2024/11/24 twst フロカリ / 涙の理由続きを読む「なぁ、頼むよフロイド!」 そう言って両手を合わせ、深く頭を下げるカリムに、フロイドは嫌そうな顔をした。「やだよ、ラッコちゃんが悪いんじゃん」「う、それはそうなんだけど……」 気まずそうに呻くカリムは、しょんぼりと効果音が付きそうに眉を下げる。 カリムが何をフロイドに頼んでいるのかと言うと、明日の錬金術の授業で使う「人魚の涙」が欲しいのだ。 準備するのを忘れて、急いで購買部に向かったものの、同じ目的の生徒に先を越されたのか品切れていたらしい。 そこで知り合いの人魚に頼んでいるのだとか。事前にジェイドにも頼んですでに断られているらしく、もう頼れるのがフロイドしかいないんだとカリムは嘆く。 フロイドは今も面の皮厚く従者をやっているウミヘビくんに頼めばすぐに用意してくれるだろうに、と内心で思ったものの、口にはしない。 冬のホリデー以来、なるべく従者を頼ろうとしないカリムの姿を見ているからか、そんなことを言う気にはなれなかった。それに、お気に入りの子が他の人間を頼らないというのは気分が良い。 かと言ってそんな授業の材料のためになんて安い理由で涙を流してやる理由はない、適当に流してどこかに行かせようとしたところで、ふと思いつく。「じゃあさぁ、ラッコちゃんオレのこと泣かせてみてよ。そしたら涙あげるから」 ニヤニヤと意地悪く笑ってみせるとカリムは驚いた顔を見せた後に、嬉しそうに「本当か?!」と顔を輝かせた。 フロイドは鷹揚に頷いてみせるが、どうせできっこないと思っている。イイコのカリムがフロイドを泣かすことなんて到底無理な話だ。 カリムは早速何か思いついたようで、フロイドに手を伸ばしてきた。フロイドのことを擽って、その涙を採ろうとでもしているんだろうと察し、カリムの手から逃げる。 そのまま逃げ続けるとカリムは困った顔をして、この作戦は諦めたようだ。 じゃあ次にとばかりにこの間あったカリム曰く怖い話、をし始めた。恐怖で涙を流すような人間、もとい、人魚と思われているのだろうか。 カリムの話は結局、怖い話どころかフロイドにとっては面白い話でしかなく、口を開けて大きく笑ったほどだった。それでも涙は出なかったけど。「うーん、じゃあ、もしもオレが死んで、ゴーストになってフロイドに会いに行ったら、フロイドは泣いてくれるか?」「なぁにぃラッコちゃん、死ぬ予定でもあんの?」「ないぜ! だから、もしもの話だ!」「そういうもしもの話も駄目〜。それにラッコちゃんが死ぬとか思いつかないし、多分オレ泣かないよ」「そっかぁ……いや、もしもでもオレが死んで、フロイドが悲しんでくれたら少し嬉しいなって……悲しんでもらえるのが嬉しいなんて酷いよな。ははは、ごめん。諦めるよ」 明日は先生に素直に怒られることにすると肩を下げたカリムが去っていく。その姿に手をひらひらと振ってを見送った。 その夜のことだ。 フロイドは寮の自室で雑誌を読んでいた。新作のスニーカーの広告が載っていて、次の休みにでも買いに行こうかとページの端を折っていたときだ。 同室のジェイドは山でキャンプをすると言って一人きりの夜だった。 こんこんと窓が外から叩かれる音がした。扉でもなく窓から。不思議に思って窓の外を見ると、そこには昼に見た顔があった。「ラッコちゃんじゃん、なんで窓の外から来てんの?」 ここは一階ではないはずだ。わざわざ登って来たのかと思えばそうではなかった。「よっ、フロイド。挨拶に来たぜ」「はぁ? なんでわざわざ挨拶……?」「ほら、言ったとおり会いに来たんだ」 カリムの姿を透けて向こう側が見える。思わず手を伸ばせば、褐色の肌に触れることなくフロイドの手は宙を掻いた。「は……? なにこれ、どういうこと?」「言っただろ? オレが死んで、ゴーストになったらフロイドに会いに行くって」 それは昼間のもしもの話だ。現実の話ではない。……現実の話ではない、はずだ。「それ、昼間の話でしょ? それじゃなに、ラッコちゃん死んじゃったの?」「ああ、そうみたいだな」 そうみたいだな、なんて。なんとも軽く言うカリムに、フロイドは言葉を失う。自分が死んだというのになんと呑気なものだ。「寮に刺客がいたみたいでな、学園は安全だと思ってたから気付かなかった。ははは」 更に笑ってのけるなんて、おかしいのではないか。更に、後でアズールから知らせが来るんじゃないか、とまで他人事のように言う。「笑えないジョーダン、やめなよラッコちゃん。似合わないよ」「冗談なんかじゃないぜ。だってほら、オレはこうしてここにいるだろ?」 いつものように笑うカリムの瞳は、いつもと違ってきらきらと輝かない。