様だった。その結果、フロイドはアズールに呼び出されている。なぜかジェイドも一緒だ。「……で、どうしたんですか。今日はカリムさんとのプレイの日でしょう。なんでそんなに機嫌が悪いんですか」ズバリと指摘してくるアズールに、フロイドも「わかんねぇ」とだけ答える。今日のラウンジの売り上げが散々だったアズールはそんな答えで納得がいくわけがなく。「僕はDomではありませんが、答えなさい。このままではラウンジの経営に関わります」「……ラッコちゃんが実家に帰るって」「実家に? ……ああ、アジーム家の使用人の方たちとプレイしに帰るんですね。それがどうしたんですか?」「それが嫌だったから、セーフワード使っちゃった」アズールとジェイドは驚きに顔を染める。ジャミルから聞いていた通り、カリムは定期的に実家に帰り、使用人とプレイすると言うことはわかっていたはずなのに、なぜ?「ラッコちゃんのSubっていっぱいいるんだよね。オレはその中の一人だって、分からされたっていうか、ずっとオレはラッコちゃんの特別だと思ってたっていうか」だから、セーフワードを使ったと言う。アズールとジェイドは深いため息を吐く。フロイドはどうしてそんな反応されるか分からず、首を傾げた。自覚がないと言うのは恐ろしい。アズールはのろのろと顔を上げ、フロイドに指摘した。「あなた、カリムさんのことを好きになってしまったのですね」「……はぁ?」「自分以外のSubとプレイして欲しくないと言うのはそう言うことでしょう」確かにカリムといると気が楽だ。趣味が合うし、気を使わなくて良いし、わがままは聞いてくれるし、プレイの内容もフロイドに合わせてくれる。「ジャミルさんも言ってましたよ、アジーム家にいるSubで自分だけとプレイして欲しくてカリムさんを監禁しようとした人がいると」「はぁっ?! 何それ、聞いたことないんだけど!」「まぁ、醜聞ですしね。そのSubをカリムさんが説得して今もアジーム家で仕事をしているようですが」どこまで心が広いのやら、とアズールは呆れながら言った。そしてジェイドが口を開く。「フロイドはその一歩手前に来ていると言うことですね」「オレはラッコちゃんのこと監禁したりしねぇし」「でも、他のSubとプレイして欲しくないんでしょう?」そう言われて何も言い返せなくなる。SubにとってDomからのコマンドをこなし、リワードをもらうと言うのは大事なことだ。それがなければ体調を崩し、下手をすれば死に至る。頭ではわかっているのだが、感情がそれを認めたくなかった。それはつまり、フロイドはカリムが好きと言うことだ。「……オレがラッコちゃん好きなのは分かったけど、だからってどうすればいいの」「想いを伝えてみてはいかがですか?」「ラッコちゃん、オレのこと好きだとは思えないんだけど……」「定期的にプレイしているのですから、もしかしたらがあるかもしれませんよ」どんよりと重い空気を背負いながらフロイドは考える。もし告白して、断られたらもうカリムとはプレイできないのだろうか。それは嫌だ。絶対に。カリムでなければならないのだ。カリムは今、実家に帰っている。三日程度でNRCに帰ってくるとジャミルから聞いたが、三日後、想いを伝えるしかないのか。フロイドは不安を覚えながらカリムが帰ってくるまでの期間、不機嫌さを隠そうともせずに過ごすことにした。そして一日目ですでに体調に異常が来している。この間プレイを強制的に止めたからだろうか。ベッドに引きこもり、ただカリムが帰ってくるのを待つ。あと二日がこんなにも長いなんて。そう思いながらフロイドは眠りについた。三日後、荷物を携えたカリムが急いでフロイドの部屋にやって来た。「フロイド! 大丈夫か?!」フロイドの状態をジェイドから聞いていたのだろう。顔を青くしたフロイドを見て、荷物を放り出したカリムはフロイドに近づく。そして早くプレイを、と言うカリムをフロイドが止める。「その前に、話したいことが、あってさ」「話したいこと? なんだ、なんでも聞くぞ」なんでも、は軽々しく使うなと言われたのにカリムはすぐに忘れてしまうことにフロイドは少し笑った。「オレさぁ、ラッコちゃんのこと、好きになっちゃったんだよね」「オレもフロイドのこと好きだぞ?」「そういう意味じゃなくて、恋人になりたいって意味で」そう言うと、カリムはしばらく固まって、やがて顔を赤くした。「えっ、でも、え、な、なんでだ?」「プレイたり、遊んだりしてる間にさー、ラッコちゃんといると、居心地がいいって思うようになったんだよね。刷り込みかもしれないけどさ。この間、アジーム家の使用人たちとプレイしてくるって言われた時、正直ショック受けた。オレだけがラッコちゃんの特別なSubだと思ってたから」あの時思ったことをそのまま伝える。カリムは、視線をあちこちに向けて困っているようだ。「アジーム家の使用人のこと考えると、ラッコちゃんがプレイしなきゃいけないって言うのは分かってるんだけど、それでも嫌だった」「そ……なのか。だからセーフワードを使ったのか?「そう。馬鹿らしいでしょ」するとカリムは黙り込んで、何かを考えるように口元に手をやった。その頬は赤いままで、瞳も若干の潤んでいる。「オレとのプレイが嫌になったから、じゃないのか?」「そうだよ。むしろラッコちゃん以外とプレイしたくない」――だから責任とってよ、ラッコちゃん。起き上がったフロイドは、カリムの腹に抱きついて懇願する。カリムはそんなフロイドの頭をそっと撫でる。「……オレはアジーム家の嫡男で、Subもたくさん抱えてるんだ」「……知ってる」「でも、フロイドとのプレイは他のSubとのプレイよりも気持ちがいいんだ」「え?」顔を赤くしたまま、カリムは続ける。「使用人たちの体調管理のためにコマンドを使うのはやめられないけど、でもフロイドがオレの特別なSubになりたいって言うんなら」カリムは放り出した荷物から、ゴソゴソと何かを探し出した。それは銀色のチョーカーで、複雑な紋様が刻まれ、中央には赤い宝石が飾られている。一眼見ただけで高級品だとわかる。「これ見た時、フロイドのことが真っ先に浮かんだんだ。フロイドはつけてくれないかもしれないけど、って思って、本当は出すつもりはなかったんだけど」そう言って持っていたチョーカーをカリムはフロイドに渡す。これがどう言う意味か、分からないフロイドではない。DomからSubへ送られるパートナーの証、Colorだ。「パートナーって言っても歪んでると思うけど、オレの特別なSubはフロイドだけだから渡しときたくて」「……それってラッコちゃんもオレのこと好きってこと?」カリムは耳まで赤くして、「うぅ」と呻いたが、フロイドの言葉を認めた。いつ好きになったのか分からない。でも、プレイすることでフロイドとの時間が生まれ、一緒に過ごしていくうちにだんだんと好きになっていったのだとカリムは言う。それだけでフロイドは舞い上がりそうになったが、体調が悪くすぐにへたり込んだ。「フロイド、とりあえずプレイしようぜ!」「……分かった」じゃあ、と顔を赤くしたままのカリムが、一つのコマンドを出す。「“キスして“」思っても見なかったコマンドに、フロイドは一瞬目を瞠ったが、すぐにカリムの唇にそっと自分の唇を重ねた。ほんの数秒にも満たないキスだったけれど、フロイドは今まで以上の幸福感を覚えていた。唇を離してすぐ、カリムはフロイドにはにかみながら「良い子」と褒めてくれた。直後、フロイドがサブスペースに入ったことは言うまでもない。Colorをつけると言うことがどう言うことか、フロイドはよく分かっている。己がSubであるということを公言しているようなものだ。けれどフロイドはカリムから渡されたチョーカーを首に付けた。本当は金にしたかったらしいが、フロイドなら銀かなと悩んだんだと語られたチョーカーをフロイドは気に入っている。NRCにはDomが多く、フロイドのチョーカーを見てコマンドを実行しようとしてくる奴もいたが、ランクの低いそいつらを蹴散らしてフロイドは今日もカリムの元に行く。プレイだけじゃなく、恋人としての時間を過ごすために。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 恋のすゝめ続きを読むカリムが一人で中庭で昼食を食べている時――その日、いつも一緒に昼食を取っているシルバーは教員に呼び出されていなかったのだが――、廊下を歩くフロイドの姿を見つけた。長身で特徴的なピーコックグリーンの髪色の彼はカリムにとってはひどく見つけやすく、大声をあげてフロイドのことを呼ぼうとした瞬間。フロイドの近くに真紅の薔薇を思い起こさせる髪色をした少年がいることに気がついた。カリムと同じ寮長として親しくしているリドルがいた。リドルはフロイドに揶揄われているようで顔を真っ赤に染め上げ、怒っている。フロイドはそんなリドルの様子を見て楽しんでいるようだ。フロイドがリドルを揶揄い、それに対してリドルが怒る。いつもの光景なのに、それを見てカリムは嫌な気分になった。そのことを疑問に思うと同時に食欲が失せ、カリムは食べていた弁当に伸びていた食指を止める。ジャミルには申し訳ないが、弁当は残そう。気がつけば二人はいなくなっていた。カリムの心に仄暗い感情を残して。モヤモヤは午後になっても消えず、カリムの頭にはフロイドとリドルの姿が頭にチラついた。そのせいで魔法薬の授業で失敗し、クルーウェルに課題を出され、軽音部の部室でリリアとケイトに手伝ってもらいながら必死に課題をこなしている。「どうしたんじゃ、カリム。いつもはなんだかんだ真面目に授業を受けておるじゃろ。こんな課題を出されるなんて珍しいのぅ」「そうだね、カリムくんにしては珍しいかも。なんか悩み事でもあったの?」決して答えをそのまま教えるわけではなく、カリム自身が答えを導き出すように教えてくれる二人に質問され、カリムは「う〜ん」と悩ましい声を上げた。そんなカリムの様子に、リリアとケイトは顔を見合わせる。悩みとは無縁そうなカリムが、本当に何かに悩んでいるのかもしれない。これは聞き出さねばなるまい、とリリアとケイトは視線で通じ合う。そそくさとカリムの前に置かれた課題を避け、「休憩にしようか」と少しばかり不自然に促す。しかしカリムはその不自然さには気づかず、素直に頷いた。「で、カリムくん。悩みって? ほらほらぁ、けーくんに言っちゃいなよ」「そうじゃぞカリム。悩みを抱えていては体に悪い。実際に授業に支障が出ておるようじゃし」「えっ、なんでオレに悩みがあるってわかるんだ?」カリムは驚いたように目を瞠り、リリアとケイトを見やる。「同じ軽音部なんだから当然でしょ!」「そうじゃそうじゃ、同じ部の仲間じゃろう。気軽に話してみるが良い」カリムのわかりやすさについては言わずに、とにかく話を促すリリアとケイト。それにカリムは唸りながら、話すべきか考える。いつも部活で会話したり、音楽を一緒に奏るリリアとケイトのことはもちろん信頼している。彼らになら、自分に起こる不可解な現象を相談してもいいかもしれない。そうと決まれば早速カリムは今日の昼に起きたことを話すことにした。「実は今日の昼、一人で中庭で弁当を食べてたんだけど」「一人で? シルバーくんと一緒じゃないなんて珍しいね」「シルバーは先生に呼び出されてて一緒に食べれなかったんだ」普段、授業中も寝てしまうシルバーは罰として教員の手伝いをすることが稀にある。今日はたまたまその日だったと言えば、リリアもケイトも納得した。そのままカリムは続ける。「で、廊下でフロイドが歩いてるのを見かけたから声をかけようと思ったんだけど……」「思ったんだけど?」「リドルが一緒にいてさ」「えっ、リドルくんが?」突然出された自分の寮の寮長の名前に驚くケイト。カリムの悩みにリドルが関わっているのなら、ケイトは積極的にカリムの悩みの解決に乗り出さねばと真剣に聞く姿勢になった。寮長同士のいざこざなんてとんでもない。「フロイドがリドルを揶揄って、それにリドルが怒るんだ」「いつものことじゃな」「いつもの光景だねぇ」「そう、いつものことなんだ」だけど。しょんぼりと肩を落とすカリムは、らしくなく眉をハの字にして胸の辺りにギュッと握りしめた拳を当て、「でも俺は、それを見て嫌な気分になったんだ」「嫌な気分に?」「カリムが?」カリムが気分を害するなんて珍しいと二人は瞬く。朗らかで、明るくて、負の感情なんかまるで無縁そうなカリムが嫌な気分になるとはどういうことか。「フロイドがリドルに構ってるのはいつものことなのに、オレはそれが嫌だったんだ」辛そうに言うカリムを見て、リリアがふむと頷く。ケイトも何かを察したように口元を三日月のようにして笑みを浮かべていた。「それって嫉妬じゃない?」「うむ、フロイドがリドルに構っていたことに嫉妬しておったんじゃろう」「……嫉妬?」不思議そうに首を傾げるカリムに、ケイトはカリムの頬を指でつつく。「そうそう、カリムくんってばリドルくんに嫉妬しちゃったんだよ〜」「まさかカリムがフロイドのことを好きになるとは思わなんだ。じゃがフロイドとカリムは気が合うから納得でもあるのう」うんうんと頷きあう二人にカリムはついて行けてない。何がそんなに楽しそうなのだろうか?疑問に思ったことを抱えておくなんてことをしないカリムは、素直に二人に問うことにした。「何でそんなに楽しそうなんだ?」「いやー、恋バナって言ったらテンション上がっちゃうでしょ」「うむうむ、それにカリムの恋バナじゃからのう。カリムに特別な人ができる日が来るとはめでたいことじゃ」朗らかに笑い合うリリアとケイトとは真逆にカリムの顔色は血の気が引いたように蒼白になる。てっきり照れたり恥じらったりするものかと思いきや、それどころか何かを嫌がるように首を振った。そんなカリムの様子は初めてで、ケイトは驚きを隠せない。「違う、オレには特別な人なんていない」「好きな人が出来るなんて、普通のことじゃん? そんなに気にすることないよ〜」普通のこと、と言うと、カリムは今すぐにでも泣き出しそうな顔になってしまう。更に慌てたケイトは、「どうしたの?!」とカリムの心配をする。「特別なんていらないんだ。カリム・アル=アジームに特別な人を作っちゃ駄目だなんだ」誰にでも平等に慈悲を与え、特別な存在など作らない。次期アジーム家の当主となるカリムは無意識にずっとそう思ってきたし、そうしてきた。自分の命を狙う人間にも、家で働く使用人たちにも。なのに誰かに入れ込んでしまったら、その誰かだけを特別扱いしてしまうかもしれない。他の何もいらなくなってしまうかもしれない。いつか沢山の女性を嫁に迎えて子を作らねばならないというのに、その女性たちを拒絶してしまうかもしれない。そうなったらアジーム家の恥である。涙を溜めながらそう訴えるカリムに、二人は複雑そうな顔をした。カリムは生まれが特殊すぎる。だから特別な人間をあえて作ってこなかったのは、カリムにとってある種の自己防衛だったのだろう。リリアはそっとカリムに寄り添い、肩を抱く。「確かにそうかもしれぬな。しかしカリムよ、そう悲観するものではない。特別な存在を作るということは尊いことじゃ。特にお主にとっては、狭い世界を広げることになるかもしれん」「だけど、オレはアジーム家を継がなきゃいけなくて、父ちゃんみたいに誰にだって平等でなきゃいけないのに」「そのアジーム家を継ぐのって、カリムくんじゃないとダメなの? 弟くんとか妹ちゃんとかに家督を譲るとか……」「そうすると弟妹たちの命が狙われるようになる」そう否定するカリムに、ケイトはギョッとする。その言い方はまるで自分の命が狙われるのは構わないと言いたげだ。いや、実際にそうなのだろう。カリムにとって、自分の命は大切だが、他人と比べれば安いものと思っている節が時折感じられた。そのことが寂しいとケイトは思ったが、カリムの気持ちを考えると何も言えなくなる。結局その日は泣き出しそうなカリムを慰めて部活は終わった。カリムが寮に戻るとジャミルは目を赤くしたカリムに驚いて、何事かと聞いてきたがカリムは「なんでもない」を貫き通し、自室へと戻った。寮生たちもいつも元気なカリムが落ち込んでいる様子を心配していたが、カリムはそれをありがたいと思いつつ何も言うことはできなかった。ベットに倒れ込み、昼間見たフロイドのことを思い出す。それだけで心臓がどくりと跳ね上がるものだから、カリムは自分の胸の真ん中を叩いた。「フロイドはただの友達、特別なんかじゃない」言い聞かせるように呟いて、目を閉じる。疲れていたのか、カリムはそのまま眠りについた。明日になったらいつもの自分に戻っていますように、と願いをかけながら。起きたら翌日になっていた。カリムは目をぱちぱち瞬かせながら周囲を見渡す。テーブルの上に盛り合わせの瑞々しいフルーツが置いてあり、きっとジャミルが置いておいてくれたんだろうなと感謝する。昨夜は何も食べなかったから、食べやすいフルーツを選んでくれたんだろう。それにカリムはこういったフルーツが好きだった。毒が仕込まれててもわかりやすいし、対策がしやすい。こう言った思考になって、やっぱり自分は誰かを好きになる権利などないとカリムは思った。もしカリムに恋人ができたとして、その恋人が狙われたらどうする。カリムには恋人を守ってやるだけの力はない。そうだ、昨日のことは気のせいだったんだと思いながらフルーツを食べた。そう思っていたのに、「あれ〜、ラッコちゃんじゃん。顔色悪くない?」鏡舎でフロイドと鉢合わせた。会うつもりなんて毛頭なかったのに、タイミングが悪すぎる。「なっ、なんでもない! 大丈夫だ、心配してくれてありがとう!」カリムは心臓が高鳴りつつあるのを自覚して、とにかくフロイドから逃げるように校舎へ向かった。残されたフロイドはぽかんとカリムの後ろ姿をただ見守るしかなかった。それから何の因果かその日に限って何度もフロイドとエンカウントしてしまったカリムはフロイドのことを避けた。避けまくった。そうして――「――なぁんでオレから逃げてんのぉ?」フロイドの不興を買ってしまったカリムは、人気のない廊下で壁際に追いやられていた。長い手足で行き場を遮られてしまって逃げ場がない。いわゆる壁ドンというやつだろうか。ケイトが前に貸してくれた漫画に描いてあった。とにかくこの状況はまずい。顔が熱くなるのを感じながら、なんとか言い訳を考えなければ、とカリムが出した答えはこうだった。「きょ、今日は人魚と話すと悪いことが起こるって占いで、」「アズールとジェイドとは楽しそうに話してたじゃん」授業が一緒になったときに二人と話してたのは本当だ。しかしなぜそれをフロイドが知っているのか、と疑問を覚える暇もなく、フロイドは「ねぇ、なぁんでぇ?」と圧をかけてくる。なんと言ってこの場から逃げるべきかと必死で考えていた時、ふと天啓にうたれた。そうだ、フロイドへの想いを認めて、そしてそれをフロイドに伝えればいいんだ。そうしたらフロイドはきっとカリムのことを気持ち悪がって、向こうの方からカリムを避けてくれる。それはきっと寂しいが、フロイドのためにもそれが一番だと思ったカリムは、赤くなった顔をフロイドに向けた。「じ、実は……オレ、フロイドのことが好きで、フロイドと一緒にいると心臓がドキドキするから逃げてたんだっ」「え、そうなの? なーんだ、オレたち両想いじゃーん! オレもラッコちゃんのこと好きだよ、そういう意味で」「……え?」予想とは正反対の答えが返ってきてカリムの目は点になる。求めていたのは「何それ、気持ち悪ぅい」とか「ラッコちゃんがオレのこと好きとか無理なんだけど」と言った言葉で、決して両想いだとかなんだとかではない。慌ててカリムはフロイドを止めにかかる。「やめといた方がいいぞ、フロイド! オレ、他人に迷惑とかかけちゃうし、わがままだし、大雑把だし」「そこがおもしれーんじゃん、ラッコちゃん。ていうかわがままってどこから来たの? 全然わがままじゃないじゃん」「それに、えーっと、世間のこととかあんまり知らないし、宴とか大好きだし、馬鹿正直ってよく言われるし」「だからそこが良いんだって。……何? ラッコちゃんオレにフラれたいの?」そうだ、とは言えず、カリムはぐっと言葉を飲み込んだ。ふーんと見下ろすフロイドは、「なんで?」とただただ疑問を投げかけてくる。「……だって、オレはアジーム家の跡取りだ」「逆玉の輿じゃん。親父とママに褒められるよ、オレ」「もしオレの恋人とかになったら、命を狙われるかもしれないし」「そこらの雑魚にオレが負けると思ってんの?」「将来、嫁さんをたくさんもらって子供を作らなきゃいけないし」「それはちょっと嫌かも」最後の一言でやっぱり、とカリムは思う。たとえ両想いだったとしても、他にたくさんの嫁をもらうことが確定している人間と付き合えるかといえば、答えはノーだろう。しかしそんなことで折れるフロイドではなかった」「そうだ、ラッコちゃんが産めば良いじゃん」「へ……? オレが産む?」「そうそう、人魚は多産多死だから。オレとジェイドが生きてるのも過酷な世界を生き延びて来たからってわけ。他の兄弟はどうなったか知らねぇけど」アジーム家ならたくさん生まれても大事に育ててくれるでしょ、とあっけらかんと言うフロイドに、カリムは話についていけなかった。「アズールならラッコちゃんを人魚のメスに変身させる薬とか作れるでしょ。っていうか対価渡せば根性で作ると思うし。これで問題解決じゃね? じゃあラッコちゃん、オレと番になろ?」アズールに問題を全投してカリムに付き合おうと迫ってくるフロイド。フロイドを見上げるカリムの瞳から、ぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちた。「……オレ、フロイドのことを好きでいて良いのか?」「良いじゃん。好きでいてよ」「フロイドが誰かに構ったりしたら嫉妬するし、もしかしたらフロイドのこと以外どうでもいいって思うようになっちゃうかもしれないけど良いのか?」「え、なになに、ラッコちゃん誰かに嫉妬でもしてたの? それにラッコちゃんに特別扱いしてもらえるってこと? サイコーじゃん」いつもの、ただ楽しそうな笑顔ではなくて、好きな人を見るような目でフロイドに見下ろされて、カリムは顔がますます熱くなった。涙も後から後から出てくる。昨日、リリアとケイトをあんなに困らせたのに、こんなに簡単に解決してしまって良いのだろうか。なんだか申し訳なくなる。「昨日、リリアとケイトにフロイドのこと好きでいられないって言ったんだ……」「メンダコちゃんとハナダイくんに? 迷惑かけちゃったねぇ」「謝りに行かないと」「じゃあ今日の部活に一緒に行こうか?」その提案に、カリムは指先でフロイドのシャツの端を掴みながらこくりと頷いた。「え、カリムくんとフロイドくん恋人になったの?!」「昨日の今日でとは驚きじゃのう」「昨日はごめんな! お詫びに購買でたくさんお菓子買ってきたら!」たくさんの高級菓子を並べられてリリアとケイトは目を丸くする。カリムの隣にいるフロイドは早速菓子の一つを取り上げて、封を開けていた。あんなに苦しそうだったカリムが元気になって、リリアもケイトも安心したが、フロイドが一体何を言ったのかが気になる。が、それよりも。「って言うかフロイドくん、部活は?」「今日はラッコちゃんと番になった日だから休み〜」「そんな休みはないと思うよ……」自分の後輩を思いながら、ケイトはそれ以外何も言わなかった。そんな二人を置いといて、リリアは興味深そうにカリムに話しかける。「で、どうしてそんな簡単に話が纏ったんじゃ? ほれほれ、わしにも言うてみよ」ほぼ野次馬のようになっているリリアに、カリムは照れながらフロイドに言われたことを思い返す。「オレがアジーム家の跡取りだって言ったら、逆玉の輿って言ってくれて……」「それはそうだけど、面と向かって言うこと……?」「もしも暗殺者に狙われたりしてもフロイドなら負けないって」「確かに、フロイドならユニーク魔法も防御に特化しておるし、身体能力も高いし問題なさそうじゃの」「それに子供はオレが産めば良いって」「はぁ?」「ふむ?」そこでリリアとケイトの声が重なる。男であるカリムに子供を生殖する器官はない。だと言うのにカリムが産むと言うのはどう言うことだ?視線をフロイドに向けると、フロイドはのんびりとした声で答える。「アズールに頼んでラッコちゃんが人魚のメスになる薬作ってもらって子作りすれば、ラッコちゃんが子供産めるじゃんって話。ちゃんとした人魚じゃないからせいぜい三十匹くらい生まれるんじゃないの?」いや十分すぎる。それでもフロイドは「オレの兄弟もっといたらしいけどね〜」と宣った。それにしても、それではアズールが不憫すぎやしないか? とケイトは思ったが、アジーム家にはきっと国宝級の宝が宝物庫に幾つもあるのだろうと考えるとアズールも努力するだろうことが目に浮かんだ。リリアも「アズールならなんとかするじゃろ」と言っている。とにかく、親しい友人が幸せそうにしていることが何よりだ。そうだ、今はそれだけでいい。幸せそうに笑い合うフロイドとカリムを見て、ケイトは考えることを放り出した。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 怖くなんてないさ続きを読むゴーストや妖精、獣人や人魚。様々な生き物があたりまえにいる世界で、たかが魔法の使えない人間が作った映画ごときに誰が怯えるか、と言ったのは、数刻前のフロイドである。だがしかし、現実はどうであろうか。ガタガタと震えながらカリムにしがみつく男は、先程から画面上で何か起こるたびに悲鳴を上げ、カリムの臓腑を圧迫している。「ふむ、意外じゃのう」「リリアちゃん、そんなこと言ってないでカリムくんのこと助けないと」意外そうにカリムに抱きつくフロイドを見つめつつ呟くリリアに、ケイトは冷静にツッコミをいれる。どうしてこのような状況になっているかというと、いつものようにリリアたち軽音部のメンバーが部活動に勤しもうとお菓子を広げたところで、ケイトが映画を見ないかと提案してきたところから始まる。魔法を使えない人間たちが作ったのにとてもリアルで、怖すぎて泣き出す人もいたという有名なホラー映画。それを三人で鑑賞しようという話になったのだ。いざ映画を見ようとしたタイミングで、部活を抜け出してきたらしいフロイドがやってきた。部室の扉を開けて第一声が「ラッコちゃん遊ぼ〜」だったのは言うまでもない。そこで、カリムがこれから映画を見るところだと告げるとフロイドはすぐさまじゃあオレも、となったのだが、前述の通り魔法が使えない人間が作った至高のホラー映画であると言ったところ、フロイドの表情が一瞬固まった。おや? とリリアとケイトは疑問を抱いた直後、フロイドは「魔法の使えない人間が作った映画なんてたかが知れてんじゃん」と言い出した。遠回しにそんなもの見たくはない、とでも言ってるようなモノである。「もしやおぬし、映画が怖いのか? 海のギャングとも言われておるウツボの人魚が?」「は? 何言ってんのメンダコちゃん。たかが人間が作った映画なんかで誰が怖がるかよ」「あのー、無理は良くないと思うよ? フロイドくん」「無理なんてしてねーし、ハナダイくんも何言ってんの」「フロイド、もしかして映画が怖いのか?」「怖くなんてねーし!」そう喚くフロイドはとっとと映画を見ようと自ら促し始めた。自らリモコンを奪い取り、再生ボタンを押したのである。そしていそいそとカリムの背後に回り込むと、そこに座ってカリムを抱え込んだ。そこからカリムの受難の時間が始まったのだ。冒頭は特に問題なく見ていたが、意味深ではあるが特になんでもないシーンでさえ悲鳴を上げ、中盤以降はただひたすらカリムの臓腑を締め上げるbotになってしまった。カリムはカリムで映画どころではない。いつフロイドに胴を締め上げられるか不安で仕方ないようだ。こんな可哀想な映画鑑賞会があってたまるか。面白そうに見守るリリアからリモコンを取り上げたケイトは映画を停止した。映画は途中までだが話題の通り本当に魔法を使っていないのかと疑いたくなるほどリアリティがあり、話が進むにつれどんどん恐怖を煽る内容だったが、フロイドの悲鳴とそれに付随するカリムの苦しそうな声のせいで内容が頭に入ってこない。「フロイドくん! ホラー映画が苦手なら苦手って言いなよ!」「……苦手じゃねーし……」「今更そんなこと言ってもだいぶ遅いのぅ」「ははは……フロイドでも苦手なことってあるんだなぁ」苦笑しながら腕に回ったままのフロイドの腕をポンポンと宥めるように叩いてやるカリムは聖人か何かか? とケイトは思う。「怖いものが苦手なのは別に悪いことではないじゃろう。何も恥じることはない」「そうだよ。