血の通っていない褐色の肌は死人のそれだ。冗談ではなく、ここにいるカリムはゴーストなのだと実感させられる。「それじゃあフロイド、オレもう行くからさ! じゃあな!」 死人とは思えない元気さで――とはいえ、この学園にいるゴーストはみんな同じようなものだが――カリムはフロイドの前から去ろうとする。 フロイドは慌ててそれを止めた。止めなければならないと、思ったからだ。「どこ行くのラッコちゃん」「どこって、死んだら行くところは決まってるだろ?」 カリムが言わんとすることはなんとなく理解した。それはもう、二度とカリムとは会えなくなるということだ。咄嗟に掴めるはずのない手を掴んだ。掴んだふりをした。「行かなくていいじゃん。他のゴーストみたいに学校に……そうだ、オレに憑いちゃいなよ。そしたら毎日楽しいかもよ」「それはフロイドに悪いだろ? それにオレは、」 この世に未練なんてないからな。 と。からりと笑うカリムに、フロイドは今度こそ何も言えなくなった。 きっと今、この場にカリムがいるのは、昼間に言ったことを実行しただけに過ぎない。 それがなかったら、カリムは何も言わずに遠くへ行ってしまったのかと思ったら、心臓が止まってしまうかと思った。 未練がない? 自分では未練になりえない。そうカリムは言ったのだ。「嫌だ、嫌だよラッコちゃん。行かないでよ、ラッコちゃんがいなくなったら悲しいよ。言ってたじゃん、ラッコちゃんが死んで、オレが悲しんだら嬉しいって。オレが悲しいんだから、ここにいてよ」 たとえゴーストのままでも構わない。ゴーストのままでもいいから傍にいてほしい。そうして、フロイドも死んだら一緒に行くべきところへ行けばいい。そう思った。のに、「ごめんな、フロイド。フロイドが悲しんでくれて嬉しいけど、やっぱりオレ、行かなくちゃ」 するりとフロイドの手の中から感触のないカリムの腕が抜けていく。そうしてカリムは振り返ることなく、窓の前に行ってしまう。 このままではカリムは本当に行ってしまう。遠くへ、フロイドがどんなに足掻いたって行くことができない場所へ。 いかないで。 ただそれだけの言葉が、喉の奥に引っかかって出てこない。フロイドの呼びかけは届かない。「ラッコちゃん!!」 腕を伸ばしたフロイドが見たのは、酷くぼやけた天井だった。 白い実験服を着て、白髪にターバンを巻きつけた後ろ姿を見つけたフロイドは、のそりとその背中にのしかかる。「おっ、フロイドか。おはよう!」「……おはよー、ラッコちゃん。これから錬金術の授業?」「ああ、そうだぞ!」 怒られてくる! と輝かしい笑顔を見せるカリムは、フロイドのよく知るカリムだ。そんなカリムにそっと小さな瓶を差し出す。「お? なんだ、何かくれるのか?」「人魚の涙。……オレの負けだから、ラッコちゃんにあげるぅ」「えぇ?! フロイド、泣いたのか?! オレが何かしたのか!?」 腕の中で慌てるカリムに、真っ赤な目元を見せないように日の暖かさを感じる白く輝く髪に顔を埋め、フロイドは喚いた。「……そーだよ! ラッコちゃんのせいで目が痛いんだから、今度絶対に責任とってもらうかんね!」畳む
「なぁ、頼むよフロイド!」
そう言って両手を合わせ、深く頭を下げるカリムに、フロイドは嫌そうな顔をした。
「やだよ、ラッコちゃんが悪いんじゃん」
「う、それはそうなんだけど……」
気まずそうに呻くカリムは、しょんぼりと効果音が付きそうに眉を下げる。
カリムが何をフロイドに頼んでいるのかと言うと、明日の錬金術の授業で使う「人魚の涙」が欲しいのだ。
準備するのを忘れて、急いで購買部に向かったものの、同じ目的の生徒に先を越されたのか品切れていたらしい。
そこで知り合いの人魚に頼んでいるのだとか。事前にジェイドにも頼んですでに断られているらしく、もう頼れるのがフロイドしかいないんだとカリムは嘆く。
フロイドは今も面の皮厚く従者をやっているウミヘビくんに頼めばすぐに用意してくれるだろうに、と内心で思ったものの、口にはしない。
冬のホリデー以来、なるべく従者を頼ろうとしないカリムの姿を見ているからか、そんなことを言う気にはなれなかった。それに、お気に入りの子が他の人間を頼らないというのは気分が良い。
かと言ってそんな授業の材料のためになんて安い理由で涙を流してやる理由はない、適当に流してどこかに行かせようとしたところで、ふと思いつく。
「じゃあさぁ、ラッコちゃんオレのこと泣かせてみてよ。そしたら涙あげるから」
ニヤニヤと意地悪く笑ってみせるとカリムは驚いた顔を見せた後に、嬉しそうに「本当か?!」と顔を輝かせた。