確かにフロイドくんが怖いものが苦手って意外だけど、別に良いんじゃない? ほら、ギャップ萌えってのもあるし」落ち込んだようにカリムの肩に顔を埋めるフロイドを慰めるリリアとケイト。カリムは腕を上げて今度はフロイドの頭を優しく撫でている。「ギャップモエとかいらねーし……あー、ラッコちゃんにカッコ悪いとこ見せたくなかったのに……」ならば最初から映画鑑賞に参加しなければ良かったのでは、と言う言葉をケイトは口にはしなかった。空気を読むことにはこの場では一番長けているケイトだからこそできたことだ。「ならば最初から映画なぞ見なければ良かったじゃろ?」しかし空気を読むことを知らない、いや読んだ上で敢えて言うのがリリアである。フロイドはカリムの肩から顔を上げ、リリアをギッと睨む。睨まれたリリアはどこ吹く風とばかりに余裕の表情だ。もしも睨まれたのが普通の生徒だったら失神していたであろう鋭い目つきだ。「あそこまで言われたら見ないわけにいかねーじゃん……!」そこまで言った記憶はない、と訴えたかったがそこはきっと聞いてもらえないだろう。「なんでフロイドは怖いものが苦手なんだ? ゴーストなんかこの学園にいるだろ?」そしてフロイドの怖がりを深掘りしようとするカリム。これはカリムではなかったら確実に半殺しにされていたであろう質問だ。ケイトはカリムのその疑問に思ったことをすぐに口に出せるところを凄いと思った。同時に見習いたくはないとも。「……ラッコちゃんは海のゴーストを見たことないから言えるんだよ」「海のゴースト?」ゴーストといえばNRCでは当たり前に存在するが、それはNRCが常に魔力に満ち溢れている場所だからであり、その他の場所ではゴーストとはまだまだ珍しい存在である。ハロウィーンの時期やある条件を満たした場合のみ、NRCのような魔力が溢れいている場以外でもゴーストが現れるときがある、程度だ。NRCや RSAに通っていて、かつ魔法士であるという適性がなければ、運が良ければ出会える存在。それがゴーストである。フロイドはどうやら元々適性があるとはいえ、海の底では珍しいゴーストと出会ったことがあるらしい。「海のゴーストってどんな感じなんだ?」「……思い出すのもスッゲー嫌なんだけど……」「あ、フロイドが嫌なんら別に話さなくても良いんだぞ!」嫌そうな顔をするフロイドに、カリムはすぐに話さなくても構わないと言ったが、フロイドは少し考えた後、「別にいいよ」と語り出した。「稚魚の時にさぁ、なんとなく夜中に目が覚めて……って言っても海の底の夜中なんて昼間と大して差がないんだけどさ。なんとなく家から出て泳いでたわけ。そしたら変な影が見えて……こんな時間に他の人魚がいんのかと思って近づいてみたら……」そこでフロイドは顔色を悪くする。当時のことを思い出したらしい。カリムは再び無理するな、とフロイドに言ったが、フロイドはここまで来たら最後まで聞いてほしいらしく言葉を続けた。「ブクブクに太ってて目が濁った頭蓋骨剥き出しのゴーストがケタケタ笑いながらオレのこと追いかけて来たんだよね」多分、近くの沈没船に乗ってた船員のゴーストだったんだろうけど、とフロイドは言う。その話を聞いたケイトとカリムは顔を青くする。幼いうちにそんな経験をしていたら怖いものが苦手になっても仕方がない。「なるほど、魂の形ではなく、水死体の姿で現れたんじゃな。趣味の悪いゴーストがいたものじゃ」対してリリアは特に驚きもせずに頷いている。ケイトは時折思うのだが、リリアは本当に同級生なのだろうか? 見た目は恐ろしく若く可愛らしいが、喋り方なども含めて若々しさを感じられない時がある。「あー‼︎ 思い出したらまた気持ち悪くなってきた! ラッコちゃん責任とって今日は一緒にオレと寝ること!」「えっ?! オレのせいなのか? でも無理矢理聞き出しちまったのはオレだし……スカラビアに来てくれるんだったらいいぜ!」結構勝手なことを言われているのにカリムは快くフロイドの言うことを了承した。カリムは話すことを止めていたのに勝手に語ったのはフロイドの方だと言うのに、カリムの心の広さは無限大なのだろうか。常々ケイトは感心するしかない。じゃあラッコちゃんの部屋行こ! とフロイドはカリムを横抱きに抱え上げ、立ち上がると軽音部の部室をカリムと共に後にした。残されたリリアとケイトはその二人をただ見送るしかない。「いやぁ、意外なことが知れたのぅ」「カリムくん、あれで良いのかな……?」広げられたお菓子は全然減っておらず、カリムの持ってきたジャミル特性のお菓子なんかも残したまま。こうなったら映画鑑賞のやり直しをしようとリリアとケイトは決め、映画を最初から見ることにしたのだった。畳む
2024/11/24 twst マレウス+カリム / 白妙の竜続きを読む全ての授業が終了した放課後。部活もなく、特にすることもないカリムは何かないかと学内を歩いていた。西日のさす廊下で、一対の角が目立つ長身の後ろ姿を見つけたカリムはその表情を輝かせた。「マレウス!」片手を上げ、その後ろ姿へ駆け寄る。名を呼ばれた生徒――マレウスはゆったりとした動作で振り返った。マレウスは駆け寄ってくるカリムの姿を見とめ、口元を緩めて歩んでいた足を止めた。「僕に何か用か、アジーム」マレウスのすぐそばまで駆け寄ったカリムは、嬉しそうな表情を崩さずにマレウスへと問いかける。「ああ、前から気になってたんだけど、マレウスってドラゴンになれるんだよな?」「僕はドラゴンの妖精だからな。当然、なれる」それがどうした? とマレウスは首を傾ぐ。カリムは頬を赤くして、さらに続けた。「じゃあさ、ドラゴンになったらどれくらい大きくなるんだっ?」「そうだな……ここの廊下の広さでは足りないだろう。――どうしたんだ、アジーム。ドラゴンに興味があるのか?」マレウスのドラゴンになった時の大きさを聞くと、カリムは凄いな! と興奮したように驚く。この広く高い天井廊下では足りないと言うと、どれだけの大きさになるのか。想像するだけでわくわくする。そんなカリムの様子に、今度はマレウスが問うた。こんなに己に興味を持たれることはそうそうない。どこか擽ったい気持ちになりつつ、マレウスはカリムのことを見下ろす。「ドラゴンって格好いいだろ? 本物は見たことないけど、実家の書庫にあった図鑑で見た時から一度で良いから本物を見てみたいって思ってたんだ」「……それは僕にドラゴンになってほしい、と?」「いや、流石にそんなことは頼めないだろ? ただ、どれくらいの大きさなんだろうって知りたかったんだ」「ドラゴンと言っても色々な種類があるから、一概には言えないが……そうか、本物が見てみたいか。それならアジーム、いっそお前がドラゴンになってみたらどうだ?」「オレが?」マレウスの提案に、カリムは驚く。目を瞠るカリムに、マレウスは鷹揚に頷いた。「僕の魔法で一時的にアジームをドラゴンの姿にしてやろう。ここでは狭いから、裏庭へ行こう」驚いたままのカリムを置いてけぼりに、マレウスは止めていた足を動かし出す。そんなマレウスの後を、カリムは慌てて追いかけるしかなかった。裏庭にやって来たマレウスとカリムは、早速とばかりに用意を始める。マレウスはペンを取り出すと、カリムに少し離れた場所に立つように指示した。指示された通りにカリムはマレウスから少し離れる。ドラゴンになる。そんな大掛かりな魔法をいとも簡単にやってしまおうと言うのだからマレウスは凄い、とカリムが思うと同時に、自分がドラゴンになったらどんな姿になるのか楽しみになる。もしもこの場をカリムかマレウスの従者に見つかったらすぐさま止められていただろうが、生憎ここにはストッパーが一人もいなかった。「いくぞ、アジーム」「ああ、いつでもいいぜ!」マレウスの持つペンから光が溢れると、それは瞬く間にカリムを包み込み、カリムは全身は光で覆われて影しか見えなくなる。やがて影は人の形を失い、人ならざるものへと姿を変える。人よりも二回りほど大きく、頭と思わしき場所には歪な角の影。光が消失した頃にはそこには元のカリムの姿はなく。真珠色に輝く長く美しい体毛に包まれたファードラゴンがいた。瞳は人の時と同じく鮮やかなガーネットレッドで、まるで宝石を思わせるような美しいドラゴンの姿に、魔法をかけたマレウスも思わずため息を吐く。カリムは己の変わりきった姿に驚き、瞳をぱちぱちと瞬かせると、その場をくるくると回り出した。『わっ、本当にドラゴンになっちまった! 凄いぞ、マレウス』「ああ、僕もこんなに美しいドラゴンを見るのは初めてだ。このまま茨の谷に連れて行ってしまいたいほどだ。きっと民たちも気にいるに違いない」『そうか? そう言われるとなんか照れるな』リリアが先ほどのマレウスの言葉を聞けば、本気で言っているのだろうとわかっただろうが、カリムはただの社交辞令と受け取った。大きな尻尾をぶんぶんと振り回し、四つ足でドラゴンの姿を堪能するカリム。そんなカリムにマレウスは近づき、そっとカリムの頬を撫でる。ファードラゴン特有の羽毛のような体毛が心地よく、マレウスは気分を良くして顔以外も撫でた。その手つきが気持ちいいのか、カリムは目を細めてマレウスの手を受け入れる。むしろもっとやってくれとばかりに大きな図体をマレウスに近づけた。二人にとって穏やかな時間が過ぎていたが、これだけ大きな魔法を使っていて誰にも見つからないはずがなく。ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。「さっきの光は……っドラゴン?! それに、マレウス先輩……!?」「一体何が起きてるんですか!?」やって来たのはリドルとアズールだった。二人はドラゴンになったカリムの姿を見て目を見開き、次にマレウスの姿を確認すると、慌ててペンを取り出してカリムに向けた。ドラゴンがマレウスを襲おうとしているのだと勘違いしたのだろう。ピリリと肌を刺すような緊張感があたりを支配し、いざアズールとリドルが魔法を使おうとした瞬間、マレウスは腕を軽く振った。それだけで魔法の発動が止められて二人は驚く。「マレウス先輩! 何をするんですか!」「落ち着け。ローズハート、アーシェングロット。このドラゴンはアジームだ」「カリムさん!? そのドラゴンが?!」驚くアズールとリドルに、カリムはドラゴンの姿のままコクコクと頷く。そして今更ながら攻撃されそうになったのだと気がついて角の横にある犬のような耳をペタンと畳ませた。「カリム、何があってこんな姿になってしまったんだいっ」「アジームがドラゴンを見てみたいと言っていたからな、それならば本人がドラゴンになってみればいいと僕が言ったんだ」「それは……いや、その、どうやってカリムさんをドラゴンに……?」「僕の魔法に決まっているだろう」まるで当たり前のようにそう言ってのけるマレウスに、リドルとアズールは頭を抱える。人をドラゴンに変えるという魔法で一体どれだけの魔力が使われるのか。さすがは次期茨の谷の妖精王と言うべきか、スケールが違う。普通の魔法士がやろうものなら一発でオーバーブロットと起こしそうなことを簡単にやってのける。カリムは居心地悪そうに尻尾をぱたんぱたんと揺らしながら、視線をマレウスとリドルたちの間で行き来する。どうにもまずい事態になったと言うことは察したようだった。「これは……ジャミルに見つかる前にカリムを元の姿に戻さないと」「そうですね、こんなところをジャミルさんが見たら卒倒してしまうそうです」『この姿、結構気に入ってるんだけどなぁ。白くて綺麗で』鋭い爪を見下ろしながらカリムが呟くが、リドルとアズールは疑問符を浮かべたような表情をする。その事にカリムもどうしたのかと首を傾げた。「ああ、今のアジームの言葉はこの場では僕しか分からない。さすがに動物言語学でもドラゴンの言葉は教えていないだろう」『そうなのか?』「カリムさんはなんと仰っているんですか」「ああ、この姿を気に入っているらしい。僕もアジームのこの姿を気に入っている」「カリム……キミね……」「マレウスさんも冗談はやめてください……胃に穴が開く人がいますから」「冗談のつもりはなかったんだが」その方がタチが悪い! とはなんとか口に出さず、リドルとアズールは唇を噛んだ。二人がヤキモキしている間、カリムはマレウスの手に顔を押し付けてもっと撫でてほしいとアピールし、マレウスはそれに応えてカリムの頭や角まで撫でている。とにかく周りを気にしないカリムとマレウスに、リドルとアズールも毒気が抜かれた。慌ただしくやって来たのはなんだったのだろうかという気分にもなる。「とにかく先生達が来る前にカリムさんを元に戻した方が良いです。面倒なことになりそうですから」『うーん、それもそう……なのか? ごめんなマレウス、元に戻してくれるか?』「……残念だが、仕方ない」マレウスはペンを取り出すと、再び光を溢れさせ、その光がカリムを包み込む。光に包まれた影は次第に小さくなり、人の形になると消えていった。そこには人の姿に戻ったカリムがいた。カリムは自分の腕や脚を見回して、元に戻ったことをしっかりと確認するとマレウスに「ありがとな!」と感謝を告げる。「僕も楽しい経験ができた。次はアジームが茨の谷に来たときにやろう」「お? オレが茨の谷に? なんか知らないけどわかったぜ!」「カリム、適当に返事をするもんじゃないよ」「そうですよ、妖精を相手に適当な約束なんてするものではないです」「そうなのか?」そうやってマレウスを見上げるカリムに、マレウスはただ意味深に笑うだけで何も答えない。カリムも笑って返すが、リドルとアズールは笑えなかった。もしカリムが茨の谷に行ってドラゴンに変身したら、一生そのままになってしまうのではないかと不安を覚えるのだった。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 予行練習(仮)続きを読む休日の朝から、フロイドは珍しくNRCの麓の街に訪れていた。モストロ・ラウンジで必要な材料をサムの店で買おうとしたところ、珍しく品切れしていたため、わざわざ街まで足を伸ばしたのだ。NRCから麓の街までは遠く、どれだけ途中で他のオクタヴィネル生に買い物を押しつけようかと思ったことか。運悪くNRCを出るまでにオクタヴィネル生と出会わなかったため仕方なく己の足でここまでやって来たのだ。陸生活を始めて二年は経つが、それでもNRCから街まで歩くのは非常に退屈だった。アズールにひどく言い聞かせられてなかったら途中で帰っていたところだ。街にある店をいくつか回ってようやく材料を買い集めたフロイドは疲れた足を今度はNRCへと向ける。行きは長い下り坂だったのが、帰りは長い上り坂になるのかと思うとそれだけで疲れる気がした。どこかで休んでから帰ろうかと辺りを見回したとき、教会が目に入った。教会の扉は開いていて、中が窺える。厳かな雰囲気の中、白のタキシードを着た男とシンプルだが美しいドレスを着た女が牧師の前で神に誓う。それは所謂、結婚式だった。フロイドはその神聖な儀式を、なんとはなしに眺め続けていると、花婿が花嫁のべールを上げ、そっと口付ける――ところまでは見届けず。休む気分じゃなくなったフロイドはさっさと帰ることにした。それよりもやりたいことができたのだ。長い足を存分に活かして坂道を上る。足がだるいし重たくなる。やっと門が見えてきた頃には足が棒になりそうだった。早く部屋に帰って眠りたい。そんな思いを抑えて鏡舎にやって来たところで、目的の人物が目に入った。「ラッコちゃん!」「お、フロイド! ちょうど良かった!」ラッコちゃんと呼ばれて振り向いたのはフロイドが愛して止まない恋人、カリム・アルアジームだ。カリムの両腕は真っ白な布の塊を持って、なぜかオクタヴィネル寮への鏡の前に立っていた。まさにこれから鏡に入ろうとしていたようである。オクタヴィネルに何か用でもあるのかと首を傾げつつ近づくと、白い布の塊を見せてくれた。よく見るとそれは薄い網状の布で、端には綺麗なレースが刺繍されている。チュールレースと呼ばれるものだ。「これ、宝物庫で見つけてさ。アズールにモストロ・ラウンジとかで使えるんじゃないかと思って持ってきたんだ」「ふぅん……」少し広げて見せてくれたチュールレースは流石、カリムの宝物庫にあったものらしく、麓の街で見た花嫁が着けていたべールよりもずっと豪奢なものだった。カリムこそちょうど良いもの持ってるではないかと思ったフロイドは、フロイド達の近くを通った、買い出しに行くときには全く見かけなかったオクタヴィネル生の首根っこを捕まえ、フロイドの手に持っていた荷物を押しつける。「えっ、ふ、フロイドさん?」「これ、モストロ・ラウンジまで持ってっといて」突然荷物を押しつけられたオクタヴィネル生は困惑しながらフロイドの名を呼ぶ。フロイドはそれに短く返事をするだけで、開いた手で今度はカリムを抱きかかえた。「っ!? なんだ、どうしたんだ、フロイド」「んー? ラッコちゃん、これからオレと遊びに行こー?」「それは良いけど……このレースをアズールに渡してからじゃ駄目か?」「だぁめ、それ使うから」にんまり笑うフロイドは、さっさと裏庭へと向かう。棒のようになったと思っていた足はいつの間にか回復していて、その足取りは軽い。抱え上げられたカリムは頭上に疑問符を浮かべたような表情をしながら、上機嫌なフロイドにされるがままになるしかない。ようやく着いた裏庭で、やっとカリムは降ろされる。人気が全くないそこで何をするんだとキョロキョロと辺りを見回すカリム。小動物のような動きにフロイドはまたにんまりと笑ってしまう。「ラッコちゃん、そのレース貸して?」「? おう、いいぞ」これで遊ぶのか? とカリムはフロイドにチュールレースを渡す。受け取ったフロイドは、適当に畳まれていたそれを広げて、カリムの頭に被せた。それはまるで、麓の街で見た花嫁のベールのようにカリムを包んだ。「わっ」「オレねぇ、朝からアズールの命令で麓の街まで買い出しに行ってたんだよぉ。ウミウマくんとこで品切れしてたせいで」「そうなのか? 麓の街って遠いだろ。それなのに偉いなフロイド!」「もっと褒めてぇ」レースを被ったまま、フロイドを褒めようと手を伸ばしてくるカリムに合わせるように屈んで、頭を撫でてもらう。ある程度撫でてもらったところで、「でさ」と本題に入る。「麓の街で結婚式やってたんだよねぇ。たまたま見かけてさぁ」「結婚式か! それはめでたいな!」「他人の結婚式とか興味ねぇし途中で見んのやめて帰ってきたんだけど、良いこと思いついてさぁ」良いこと? 首を傾げるカリムにフロイドは「そうそう」と頷く。「結婚しようよ、ラッコちゃん」「結婚」「そう、結婚。なに、オレと結婚すんのいや?」ぽかんとフロイドを見つめていたカリムは、フロイドの言葉を数秒掛けて理解し、そして考え込む。そんなカリムの姿に、フロイドは少しむっとする。そこは即答で結婚したい、でしょ。そう言いたげに、レース越しにカリムの頬をつつく。するとカリムは少し困った顔をして、「うーん、持参品はまだ用意してないぞ」などと言った。どうやらフロイドとの結婚が嫌なわけではなく、準備ができていないから考え込んだようだった。フロイドは、あは、と楽しげに笑う。「まだ学生だから本物は無理だけどぉ、結婚式ごっこならいいでしょ」「結婚式ごっこ? それならいいぞ!」「やったぁ、やっぱラッコちゃんノリいいねぇ」「で、どっち式でやるんだ? 熱砂の国か? それとも珊瑚の海の結婚式か?」そう問うてくるカリムに、フロイドはハッとした。国が違えば結婚式の流れも違う。どっちにしようかと二人で悩んで、結局、フロイドが見たというこの地域の結婚式にしようということになった。カリムにレースを被せたのも、フロイドが見た結婚式を参考にしたものだったのだし。二人でマジカメを取り出し、ここで行われる結婚式がどう行われるのか調べた。「陸での結婚って指輪が必要なの? めんどいね」「海にはないのか?」「手びれがある人魚もいるからないね~」「それもそうか。それにしても地域によってこんなに変わるなんて面白いなぁ」カリムは楽しそうにマジカメの画面を覗き込む。相変わらずレースを被ったままだ。その姿は欲目だろうと街で見た花嫁以上に綺麗で、どこか儚さがあった。マジカメをしまうと薄いレースのベールに包まれたカリムの腰を、フロイドはそっと抱き寄せた。そしてお互い見つめ合う。ごっこ、なのに、なぜか緊張を覚えた。カリムの夕日よりも赤い瞳を見ると、柄にもなく心臓が高鳴った。「なんだっけぇ、えーっとぉ。フロイド・リーチは病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、妻? 夫? であるカリム・アルアジームを愛し、敬い、慈しむことを誓います」途中で詰まりながらもマジカメで調べた誓いの言葉を言い切る。次はカリムの番だと見下ろすと、カリムは目を大きく見開いて頬を赤くしていた。随分と照れているようだ。とても可愛い表情だが、なぜだろうと首を傾げる。「ラッコちゃん?」「い、いや、うん。オレも、オレもフロイド・リーチのこと、愛し、敬い、慈しむことを誓います!」随分と飛ばされた誓いの言葉だったが、フロイドは嬉しくなった。腰から手を離し、カリムの顔を覆っていたレースを上げて、直接頬に触れる。誓いのキスのために。街で途中まで見たようにそっと、ただ触れるだけのキスをカリムの唇に落とす。ふに、と柔らかい感触。その感触が好きで、むにむにと唇で十分なほど楽しんでからようやく離れた。それにしても先ほどからカリムが照れ続けていることが気になる。唇を離れた後もレースの端を掴んでもじもじしている。「どしたの、ラッコちゃん」「ぅ……その、フロイドにカリムって呼ばれたのが、びっくりして」耳まで赤くしてもごもごと口籠もるカリムに、そういえば誓いの言葉で「カリム」と呼んだことに気付く。普段は「ラッコちゃん」としか呼んでいないからカリムは驚いてしまったのか。そう思うと、カリムが可愛くて仕方なくなる。耳元に口を寄せて、今度は意識して「カリム」と呼ぶ。するとますます顔が赤くなって、顔どころか耳まで赤くなった。「フロイド! からかってるんだろ! 分かってるんだからな!」「えぇ~、これくらいで照れちゃうラッコちゃん可愛いんだもぉん」真っ赤になって怒るカリムに、フロイドはにやにやと笑いながらいつから呼び方をカリムに変えようかと考えた。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 求愛行動(カリム視点)続きを読む 好きな人ができた。他の誰にも抱いたことのない、特別に好きな人が。 カリムには「好き」なものがたくさんある。家族や友人、宴にココナッツジュース、歌に踊りに魔法の絨毯。他にも切りがないほど挙げられる。 そのどれもこれもが同じような熱量で好きだった。その中でも、一等特別な「好き」が出来たのだ。 彼を見つけると自然と嬉しくなって、できるだけ傍にいたくなり、言葉を交わすことができたらそれだけで舞い上がってしまう程、気分が高揚する。彼がこっちを見てくれないと、ほんの少しだけ、寂しさを覚えたりもする。 最初はこの現象はなんなのか分からず、自分の従者であるジャミルに相談したところ、嫌そうな顔をされながら「ただの風邪だ」と言い切られた。 確かに、風邪をひいたときのように顔が熱くなったり、心臓が早鐘を打ったりすることもあるけれど、風邪ではないとカリムは思った。 だから移動授業のときにたまたま出会った監督生にこの症状はなんだろうと相談したのだ。 その結果、カリムの特定の相手にだけ起こる状態異常は、世間一般で言われる「恋」であるということが判明したのだ。 カリム・アルアジームは彼――フロイド・リーチに恋をしている。 そう言われたときは目から鱗が落ちた気分だった。まさか己が恋をするだなんて。 しかし同時に納得する。フロイドは自由で、気分屋で、振り回されることもよくあるけれど、とても優しい人間……否、人魚である。 とても優しい、というところに異議を申し立てる人々がいるのを知っているが、少なくともカリムにとってフロイドはとても優しい存在だ。 飾らない言動は人によってはナイフのように感じるのかもしれないが、カリムにとってはハッとさせられることが多い。 それに、フロイドはアジーム家の長子としてのカリムではなく、どこにでもいる普通の同年代の少年として、ただのカリムとして扱ってくれる。 それがどれだけ嬉しいか、フロイドは分かっていないだろうが、カリムはよくよく知っている。 さて、では恋する相手ができたらまずは何をするべきだろうか? カリムはいつだって好きな相手には素直に「好きだ」と伝えるが、特別な相手にはそれだけでは足りないだろう。 倉庫にある宝石をあげるか? でもきっと、それではフロイドは喜ばないだろう。アズールだったら喜んでくれそうだけれども。 フロイドのための宴を開いてみるか? 一瞬だけ良い案だと思ったけれど、宴の途中でフロイドが飽きてしまうかもしれない。フロイドのための宴でフロイドが飽きてしまったら悲しい。 そうやって放課後の軽音部で悩んでいると、リリアとケイトがどうかしたのかと聞いてきた。 これ幸いとばかりにカリムは二人に相談する。 好きな人ができたこと、その人に想いを伝えるにはどうすればいいか、自分ではどうすればいいかわからないから知恵を貸してほしいこと。 リリアとケイトはカリムに好きな人ができたことに驚いたが、すぐにどうやって想いを伝えるべきか一緒に考えてくれた。「回りくどいことをせずに好きだと言ってみてはどうじゃ?」「いつも言ってるけど、多分伝わってない」「ああ、カリムくん素直だからね〜。相手には友達としての好きとしか思ってないんじゃないかな?」 素直なところはカリムの美点だ。だが、素直すぎてそれが裏目に出ることもある。直接好きだと言っても伝わらないならどうしたらいい?「ならば、手作りのものでも渡してみてはどうじゃ?」「おっ、リリアちゃんそれ名案! カリムくんが心を込めて作った料理なら相手も自分勝手特別なんだって気づいてくれるんじゃない?」 ぱちん、とウィンクをするケイトに、カリムはなるほど、と思った。 カリムは自分で料理を作ったことがない。そんな己が手作りのものを渡せば、カリムにとって特別な相手だと気付いてくれるかもしれない。 それならば善は急げだと今にも食堂のキッチンを借りに飛び出そうとしたカリムを、ケイトは慌てて引き止めた。「カリムくん、何作るか決めてるの?」「決めてないな! けど、何とかなるんじゃないか?」 何時ものように根拠のない自信に満ち溢れているカリムに、ケイトは待ったをかける。「こういうのはちゃんと決めてからじゃないとダメだよ。失敗したらジャミルくんに怒られるでしょ?」「うっ、そうだな……」 鬼の形相で怒る従者の顔を思い出してカリムは踏みとどまる。 では、どうすれば良いだろう? そんな考えが顔に出ていたのか、ケイトがまた提案をしてくれる。「お菓子でも作ってみたらどうかな、あれなら包丁も火も使わないし、トレイに教えてもらえば失敗しないだろうし。ね?」「ふむ、レシピならわしが用意しても良いぞ?」「あははー……、リリアちゃんのレシピはまた今度ね」 ケーキ屋の息子で菓子作りが得意なトレイについていてもらえば、確かに失敗することはないだろう。 早速、ケイトがトレイに連絡をとってくれた。トレイはカリムの話を聞くと、快く菓子作りを教えてくれることを快諾してくれた。「簡単なクッキーを作ってみよう。それなら失敗することもないんじゃないか?」 失敗の前にあまり、という言葉は伏せて、トレイはカリムに提案した。そもそも何をどのように作ればいいのかわからないカリムはそれに同意する。 言われたようにしっかりと材料の分量を計り、ときにこれを入れたら美味しくなるんじゃないかと暴走しかけるのを止められて完成したクッキーは、形は歪だし色もあまり良くないけれど、カリムの初めて作ったものとしては上等な物ができた。 味見をして、これなら大丈夫と御墨を付きをもらって、嬉々揚々とラッピングする。これを受け取っったフロイドがどんな反応をするか、想像するだけで楽しい。こうやって自分で作ったものを誰かにあげるのは初めてだった。「形とか変だけど美味しいじゃん」 翌日、早速フロイドに手作りのクッキーを渡してみたら、目の前で食べてくれて感想まで言ってくれた。あまりの嬉しさに踊りだしそうになってしまうが、ぐっと堪える。手作りお菓子作戦は成功したのだ。 しかしフロイドの反応はそれだけで、頑張ったねぇと頭を撫でてくれたがそれで終わってしまった。 これは気持ちが伝わっていないと鈍感なカリムでもわかる。一回だけでは駄目か、と、カリムは度々、トレイからもらったレシピをもとにクッキーを作ってはフロイドに渡してみた。ときにお茶を供してみたり、そのときにフロイドのことが好きだと伝えたが、それでも伝わっていないようだった。 こうなってしまったらどうすればいいのかわからない。うんうんと唸っているところに、ジェイドが通りかかる。珍しく悩んでいるカリムに興味が湧いたのか、ジェイドは「どうしたのですか」と声をかけてきてくれた。 そこでカリムは、自分がフロイドを特別な意味で好きだということをジェイドに話した。するとジェイドは少し驚いたような表情を見せてて、そのあとにんまりと笑う。その笑顔にどんな意味があるのかわからなかったが、とにかく双子のジェイドならば、フロイドに想いを伝えるにはどうすればいいか教えてくれるだろう。「僕たちウツボの人魚の間では、口を大きく開けて見せるのが求愛行動になります。まぁ、威嚇ともとられることもありますが、カリムさんでしたらフロイドはそんなふうには捉えないでしょう」 予想通り、ジェイドは人魚の間での求愛行動について教えてくれた。嬉しさでジェイドに感謝を告げれば、ジェイドはただただ楽しそうに笑い、「うまくいくといいですね」と言ってくれた。 朝、学校までフロイドと一緒に行きたいと鏡舎でフロイドを待っていると、眠たそうなフロイドがオクタヴィネルに続く鏡から出てきた。 逸る気持ちを抑えて、「おはよう」と挨拶を告げた後、カリムは思い切ってぐわりと口を開いた。するとフロイドは慌ててカリムの開いた口を抑えた。もしかしたら威嚇だと思われてしまったのだろうか。それはまずいとカリムは考える。 求愛行動だと聞いていたが、人魚でもない自分がやっても意味がなかったのかもしれない。やはりここは陸のルールに則って、カリムはここ最近、何度も伝えてることをフロイドに伝えた。「やっぱ言葉で伝えないと駄目だよな! 好きだぜ、フロイド!」 そう言うと、フロイドは力が抜けたように座り込んでしまった。どうしたんだ、具合でも悪いのかと心配するカリムもフロイドに視線を合わせるようにしゃがみ込むと、フロイドが抱きついてきた。 首元に顔を埋められ、頬がカッと熱くなる。こんなにフロイドと近づいたのは初めてだったから。 すると、どこか弱々しい声でフロイドが訴えてくる。「ラッコちゃんさぁ、ほんと……ほんとさぁ、そういうとこだからね……」「そういうとこ……?」 どういうとこだ?と思っていると、フロイドの顔が近づいてきて、薄い唇がカリムのそこと重ねられたのだった。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 首筋続きを読む その褐色の肌に噛みつきたいと思った。 夕日が差す教室で、一人の青年が腕を枕にしてうつ伏せに眠っていた。 真珠のように美しい色の髪と、褐色の肌。今は見えないが、閉じられた瞼の下には宝石よりも美しい赤い瞳がある。 そんな青年――カリム・アルアジームの隣に、もう一人、男がいた。 ターコイズブルーの髪に、異なる色合いの双眸。カリムとは正反対の白い肌の男はフロイド・リーチと言う。 フロイドがカリムを見つけたのはたまたまだった。 授業がすべて終わり、部活へと行く気になれなかった彼は、寮へと戻ろうとしていた途中で教室にノートを忘れていたことを思い出した。 別に取りに行くのは明日にしても良かったが、なんとなく取りに戻る気分になったフロイドが教室の扉を開いたら、気持ち良さそうに眠っているカリムを見つけたのだ。 カリムは気分屋のフロイドにしては珍しく気に入っている人間の一人だ。 最初は起こしてやろうと近づいたのだが、不意に目に入った、白いカーディガンから覗くカリムの項を見たとき、フロイドはカリムを起こすのをやめた。 無防備に眠るカリムの首筋を見て、なぜかそこに噛みつきたいと思ってしまったからだ。 別に噛み付いて、噛みちぎってやりたいというわけではない。甘く噛んで痕を残したいと思ったのだ。 なぜ突然そんなことを思ったのか、フロイド自身にもわからない。とかく、カリムを起こそうという気がなくなってしまったのだ。 そうして、じっと眠るカリムを見つめている。何度か手が眠るカリムの首筋に伸びたが、そのたびにフロイドは伸ばしかけた手を引っ込めた。 どうして噛みつきたいなどと思ってしまったのだろうと考える。別に空腹なわけではないし、人間なんて食べても美味しくないだろう。 特にカリムはその生まれ故に数年前まで毒を頻繁に盛られていたらしく、もしも食べてみたところで食あたりでも起こしそうだ。 勝手にそんな品定めをされているとは思ってもいない……そもそもフロイドの存在に気づかずに眠ったままのカリムは、静かに呼吸に合わせて肩を上下させる。 起きる気配は今のところない。フロイドがこのままカリムを放って行ったら夜になっても目が覚めなさそうな程、深く眠っている。 そういえば、とフロイドは思考する。こうしてカリムと二人でいるのに、こんなに静かなのは珍しい。 起きているときのカリムはいつだって元気いっぱいで、フロイドと一緒にいれば歌ったり踊ったりと、とにかく明るく笑顔が絶えない。 こうしてただ二人で並んでいるだけ、というのは一切なかった。そもそもカリムは眠っているのだから、当然のことなのだけれど。 眠るカリムはあまりにも静かだった。上下する肩を見なければ本当に眠っているのか疑ってしまうほどに静かだ。「……ラッコちゃん」 フロイドは自分がつけたあだ名でカリムを呼ぶ。その声は眠る人間を起こす気がないと分かるほど小さく、当然カリムからの返事はない。「ラッコちゃん」 今度は先程よりも大きな声で呼んだ。それでも眠っている人間を起こす程の音ではない。この程度では反応がないのはわかっているのに、なぜかフロイドは少しだけ苛立った。 起こす気がないのに、眠る人間の反応がないことに苛立つなんてあまりにも理不尽だ。それくらいわかっていたが、それでもなぜかフロイドは腹の奥がもやもやするような気持ちになった。「ラッコちゃん」 いつも彼を呼ぶときと同じ声で呼ぶ。浅い眠りだったらカリムは起きていたかもしれないが、あいにくと彼は深く深く眠っている。だから当然返事はない。――そのはずだった。「……ん……フロイド……」 名を呼ばれてフロイドは驚く。カリムはいまだ眠ったままだ。先程のは寝言だったのだろう。 それなのにバクバクとフロイドの心臓は早鐘を打ちだして、耳元のすぐそばで心臓が鳴っているように鼓動が聞こえた。 ……なんだこれ、なんだ、これは。 胸元を抑えて、頭の中が真っ白になる。落ち着けと自身に言い聞かせるが、それでも心臓がどくんどくんと血を送る音が体中に響く。 ふと、カリムから反らしていた視線をまたカリムへと戻したとき。褐色の首筋が、再びフロイドの目の映った。「んん……?」「あは、ラッコちゃん起きた〜?」 周囲がすっかりと暗くなったとき。漸くカリムは目を覚ました。 ここがどこかわからないのか、まだ意識がはっきりしてないのか。ぼんやりとした瞳でカリムはフロイドを見つめる。 何度かぱちぱちと瞬きをすると、カリムの瞳に光が戻る。「あれ……フロイド……? なんでここにいるんだ?」「ラッコちゃん、ここが教室だってわかって言ってる?」「え?」 自室だと勘違いしているらしいカリムに、ここがどこだか教えてやる。カリムはきょろきょろと周囲を見渡して、教室で寝ていたことにやっと気づいたらしく、慌てた。その様子にフロイドは声を上げて笑った。「ふ、フロイド! なんで起こしてくれなかったんだ?!」「んー? だってラッコちゃん、気持ちよさそ―に寝てたから」「そうなのか? そんなの、気にしなくて良かったのに」 ジャミルに怒られる、と顔を青くするカリムに、フロイドはまた大きな声で笑った。 それから、一緒に謝ってあげると言い、カリムを立たせてその背中を押す。カリムはしょんぼりと肩を落として、フロイドにごめんと謝った。 どちらかと言うと、眠っていたカリムに気づいていながら起こさなかったフロイドが悪いのに。 それでも彼の従者に叱られることに巻き込ませてしまってごめんと言うカリムに、フロイドは「そうやって謝るのうざぁ〜い」と軽いノリで返した。 とぼとぼと歩くカリムの項に、うっすらと残る歯型を見下ろして、フロイドはにんまりと笑うのだった。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / あなたを祝う続きを読む 楽しいことが好きだ。宴もパーティーも祭りもなんでも、誰かが楽しんで喜んでいる姿を見るのが好きだ。 誰かが楽しければ自分も楽しくなるし、誰かが喜んでいると自分も嬉しくなる。だからカリムは宴や祭り、祝い事なんかが大好きだ。 そしてまさに祝い事を目前に控えたある日、カリムは自室でうんうんと唸っていた。 目の前にはカリムにとって身近な熱砂の国特有の打楽器と弦楽器がそれぞれ包装されている。特別にターコイズブルーに染め上げられたそれらは、あと数日で誕生日を迎える、双子の人魚のフロイドとジェイドに贈る予定のものだ。 誕生日には、相手に思い切り喜んでもらえるものを贈りたい。それも、好いた相手だったらなおさらである。つ、と指先で打楽器が包まれている包装を撫でながら悩む。 相手は自分と同じで音楽や踊りが好きで、特にドラムを好むようだった。だからつい、カリムの得意な熱砂の国の打楽器を用意した。 こう言うと弦楽器の方はついでのように感じられるが、ちゃんと得意な楽器を聞いて用意したものである。こちらもしっかり真心がこもっているのは間違いない。ただ、もう片方にはちょっとした下心もあるだけで。「フロイド、喜んでくれるかな……」 豪奢な絨毯に転がって、喜んでくれると良いなと願う。きっとたくさんの人からプレゼントをもらうだろう。その中でも一番に喜んでほしいと思ってしまうのは、酷いワガママだ。 何度か頭の中で喜んでくれる姿を想像してみるが、うまく思い浮かべることができなかった。なんと言っても渡す相手はどちらも一筋縄では行かない相手で、どんな反応でもありえそうだと思えてしまう。 カリムにとっては二人とも間違いなく良い人ではあるが、万人にはそうではないらしいので、プレゼントを嫌がられたりしないだろうかと心配になる。 せめて表面上だけでも喜んでくれれば良い。カリムにしては珍しく、ハードルを下げて心の準備をする。時に押し付けがましい善意や好意も、今は鳴りを潜めた。恋とはどんな人間でも臆病にさせてしまうようだ。 嫌な想像は頭を振って追い出して、とにかく二人が喜んでくれると嬉しいと思い直す。 魔法の絨毯を呼び寄せて、当日はこの二つを乗せていくから頼むぞと言えば、絨毯は胸を張るようにしてみせた。 今からどきどきと早まる心臓を胸の上から抑えて、カリムは今日はもう寝ようと起き上がり、一人で眠るには広すぎるベッドへと移動した。 そうして訪れた双子の誕生日。カリムは先日、言ったとおりに魔法の絨毯にフロイドとジェイドそれぞれへのプレゼントを乗せて二人のもとへと向かおうとしていた。 きっと寮の談話室で盛大にパーティーをしているに違いないと勇んでオクタヴィネル寮へとやってきたが、中から聞こえる楽しそうな声になぜだか尻込みしてしまう。 いつもなら真っ先にその中に駆け込んで、自分も混ざってしまうカリムにとってはありえないことだ。 けれど、楽しそうな声の中心にいるのが自分の好きな相手だと思うと、なんだか複雑な気持ちになってしまうのだ。好きな相手が楽しんでいる姿を見て複雑になるなんて、あまりにも失礼だろう。 くいくいと絨毯が行かないのかと房で器用にカリムの寮服を引っ張るが、カリムの足はなかなか動かない。 どうしよう、と考えていたその時だった。「おや、カリムさんではありませんか。どうしたんです? こんなところで」 今日の主役の一人であるジェイドがやってきた。普段は見ない白いジャケットがよく似合っている。カリムは一瞬その姿に見とれて、きっともう一人の主役であるフロイドも格好いいのだろうと意識を飛ばしかけて慌てた。「ジェイド、誕生日おめでとう! これはオレからのプレゼントだ!」 気を取り直してそう言って、弦楽器の方をジェイドへ渡す。かさりと少し包装と解いて中を確認したジェイドは少し驚いた顔をしたあとに、嬉しそうに「ありがとうございます」と言ってくれた。そのことにホッと安心する。 そこでカリムは思いつく。フロイドへのプレゼントをジェイドから渡してもらおうと。「なぁジェイド、悪いんだけど」「ふふ、お断りします」「お、オレはまだなにも言ってないぞ!?」 フロイドにこれを、と絨毯の上のプレゼントを差しだそうとする前に、ジェイドに断られてしまった。 楽しげに笑うジェイドは大事そうにカリムからのプレゼントを抱えつつ、魔法の絨毯の上を見つめる。「それはカリムさんから直接、フロイドに渡してあげてください。僕から渡せばきっとフロイドの期限を損ねてしまいます」 カリムの言いたかったことを当てられ、うぐ、と言葉が詰まる。カリムから直接渡さなければフロイドの期限が損なうというが、本当にそうだろうか? 自信なくジェイドを見上げると、大丈夫ですよと微笑んでくれた。 その笑顔に背中を押され、カリムはジェイドと共に談話室へ向かう。 談話室へと足を踏み入れると、すぐにフロイドと目があった。「あー! ラッコちゃんおっそいじゃーん! あともうちょっとで迎えに行こうかと思ってた、ってジェイドの持ってるのってラッコちゃんからのプレゼント? 先にもらってんのズリー!」「ふふふ、すみません。先程そこで会った時に頂いたんです」 フロイドのぶんもありますから、とジェイドに背中を物理的に押されてフロイドを囲む輪の中心に行く。「え、っと、フロイド、誕生日おめでとう。これ、オレからのプレゼントだ。喜んでもらえれば良いんだけど……」 絨毯からそっと持ち上げたプレゼントを遠慮がちにフロイドに渡す。ジェイドに渡したときとは正反対だ。 フロイドはそんなこと気にせずにひょいとプレゼントを受け取ると、その場でばりばりと包装を破いた。中から現れたターコイズブルーの打楽器に瞳を輝かせる。「すっげーじゃん、熱砂の国の太鼓? あは、色がオレとジェイドの髪とお揃いとか洒落てんじゃん!」 嬉しそうにいろんな角度から眺めるフロイドの様子に、喜んでもらえたとカリムも嬉しくなる。 叩き方教えてよとねだって来るフロイドの隣に座って、渡したプレゼントを最初に使ってみせることになったことには気にせず、カリムは演奏してみせるのだった。「あー、楽しかった。陸でのパーティーのが楽しいねぇ、ジェイド」 上機嫌にたくさんのプレゼントを見つめるフロイド。一番目立つのは、やはり己たちの髪と同じ色をした楽器だ。 それを見つめるフロイドの眦が下がる。「そうですね、フロイド。良かったですね、カリムさんから直接プレゼントをいただけて」「ほんと良かったぁ。ジェイドでしょ、ラッコちゃん連れてきてくれたの」「ええ、危うく僕がフロイド宛のプレゼントを変わりに受け取るところでしたよ」「うげぇ、そーしてたら絶対ぇ受け取んねぇから」 げぇ、と舌を出してみせるフロイドに、くすくすとジェイドは笑ってみせる。意地悪は良くないですよ、と嗜めることは忘れない。「早くラッコちゃん告ってくんねぇかなぁ。じゃないとオレそろそろ我慢できないんだけど」「そう言うんでしたらフロイドからカリムさんに告白すればいいのに、なぜしないんです?」 ジェイドもフロイドも、カリムの気持ちを知っている。そしてフロイドもカリムのことを同じように好いている。 両想いであるのならばとっとと気持ちを告げればいいのに。そう問えば、返ってきた答えはフロイドらしいものだった。「そんなのオレの言うことにいちいち反応してるラッコちゃんが可愛いからに決まってんじゃん!」 でも本気で我慢できねぇなーとぼやく相棒に、ジェイドは仕方ないですね、と苦笑をこぼした。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 水辺の魔物続きを読む 見上げるほど背の高い本棚がたくさん並ぶ場所。いわゆる図書館と呼ばれるそこにカリムはいた。 普段の彼とは縁のないこの場になぜいるのかと言うと、単純に授業の課題のためだった。 最初は至って普通に課題に使う本を探していたのだが、気がつけば課題とは全く関わりのない棚の隙間に入り、そこにあった一冊の本を手にとっていた。 本は水の妖の物語だった。 本来であれば心を持たない水の妖が、人間の男に恋することによって心を手にすること。その男のもとへと嫁ぎ、幸せになること。しかし、男が他の女に恋をし、妖を疎んでしまうこと。 最後には愛した男の瞳に己の涙を落とし、永遠の眠りにつかせるまでが描かれていた。 カリムは本を読むことが苦手だが、この話はなぜだかとてもこの妖に感情移入をしてしまったからか、鮮やかに物語を頭の中で思い描くことができた。 おかげで本を抱いてぼろぼろと泣くはめになっているのだが。 ぎゅうぎゅうと辛い気持ちが心臓を締め付けるようだった。水の妖にとって一度きりの恋、その恋が叶ったときはどれだけ嬉しかっただろう。 そしてその恋が失われてしまったとき、どれだけ哀しかっただろう。本を読んでいただけのカリムでこうなのだから、実際にはどれだけのことなんだろうか。 知り合いに水の妖はいない。そもそも、水の妖は妖精族の類いなのだろうか、そこのところは詳しく書かれてはいなかったけれど。 とにかく何よりもカリムが苦しかったのは、妖が最後に愛した人を己の涙で殺さなければならなかったことだ。 そうしなければいけない決まりで、運命だったとしても、ただ一人愛した相手を殺さないといけないだなんて残酷すぎる。 妖に心がないままだったなら良かっただろうが、そもそも男を愛さなければ心なんて生まれなかった。男が他の人に目移りなんてしなければよかったのに。そうすれば二人は幸せになりました、めでたしめでたし。なんて、ご都合主義にまみれたお伽噺だと言われようとも、カリムはその方が好きだった。 タイトルになんとなく心惹かれて読んでみてしまったが、読まなければよかったかもしれないと今更ながら後悔する。 途中で読むのをやめてしまえばよかったのだ。普段は本なんて読まないのだから。 けれどこれは、何故か読んでしまった。水の妖、なんて。なんとなく己の恋人のことを思い浮かべてしまったがゆえに。 もしもだ。カリムの恋人が自分以外を好きになってしまった場合、カリムはどうするだろうと考えた。 きっと笑顔で相手を祝福して、相手とその好きな人の幸せの門出を祝うだろう。何なら宴を開いたりもするかもしれない。 痛い痛いと嘆く自分の心に蓋をして。 だってそれは何れ来る痛みだ。いつまでも幸せな恋人同士でいられるわけがない。カリムは自分の立場を理解している。 相手も相当の気分屋であることを知っている。だからいつかの覚悟しておかなければならない。ああ、それでも。 一瞬でも、己の涙で相手を殺せたら、と。相手の涙で己に死を、と。願ってしまった自分が、ひどく憎らしい。「ラッコちゃん? なぁに泣いてんの?」「ふっ、フロイド……っ!?」 抱きしめていた本を握る手に力が入った。涙でボロボロの顔を上げると、不思議そうにしている恋人がそこにいた。 慌てて本を隠そうとするが、その前に気付かれる。どうも彼も読んだことがあるらしく、「ああ、その本」と呟いた。「人間てほんと面白いのもの書くよねぇ。人間以外の種族に夢見すぎぃ」「お、面白かったのか? フロイドは」 カリムの腕から本を取り上げて、ぱらぱらと頁を捲るフロイドはまぁねと一度頷くだけだ。それ以上の感想はない。カリムは本を取り返そうと手を伸ばす。「まぁ、でもね」 伸ばした指先が掴まれる。そのまま、ずい、と顔が寄せられる。「ラッコちゃんの心配してることは絶対におこんないよ」 人魚の恋は苛烈で一途なのだとからりと笑うフロイドに、カリムはぽかんと口を開けた。 それはどういう意味だろうか。頭が働かないカリムの代わりに、フロイドは本を書架に戻した。そして別の本をカリムにぽんと渡す。「はいこれ、課題に使う本。ちゃっちゃと課題終わらせて遊ぼぉ」「ぅえ、うん、ああ、わかった?」 いつの間にやらカリムの涙は止まってて、歩みだすフロイドの後に大人しくついていく。 残された何も言わない本達に向かって、フロイドはちらりと目線だけで振り返り、にやりと笑んで見せた。畳む
2024/11/24 twst フロカリ / 涙の理由続きを読む「なぁ、頼むよフロイド!」 そう言って両手を合わせ、深く頭を下げるカリムに、フロイドは嫌そうな顔をした。「やだよ、ラッコちゃんが悪いんじゃん」「う、それはそうなんだけど……」 気まずそうに呻くカリムは、しょんぼりと効果音が付きそうに眉を下げる。 カリムが何をフロイドに頼んでいるのかと言うと、明日の錬金術の授業で使う「人魚の涙」が欲しいのだ。 準備するのを忘れて、急いで購買部に向かったものの、同じ目的の生徒に先を越されたのか品切れていたらしい。 そこで知り合いの人魚に頼んでいるのだとか。事前にジェイドにも頼んですでに断られているらしく、もう頼れるのがフロイドしかいないんだとカリムは嘆く。 フロイドは今も面の皮厚く従者をやっているウミヘビくんに頼めばすぐに用意してくれるだろうに、と内心で思ったものの、口にはしない。 冬のホリデー以来、なるべく従者を頼ろうとしないカリムの姿を見ているからか、そんなことを言う気にはなれなかった。それに、お気に入りの子が他の人間を頼らないというのは気分が良い。 かと言ってそんな授業の材料のためになんて安い理由で涙を流してやる理由はない、適当に流してどこかに行かせようとしたところで、ふと思いつく。「じゃあさぁ、ラッコちゃんオレのこと泣かせてみてよ。そしたら涙あげるから」 ニヤニヤと意地悪く笑ってみせるとカリムは驚いた顔を見せた後に、嬉しそうに「本当か?!」と顔を輝かせた。 フロイドは鷹揚に頷いてみせるが、どうせできっこないと思っている。イイコのカリムがフロイドを泣かすことなんて到底無理な話だ。 カリムは早速何か思いついたようで、フロイドに手を伸ばしてきた。フロイドのことを擽って、その涙を採ろうとでもしているんだろうと察し、カリムの手から逃げる。 そのまま逃げ続けるとカリムは困った顔をして、この作戦は諦めたようだ。 じゃあ次にとばかりにこの間あったカリム曰く怖い話、をし始めた。恐怖で涙を流すような人間、もとい、人魚と思われているのだろうか。 カリムの話は結局、怖い話どころかフロイドにとっては面白い話でしかなく、口を開けて大きく笑ったほどだった。それでも涙は出なかったけど。「うーん、じゃあ、もしもオレが死んで、ゴーストになってフロイドに会いに行ったら、フロイドは泣いてくれるか?」「なぁにぃラッコちゃん、死ぬ予定でもあんの?」「ないぜ! だから、もしもの話だ!」「そういうもしもの話も駄目〜。それにラッコちゃんが死ぬとか思いつかないし、多分オレ泣かないよ」「そっかぁ……いや、もしもでもオレが死んで、フロイドが悲しんでくれたら少し嬉しいなって……悲しんでもらえるのが嬉しいなんて酷いよな。ははは、ごめん。諦めるよ」 明日は先生に素直に怒られることにすると肩を下げたカリムが去っていく。その姿に手をひらひらと振ってを見送った。 その夜のことだ。 フロイドは寮の自室で雑誌を読んでいた。新作のスニーカーの広告が載っていて、次の休みにでも買いに行こうかとページの端を折っていたときだ。 同室のジェイドは山でキャンプをすると言って一人きりの夜だった。 こんこんと窓が外から叩かれる音がした。扉でもなく窓から。不思議に思って窓の外を見ると、そこには昼に見た顔があった。「ラッコちゃんじゃん、なんで窓の外から来てんの?」 ここは一階ではないはずだ。わざわざ登って来たのかと思えばそうではなかった。「よっ、フロイド。挨拶に来たぜ」「はぁ? なんでわざわざ挨拶……?」「ほら、言ったとおり会いに来たんだ」 カリムの姿を透けて向こう側が見える。思わず手を伸ばせば、褐色の肌に触れることなくフロイドの手は宙を掻いた。「は……? なにこれ、どういうこと?」「言っただろ? オレが死んで、ゴーストになったらフロイドに会いに行くって」 それは昼間のもしもの話だ。現実の話ではない。……現実の話ではない、はずだ。「それ、昼間の話でしょ? それじゃなに、ラッコちゃん死んじゃったの?」「ああ、そうみたいだな」 そうみたいだな、なんて。なんとも軽く言うカリムに、フロイドは言葉を失う。自分が死んだというのになんと呑気なものだ。「寮に刺客がいたみたいでな、学園は安全だと思ってたから気付かなかった。ははは」 更に笑ってのけるなんて、おかしいのではないか。更に、後でアズールから知らせが来るんじゃないか、とまで他人事のように言う。「笑えないジョーダン、やめなよラッコちゃん。似合わないよ」「冗談なんかじゃないぜ。だってほら、オレはこうしてここにいるだろ?」 いつものように笑うカリムの瞳は、いつもと違ってきらきらと輝かない。血の通っていない褐色の肌は死人のそれだ。冗談ではなく、ここにいるカリムはゴーストなのだと実感させられる。「それじゃあフロイド、オレもう行くからさ! じゃあな!」 死人とは思えない元気さで――とはいえ、この学園にいるゴーストはみんな同じようなものだが――カリムはフロイドの前から去ろうとする。 フロイドは慌ててそれを止めた。止めなければならないと、思ったからだ。「どこ行くのラッコちゃん」「どこって、死んだら行くところは決まってるだろ?」 カリムが言わんとすることはなんとなく理解した。それはもう、二度とカリムとは会えなくなるということだ。咄嗟に掴めるはずのない手を掴んだ。掴んだふりをした。「行かなくていいじゃん。他のゴーストみたいに学校に……そうだ、オレに憑いちゃいなよ。そしたら毎日楽しいかもよ」「それはフロイドに悪いだろ? それにオレは、」 この世に未練なんてないからな。 と。からりと笑うカリムに、フロイドは今度こそ何も言えなくなった。 きっと今、この場にカリムがいるのは、昼間に言ったことを実行しただけに過ぎない。 それがなかったら、カリムは何も言わずに遠くへ行ってしまったのかと思ったら、心臓が止まってしまうかと思った。 未練がない? 自分では未練になりえない。そうカリムは言ったのだ。「嫌だ、嫌だよラッコちゃん。行かないでよ、ラッコちゃんがいなくなったら悲しいよ。言ってたじゃん、ラッコちゃんが死んで、オレが悲しんだら嬉しいって。オレが悲しいんだから、ここにいてよ」 たとえゴーストのままでも構わない。ゴーストのままでもいいから傍にいてほしい。そうして、フロイドも死んだら一緒に行くべきところへ行けばいい。そう思った。のに、「ごめんな、フロイド。フロイドが悲しんでくれて嬉しいけど、やっぱりオレ、行かなくちゃ」 するりとフロイドの手の中から感触のないカリムの腕が抜けていく。そうしてカリムは振り返ることなく、窓の前に行ってしまう。 このままではカリムは本当に行ってしまう。遠くへ、フロイドがどんなに足掻いたって行くことができない場所へ。 いかないで。 ただそれだけの言葉が、喉の奥に引っかかって出てこない。フロイドの呼びかけは届かない。「ラッコちゃん!!」 腕を伸ばしたフロイドが見たのは、酷くぼやけた天井だった。 白い実験服を着て、白髪にターバンを巻きつけた後ろ姿を見つけたフロイドは、のそりとその背中にのしかかる。「おっ、フロイドか。おはよう!」「……おはよー、ラッコちゃん。これから錬金術の授業?」「ああ、そうだぞ!」 怒られてくる! と輝かしい笑顔を見せるカリムは、フロイドのよく知るカリムだ。そんなカリムにそっと小さな瓶を差し出す。「お? なんだ、何かくれるのか?」「人魚の涙。……オレの負けだから、ラッコちゃんにあげるぅ」「えぇ?! フロイド、泣いたのか?! オレが何かしたのか!?」 腕の中で慌てるカリムに、真っ赤な目元を見せないように日の暖かさを感じる白く輝く髪に顔を埋め、フロイドは喚いた。「……そーだよ! ラッコちゃんのせいで目が痛いんだから、今度絶対に責任とってもらうかんね!」畳む
「あー……ダリィ」
廊下の壁に体を預けながらなんとか歩くフロイドはそれだけ呟いた。
実際彼の体の状態をこの上なく表した言葉である。倦怠感があり、体が重い。それもこれも、ジェイドが山を愛する会の活動と言って休みなのに早々と朝から山登りに行ってしまったせいである。
そろそろ不調を来しそうだからプレイしてくれと昨夜のうちに頼んでいたと言うのに。
この世界には男女の性別とは異なる、ダイナミクスと呼ばれる性がある。その性はDomとSubとNutral、稀にSwitchと呼ばれる四つに分かれている。
DomはSubに対し、支配したいという欲求を持っている。支配と言っても躾やお仕置きをしたい、褒めてあげたい、世話がしたいなど、その欲求は多岐に渡る。
逆にSubはDomに対して支配されたいという欲求がある。Domとは逆に躾されたりお仕置きされたり、褒められたり世話されたりなどの欲求。
DomとSubはコマンドによるプレイをすることによって欲求を満たす。逆にいえば欲求が満たされないと、体調不良を起こしたり、下手をすれば死に至ることもあるらしい。
NutralはDomでもSubでもない、いわゆる普通の人間だ。ダイナミクスによる影響を受けない。ちなみにSwitchはDomにもSubにもなれると言う稀な存在である。
そしてフロイドはSubだった。躾されたいだのお仕置きされたいだのと思ったことは欠片もないが、定期的にプレイしなければ体調を崩した。
フロイドは自分のダイナミクスを死ぬほど恨んだが――よりにもよって支配されたい側の性になるなんて――、フロイドのSubとしてのランクが高いため大抵のDomのコマンドは効かないことと、幸い双子のジェイドが同ランクのDomだったこともあり、ジェイド相手に定期的にプレイすることで体調管理を行なっていた。
フロイドがSubであることを知っているのは家族とアズールくらいである。他の存在にこのことがバレたら舌を噛んで死んでしまいたくなるだろう。弱みを他人に晒すのは死に繋がるし、何よりDomだと思われているであろうのに実はSubだったと知られるのはプライドが許さなかった。アズールに知られるのだって本当は嫌だったくらいだ。
なのに、この現状。欲求が満たされず、体調に異常が来している。この状態でサムの購買部に行き、抑制剤を買えば、フロイドがSubであると言うことがバレてしまう。
普段から抑制剤を持ち歩かない己を一瞬だけ恨んだが、突発的に山に飛び出して行った片割れの方が恨めしい。
自室に戻り、最悪な展開――サブドロップに陥ること――にならないよう体を休めていようかと踵を返そうとした時だった。
いつもは軽い足が鉛のように重く感じて、うまく体を運べなかった。そうして廊下に倒れ込んでしまう。冷たい床に伏せって、短く息を吐く。これはかなりまずい状況だとフロイドは思った。
限界になるまで我慢せず、もっと早くジェイドにプレイしてもらうよう頼めばよかった。なんなら昨夜のうちに済ませておけばこんなことにはならないのに。
こんなことになるくらいなら「キノコを食べてください」と言うコマンドくらい聞いておけばよかったと後悔していると、パタパタと軽い足音が近づいてきた。
「フロイド! どうしたんだ!?」
聞こえたのはフロイドが普段、ラッコちゃんと言う愛称で呼んでいる相手、カリム・アル=アジームだった。
たまたま通りかかったのだろう。倒れている巨体に驚きと心配の色を混ぜた表情でカリムは膝をついた。
「……別にぃ、なんでもないし……」
「なんでもないわけないだろ! どうしたんだ? 腹が痛いのか?」
心配そうに顔を覗き込もうとしてくるカリムから顔を背けようとして失敗する。指先を動かすのも億劫だ。このままではサブドロップに陥るのも時間の問題かもしれない。
カリムはポケットの中を漁りながら薬を探しているようだが、見当違いも甚だしい。腹痛くらいで倒れるわけないだろ、と心の中で毒づいた。
「腹、痛ぇわけじゃねぇから……とにかくジェイド、呼んできて」
カリムはフロイドの言葉を聞くと即座にスマホを取り出し、どこかに電話をかける。だが、すぐに困った顔をした。
「ごめんフロイド、ジェイドに繋がらない……」
どこまで山を登っているのかとフロイドは舌打ちしたくなったが、それすらやる体力がない。保健室に連れて行ってもらおうにもカリムの体格でフロイドを連れていくことなどできないだろうし、Domを呼んでくれと頼むなんてもってのほか。八方塞がりだ。
「フロイド……顔色が本当に悪い、どうしたんだ? オレはどうすればいい? “教えてくれ“」
カリムがそう言った瞬間、フロイドの口からするりと言葉が溢れた。
「オレぇ、Sub、なんだよねぇ……。そんで今、サブドロップ起こしかけてんの……」
言うつもりなんてなかったのに、言ってしまった。一体なぜ、と考えるよりも早く、カリムはどこか安心したように微笑んで、フロイドの頭に手を乗せて、優しく撫でる。
「そっか、教えてくれてありがとうな。“良い子だ“」
カリムが良い子と言いながら頭を撫でる、ただそれだけでさっきまで重たくて仕方なかった体が一瞬にして軽くなる。それどころか身体中に血が巡って、まるでぬるま湯に使っているような暖かさと多幸感に溺れそうになる。
サブドロップに陥りかけていたのに、一転してサブスペースに入りかけていることをフロイドは自覚した。
「……ぇ、あ……?」
頭を上げて混乱するフロイドに、カリムは眉をハの字にして申し訳なさそうにする。
「ごめんなフロイド、コマンドを使ったつもりはないんだけど、結果的にそうなっちゃったみたいだな。でも応急処置だと思って我慢してくれ」
相手の了承を得ずにプレイすることはマナー違反だ。しかしそんなことはどうでも良い。兎にも角にも心地がいい。天国があったとすればここにあったのかと思うほど、フロイドは幸せな感覚に包まれていた。
「ラッコちゃん……Domなの……?」
「そうだぜ! 家の時の癖が出ちまったのかな。本当にごめんな、フロイド」
ダイナミクスを他人に知られるのを嫌がる人間はたくさんいる。カリムはフロイドのダイナミクスを知らなかったから、フロイドも知られたくない方だったんだろうと判断して謝った。
しかしカリムがDomだったとしても、フロイドも並のランクのSubではない。いくらサブドロップに陥りかけていたからといって、つい出てしまった程度のコマンドに応えるなんてことはしない。
けれどカリムの言葉には抗えなかった。抗うと言う考えすら浮かぶ暇もなくただ応えていた。それだけでカリムが最高ランクのDomだとわかる。さすがはアジーム家の嫡男である。血筋からして違う。
(やば……これ、ハマりそう……)
“ハマりそう“。そう危惧したフロイドの予感は後に当たることになる。
「“こちらに来てください“」
「……」
「おや? どうしたんですか、フロイド。また体調を崩しますよ」
体調管理のためにジェイドとプレイを試みた時だった。フロイドはジェイドのコマンドに対してぴくりとも反応しなかった。
いつもなら嫌々ながらジェイドの方へと向かい、大袈裟に「さすが僕の片割れ、よく出来ました」と褒められるのだが、フロイドの足は動こうとしなかった。
「どうしたんでしょうね、これでは体調管理ができませんよ」
「……この間さ、ラッコちゃんに助けられたって言ったじゃん」
「ああ、サブドロップに陥りかけたらしいですね」
「他人事みてぇに言うなし! ジェイドが朝から山登りに行ったのが原因なんだよ!」
「その節はご迷惑をおかけしました……それで?」
それで、と促してくるジェイドは心配そうにしていた。不可抗力とは言えフロイドが自分のダイナミクスをカリムにバレてしまったことを気にしているのではないかとか、さすがに罪悪感を覚えているらしい。
フロイドは言い難そうに視線を逸らせながら、その時の詳細を語ることにした。
「多分だけどさ、ラッコちゃん最高クラスのDomなんだよね」
「僕たちよりもランクが上、と言うことですか」
「そー。そんで、ラッコちゃんにとってコマンドのつもりないコマンドに応えたら、サブスペースに入りかけて……」
「……カリムさんのDomとしてのクラスの高さがわかりました」
つまりたった一回のコマンドでジェイドのコマンドでは物足りなくなってしまったのだ。カリムのコマンドに応え、褒められると言う多幸感を一度でも覚えてしまったら、まるで麻薬のようにそれしか受け付けなくなってしまった。
「困りましたねぇ」
「マジでジェイドのせいだかんな! どうすんのさ、これ!」
「どうすると言われましても、カリムさんにプレイを頼むしかないんじゃないですか?」
それこそ他人事のように言うジェイドに、フロイドは項垂れた。言葉にしなかっただけで、フロイドもそれしかないことはわかっていた。
「とりあえずアズールに相談しに行きましょうか」
「ラッコちゃんに借り作るの絶対嫌がりそうなんだけど」
「けれどフロイドの生死に関わります。そんなこと言ってられませんよ」
そうと決まれば即行動。双子はアズールの部屋に行き、ことの顛末を語った。
寮長ゆえの一人部屋のため他人に聞かれる心配はないと言うことでフロイドは語った。カリムのコマンドを聞いたときいかに素晴らしい体験をしたか。もう並大抵のDomのコマンドを聞く気にはならないだとか。
「頭の痛い話を持ってこないでください……」
「こっちだって頭が痛いですよ」
「泣くふりしても楽しんでるってわかってんだよ」
メソメソとあからさまに悲しそうな表情を作るジェイドに対し、フロイドはその背中を蹴った。
Nutralのアズールはサブスペースに入る悦楽を知らないが、フロイドがジェイドのコマンドを聞かなかったと聞いて驚いた。今まで二人でなんとかしてきたのに、それが破壊されてしまうなんて。
なんというか、カリムという存在はあらゆる意味で規格外だ。
「仕方ないですね……カリムさんにはフロイドの責任を取ってもらうということで話をつけましょう」
「プレイして“もらう“じゃなくて責任取ってもらうなんだ」
借りを作るのではなくむしろ被害者ぶって強請るというわけか、と納得顔のフロイド。ジェイドも「さすがアズールですね」と褒めている。
「実際、勝手に向こうがコマンドを使ってフロイドがカリムさん以外のコマンドを聴けなくなってしまったんだから間違いではありません! 人をガメツイ奴のように言うのはやめなさい!」
それもそうかとフロイドは頷いて「じゃあどうするのさ」と問う。
「まずジャミルさんに話を通します」
「え、ウミヘビくんにオレのダイナミクス知られんの嫌なんだけど」
「陸の言葉に将を射んと欲すれば先ず馬を射よと言います。カリムさんのスケジュールを管理しているジャミルさんには話を通しておいた方が良いでしょう。カリムさんが突然実家の用事で、などと帰られても困ります。ちゃんと定期的にプレイしてもらうよう手筈を整えるならジャミルさんに話を通すことが必須です」
「うへぇめんどくせー」
「けれどアズールの言っていることも正しいです。ところでジャミルさんのダイナミクスは?」
「Nutralだと言っていました」
「言ってたっていうかそれ聞き出したんだよね?」
アズールに対してジャミルがダイナミクスの話をするわけがないと踏んだフロイドはそう聞いてみたがスルーされた。
「それではスカラビアのお二人を明日、モストロラウンジのVIPルームに呼び出しましょう」
話はまとまったと、アズールは双子を部屋から追い出す。追い出された二人は仕方なく部屋に戻り、明日のためにとっとと眠ることにした。
翌日、放課後。
うまいことカリムとジャミルをモストロラウンジのVIPルームに呼び出すことに成功したアズールはニコニコと胡散臭い笑顔で二人を迎えた。
「ようこそ、カリムさん。ジャミルさん」
「おう、なんか大事な用があるんだよな? オレにできることならなんでも言ってくれ!」
「カリム、軽率なことを言うな。どうせ碌なことじゃない」
「それがそうでもないんですよ、ジャミルさん」
アズールの後ろに控えていたジェイド一歩前に出る。190の巨躯に見下ろされるのは威圧感がある。ジャミルは少し体を引きつつ、「なんだ」と答えた。
「僕のダイナミクスはDomでして」
突然、自分のダイナミクスを晒したジェイドに、ジャミルは驚く。ダイナミクスを晒すのはそれだけデリケートなことなのだ。
「そしてフロイドのダイナミクスはSubです」
同じようにアズールの後ろに控えていたフロイドのダイナミクスも晒す。そこで、ジャミルは何があったかを察した。
そういえば最近、カリムはフロイドが体調を崩していたところに出会し、ジャミルの薬を使って助けてやったと言ってきたことがあったなとジャミルは思い返す。
「つまり、フロイドとカリムの定期的なプレイがお望みだと?」
「……さすがジャミルさん。というか話が早すぎじゃありませんか? どこかで見ていたんですか?」
「いや、アジーム家ではよくあることだ」
よくあること。いやよくあって堪るか、とオクタヴィネルの三人はジャミルに視線を集める。
「アジーム家の使用人にもSubは多い。そして、そのSubはカリムのコマンドにもならないコマンドを聞き、リワードをもらう。……どうなるかわかるか?」
「……つまり、アジーム家にもカリムさんのコマンドしか受け付けないSubが大量にいる、と……」
「そう言うことだ。ちなみにカリムは定期的に家に帰って使用人たちを一箇所に集めてプレイを行っている」
うわぁ、とドン引きなオクタヴィネルの三人とは裏腹に、カリムは何が起こっているのかわからないといった表情でVIPルームに集まったメンツの顔を見渡している。
そんなカリムにため息を吐きつつ、ジャミルは丁寧に説明してやる。
「いいか、カリム。お前が軽率に出したコマンドのせいでフロイドがお前のコマンド以外受け付けなくなった。だからフロイドと定期的なプレイが必要だ。フロイドの生死に関わることだからオレたちに断る権利はない」
「えっ、そんなことになってたのか?! フロイド、本当にごめん!」
「そこまでは言ってないけど……別に謝んなくていーよ。ラッコちゃんがいてくれたおかげで助かったし」
そしてまた危機を迎えているのだが。心から申し訳ないと思っていることがカリムからひしひしと伝わるため、フロイドは逆に感謝の意を表した。
あの時、カリムが通り掛からなかったら、本当に死んでいたかもしれないのだ。だからカリムのコマンドしか受け付けなくなってしまったとしても安いものだろう。……多分。
ジャミルがここまで協力的なのが不気味だが、これで定期的なプレイを確約できたことになる。アズールとジェイドは良かったですねとフロイドに声をかけ、ジャミルはどれくらいの頻度でプレイが必要か聞いてきた。
カリムはというとVIPルームを訪れた時に出されたモストロラウンジの期間限定ジュースを飲んでいる。軽くカオスである。フロイドは遠い目をしながらプレイの頻度のすり合わせなどをすることになった。
そうしてとりあえず、今。早速プレイしたいと言って、フロイドとカリムだけがVIPルームに残り、二人きりになっている。
カリムにコマンドを出されてから一週間ほど経ち、少しばかり体が重くなり始めたところだった。
「それじゃあフロイド、セーフワードは?」
「ラッコちゃん、セーフワードが必要なプレイすんの?」
「そんなつもりはないけど、マナーだろ? オレはフロイドの嫌がることをしたくないから、一応。な?」
「……じゃあ、“飽きた“」
「わかった。……“おいで“」
フロイドから離れたところに座り直したカリムが、フロイドに向かって両腕を広げてコマンドを言う。それだけでフロイドの背筋にビリリと電撃が走るような感覚を覚え、足は自然とカリムの方へ向かった。
カリムの正面に立つと、カリムは「“隣に座って“」と更にコマンドを出す。
コマンド通りカリムの隣に座ると、カリムはフロイドの寮服の一部である帽子を取って、わしゃわしゃと撫でながら、満面の笑顔で。
「良い子だ、フロイド!」
それだけでもう駄目だった。くたりとカリムの方へ倒れ込み、力が抜けていく。多幸感が溢れる。身体中がぽかぽかする。心臓の音が耳元で聞こえるようだった。
そんなフロイドを受け止めきれず、フロイドと一緒にソファに倒れ込んだカリムだったが、カリムはフロイドの頭に腕を回して、「良い子だなぁ」と続けて褒めてくれる。
こんな感覚は知らない。まるで全身が溶けてしまったようで、幸せで幸せで他に何もいらないと言う感覚は。
アジーム家の使用人はいつもこんな感覚をカリムからもらっているのだろうか。そう思うとずるい、とフロイドの中で嫉妬のようなものが芽生えた。
定期的にカリムとプレイするようになってから、フロイドの機嫌は常に右肩上がりだ。体調は凄まじく良い。今ならリリアと戦っても良いところまで行きそうだとさえ思えるほどに。
双子の論外の方が最近かなり上機嫌で気持ち悪い、とNRC内で実しやかに囁かれていた。実際事実なのだが。
今日もカリムとプレイ予定だ。プレイする場所はモストロラウンジのVIPルームだったり、カリムの自室のどちらかだった。プレイ後のフロイドがしばらく使い物にならなくなるから、周囲の目のないところでプレイするしかない。
今日はカリムの自室でプレイすることになっていた。そんなわけで、フロイドは上機嫌でカリムの部屋を目指す。もはや定期的にスカラビアにやってくるフロイドのことをスカラビア生はなんとも思ってなく、豪奢な廊下を歩いていても誰もフロイドを気にかけない。
ノックもせず寮長専用の部屋に入ると、カリムがベッドの上で座っていた。
「お、フロイド。時間通りだな!」
「でしょ〜。オレってば良い子?」
「ああ! 時間をしっかり守れるフロイドは良い子だ!」
扉の前から動かないフロイドだが、カリムに褒められることで充足感を覚える。もっと欲しい、とカリムに早くプレイするように促した。
カリムとのプレイはかなり軽いもので、「“おいで“」や「“今日あった楽しかったことを教えてくれ“」と言った内容ばかりだ。カリムのDom性は褒めることで欲求が満たされるらしい。
フロイドはと言うと、別に躾やお仕置きなどされたいわけではないので――Subだからといってマゾヒストなわけではないのだから当然だ――、カリムとの簡単なプレイが気に入っていた。
「フロイド、こっちに“おいで”」
早速のコマンドにフロイドはすぐさまカリムに近づいた。するとカリムはいつも通り自分の隣を指して「“座ってくれ“」とコマンドを出す。
身長差のせいでフロイドが立っていて、カリムが座っていると褒めることができない。だからいつもこうやって隣に座り、カリムが頭を撫で、「良い子」と言ってくれるのを待っている。
そうして希望通りにカリムはフロイドの頭を撫でながら「良い子だなー!」とカリムも嬉しそうにリワードをくれる。
また多幸感に包まれて、フロイドはカリムに絡みつくとベッドに倒れ込んだ。カリムも慣れたもので、その状態で頭を撫でてくれる。
いつもならこれくらいでプレイが終わるのだが、カリムがいつもとは違うことを言い出した。
「今日はもうちょっとプレイしていこうか」
これ以上プレイしたら確実にサブスペースに入ってしまうと思ったが、「なんで?」と尋ねると、簡単な答えが返ってきた。
「今度、一回実家に帰ってみんなとプレイしてくるんだ。だからしばらく間が空いちゃうから今のうちに溜める? なんて言うんだ? たくさんプレイして、フロイドの体調が悪くならないようにしておかなきゃと思って」
カリムの言ったことに、フロイドは冷や水をかけられた気がした。そうだ、カリムはフロイドだけのDomじゃない。アジーム家にいるSubたちのDomでもある。
自分だけが特別じゃないと思った瞬間、フロイドは凄く嫌な気分になった。
「次はどんなコマンドが良い? あ、“今日あった楽しいことを教えてくれないか?“」
それでもカリムは穏やかにコマンドを出してくる。フロイドがショックを受けていることに気づいていないようだ。
フロイドはカリムのコマンドに応えようとした。しかし、フロイドの口から出たのは別の言葉だった。
「“飽きた“」
咄嗟に出たのはセーフワードだった。カリムは驚きで目を瞠り、フロイドも同様に驚いていた。カリムが実家に帰って、複数のSubたちとプレイすると考えたら、とてつもない嫌悪感に襲われて、気がつけばセーフワードを口にしていた。
さっきまで覚えていた多幸感が消え、フロイドは起き上がる。
「今日はもういいや、ありがとね。ラッコちゃん」
セーフワードを使われたという衝撃に何もできないカリムを置いて、フロイドはそそくさとカリムの部屋から逃げ出した。
カリムがアジーム家のSubともプレイしていることは前から知っていたのに、どうして急に嫌な気分になったのだろう。どうして、自分だけが特別だと思ったんだろう。混乱だけがフロイドの頭の中を支配して、その日のモストロラウンジで提供される料理はひどい有様だった。
その結果、フロイドはアズールに呼び出されている。なぜかジェイドも一緒だ。
「……で、どうしたんですか。今日はカリムさんとのプレイの日でしょう。なんでそんなに機嫌が悪いんですか」
ズバリと指摘してくるアズールに、フロイドも「わかんねぇ」とだけ答える。
今日のラウンジの売り上げが散々だったアズールはそんな答えで納得がいくわけがなく。
「僕はDomではありませんが、答えなさい。このままではラウンジの経営に関わります」
「……ラッコちゃんが実家に帰るって」
「実家に? ……ああ、アジーム家の使用人の方たちとプレイしに帰るんですね。それがどうしたんですか?」
「それが嫌だったから、セーフワード使っちゃった」
アズールとジェイドは驚きに顔を染める。ジャミルから聞いていた通り、カリムは定期的に実家に帰り、使用人とプレイすると言うことはわかっていたはずなのに、なぜ?
「ラッコちゃんのSubっていっぱいいるんだよね。オレはその中の一人だって、分からされたっていうか、ずっとオレはラッコちゃんの特別だと思ってたっていうか」
だから、セーフワードを使ったと言う。アズールとジェイドは深いため息を吐く。フロイドはどうしてそんな反応されるか分からず、首を傾げた。
自覚がないと言うのは恐ろしい。アズールはのろのろと顔を上げ、フロイドに指摘した。
「あなた、カリムさんのことを好きになってしまったのですね」
「……はぁ?」
「自分以外のSubとプレイして欲しくないと言うのはそう言うことでしょう」
確かにカリムといると気が楽だ。趣味が合うし、気を使わなくて良いし、わがままは聞いてくれるし、プレイの内容もフロイドに合わせてくれる。
「ジャミルさんも言ってましたよ、アジーム家にいるSubで自分だけとプレイして欲しくてカリムさんを監禁しようとした人がいると」
「はぁっ?! 何それ、聞いたことないんだけど!」
「まぁ、醜聞ですしね。そのSubをカリムさんが説得して今もアジーム家で仕事をしているようですが」
どこまで心が広いのやら、とアズールは呆れながら言った。そしてジェイドが口を開く。
「フロイドはその一歩手前に来ていると言うことですね」
「オレはラッコちゃんのこと監禁したりしねぇし」
「でも、他のSubとプレイして欲しくないんでしょう?」
そう言われて何も言い返せなくなる。SubにとってDomからのコマンドをこなし、リワードをもらうと言うのは大事なことだ。それがなければ体調を崩し、下手をすれば死に至る。
頭ではわかっているのだが、感情がそれを認めたくなかった。それはつまり、フロイドはカリムが好きと言うことだ。
「……オレがラッコちゃん好きなのは分かったけど、だからってどうすればいいの」
「想いを伝えてみてはいかがですか?」
「ラッコちゃん、オレのこと好きだとは思えないんだけど……」
「定期的にプレイしているのですから、もしかしたらがあるかもしれませんよ」
どんよりと重い空気を背負いながらフロイドは考える。もし告白して、断られたらもうカリムとはプレイできないのだろうか。それは嫌だ。絶対に。カリムでなければならないのだ。
カリムは今、実家に帰っている。三日程度でNRCに帰ってくるとジャミルから聞いたが、三日後、想いを伝えるしかないのか。フロイドは不安を覚えながらカリムが帰ってくるまでの期間、不機嫌さを隠そうともせずに過ごすことにした。
そして一日目ですでに体調に異常が来している。この間プレイを強制的に止めたからだろうか。
ベッドに引きこもり、ただカリムが帰ってくるのを待つ。あと二日がこんなにも長いなんて。そう思いながらフロイドは眠りについた。
三日後、荷物を携えたカリムが急いでフロイドの部屋にやって来た。
「フロイド! 大丈夫か?!」
フロイドの状態をジェイドから聞いていたのだろう。顔を青くしたフロイドを見て、荷物を放り出したカリムはフロイドに近づく。
そして早くプレイを、と言うカリムをフロイドが止める。
「その前に、話したいことが、あってさ」
「話したいこと? なんだ、なんでも聞くぞ」
なんでも、は軽々しく使うなと言われたのにカリムはすぐに忘れてしまうことにフロイドは少し笑った。
「オレさぁ、ラッコちゃんのこと、好きになっちゃったんだよね」
「オレもフロイドのこと好きだぞ?」
「そういう意味じゃなくて、恋人になりたいって意味で」
そう言うと、カリムはしばらく固まって、やがて顔を赤くした。
「えっ、でも、え、な、なんでだ?」
「プレイたり、遊んだりしてる間にさー、ラッコちゃんといると、居心地がいいって思うようになったんだよね。刷り込みかもしれないけどさ。この間、アジーム家の使用人たちとプレイしてくるって言われた時、正直ショック受けた。オレだけがラッコちゃんの特別なSubだと思ってたから」
あの時思ったことをそのまま伝える。カリムは、視線をあちこちに向けて困っているようだ。
「アジーム家の使用人のこと考えると、ラッコちゃんがプレイしなきゃいけないって言うのは分かってるんだけど、それでも嫌だった」
「そ……なのか。だからセーフワードを使ったのか?
「そう。馬鹿らしいでしょ」
するとカリムは黙り込んで、何かを考えるように口元に手をやった。その頬は赤いままで、瞳も若干の潤んでいる。
「オレとのプレイが嫌になったから、じゃないのか?」
「そうだよ。むしろラッコちゃん以外とプレイしたくない」
――だから責任とってよ、ラッコちゃん。
起き上がったフロイドは、カリムの腹に抱きついて懇願する。カリムはそんなフロイドの頭をそっと撫でる。
「……オレはアジーム家の嫡男で、Subもたくさん抱えてるんだ」
「……知ってる」
「でも、フロイドとのプレイは他のSubとのプレイよりも気持ちがいいんだ」
「え?」
顔を赤くしたまま、カリムは続ける。
「使用人たちの体調管理のためにコマンドを使うのはやめられないけど、でもフロイドがオレの特別なSubになりたいって言うんなら」
カリムは放り出した荷物から、ゴソゴソと何かを探し出した。それは銀色のチョーカーで、複雑な紋様が刻まれ、中央には赤い宝石が飾られている。一眼見ただけで高級品だとわかる。
「これ見た時、フロイドのことが真っ先に浮かんだんだ。フロイドはつけてくれないかもしれないけど、って思って、本当は出すつもりはなかったんだけど」
そう言って持っていたチョーカーをカリムはフロイドに渡す。これがどう言う意味か、分からないフロイドではない。
DomからSubへ送られるパートナーの証、Colorだ。
「パートナーって言っても歪んでると思うけど、オレの特別なSubはフロイドだけだから渡しときたくて」
「……それってラッコちゃんもオレのこと好きってこと?」
カリムは耳まで赤くして、「うぅ」と呻いたが、フロイドの言葉を認めた。いつ好きになったのか分からない。でも、プレイすることでフロイドとの時間が生まれ、一緒に過ごしていくうちにだんだんと好きになっていったのだとカリムは言う。
それだけでフロイドは舞い上がりそうになったが、体調が悪くすぐにへたり込んだ。
「フロイド、とりあえずプレイしようぜ!」
「……分かった」
じゃあ、と顔を赤くしたままのカリムが、一つのコマンドを出す。
「“キスして“」
思っても見なかったコマンドに、フロイドは一瞬目を瞠ったが、すぐにカリムの唇にそっと自分の唇を重ねた。ほんの数秒にも満たないキスだったけれど、フロイドは今まで以上の幸福感を覚えていた。唇を離してすぐ、カリムはフロイドにはにかみながら「良い子」と褒めてくれた。直後、フロイドがサブスペースに入ったことは言うまでもない。
Colorをつけると言うことがどう言うことか、フロイドはよく分かっている。
己がSubであるということを公言しているようなものだ。けれどフロイドはカリムから渡されたチョーカーを首に付けた。本当は金にしたかったらしいが、フロイドなら銀かなと悩んだんだと語られたチョーカーをフロイドは気に入っている。
NRCにはDomが多く、フロイドのチョーカーを見てコマンドを実行しようとしてくる奴もいたが、ランクの低いそいつらを蹴散らしてフロイドは今日もカリムの元に行く。
プレイだけじゃなく、恋人としての時間を過ごすために。畳む