フロイドは鷹揚に頷いてみせるが、どうせできっこないと思っている。イイコのカリムがフロイドを泣かすことなんて到底無理な話だ。
カリムは早速何か思いついたようで、フロイドに手を伸ばしてきた。フロイドのことを擽って、その涙を採ろうとでもしているんだろうと察し、カリムの手から逃げる。
そのまま逃げ続けるとカリムは困った顔をして、この作戦は諦めたようだ。
じゃあ次にとばかりにこの間あったカリム曰く怖い話、をし始めた。恐怖で涙を流すような人間、もとい、人魚と思われているのだろうか。
カリムの話は結局、怖い話どころかフロイドにとっては面白い話でしかなく、口を開けて大きく笑ったほどだった。それでも涙は出なかったけど。
「うーん、じゃあ、もしもオレが死んで、ゴーストになってフロイドに会いに行ったら、フロイドは泣いてくれるか?」
「なぁにぃラッコちゃん、死ぬ予定でもあんの?」
「ないぜ! だから、もしもの話だ!」
「そういうもしもの話も駄目〜。それにラッコちゃんが死ぬとか思いつかないし、多分オレ泣かないよ」
「そっかぁ……いや、もしもでもオレが死んで、フロイドが悲しんでくれたら少し嬉しいなって……悲しんでもらえるのが嬉しいなんて酷いよな。ははは、ごめん。諦めるよ」
明日は先生に素直に怒られることにすると肩を下げたカリムが去っていく。その姿に手をひらひらと振ってを見送った。
その夜のことだ。
フロイドは寮の自室で雑誌を読んでいた。新作のスニーカーの広告が載っていて、次の休みにでも買いに行こうかとページの端を折っていたときだ。
同室のジェイドは山でキャンプをすると言って一人きりの夜だった。
こんこんと窓が外から叩かれる音がした。扉でもなく窓から。不思議に思って窓の外を見ると、そこには昼に見た顔があった。
「ラッコちゃんじゃん、なんで窓の外から来てんの?」
ここは一階ではないはずだ。わざわざ登って来たのかと思えばそうではなかった。
「よっ、フロイド。挨拶に来たぜ」
「はぁ? なんでわざわざ挨拶……?」
「ほら、言ったとおり会いに来たんだ」
カリムの姿を透けて向こう側が見える。思わず手を伸ばせば、褐色の肌に触れることなくフロイドの手は宙を掻いた。
「は……? なにこれ、どういうこと?」
「言っただろ? オレが死んで、ゴーストになったらフロイドに会いに行くって」
それは昼間のもしもの話だ。現実の話ではない。……現実の話ではない、はずだ。
「それ、昼間の話でしょ? それじゃなに、ラッコちゃん死んじゃったの?」
「ああ、そうみたいだな」
そうみたいだな、なんて。なんとも軽く言うカリムに、フロイドは言葉を失う。自分が死んだというのになんと呑気なものだ。
「寮に刺客がいたみたいでな、学園は安全だと思ってたから気付かなかった。ははは」
更に笑ってのけるなんて、おかしいのではないか。更に、後でアズールから知らせが来るんじゃないか、とまで他人事のように言う。
「笑えないジョーダン、やめなよラッコちゃん。似合わないよ」
「冗談なんかじゃないぜ。だってほら、オレはこうしてここにいるだろ?」
いつものように笑うカリムの瞳は、いつもと違ってきらきらと輝かない。血の通っていない褐色の肌は死人のそれだ。冗談ではなく、ここにいるカリムはゴーストなのだと実感させられる。
「それじゃあフロイド、オレもう行くからさ! じゃあな!」
死人とは思えない元気さで――とはいえ、この学園にいるゴーストはみんな同じようなものだが――カリムはフロイドの前から去ろうとする。
フロイドは慌ててそれを止めた。止めなければならないと、思ったからだ。
「どこ行くのラッコちゃん」
「どこって、死んだら行くところは決まってるだろ?」
カリムが言わんとすることはなんとなく理解した。それはもう、二度とカリムとは会えなくなるということだ。咄嗟に掴めるはずのない手を掴んだ。掴んだふりをした。
「行かなくていいじゃん。他のゴーストみたいに学校に……そうだ、オレに憑いちゃいなよ。そしたら毎日楽しいかもよ」
「それはフロイドに悪いだろ? それにオレは、」
この世に未練なんてないからな。
と。からりと笑うカリムに、フロイドは今度こそ何も言えなくなった。
きっと今、この場にカリムがいるのは、昼間に言ったことを実行しただけに過ぎない。
それがなかったら、カリムは何も言わずに遠くへ行ってしまったのかと思ったら、心臓が止まってしまうかと思った。
未練がない? 自分では未練になりえない。そうカリムは言ったのだ。
「嫌だ、嫌だよラッコちゃん。行かないでよ、ラッコちゃんがいなくなったら悲しいよ。言ってたじゃん、ラッコちゃんが死んで、オレが悲しんだら嬉しいって。オレが悲しいんだから、ここにいてよ」
たとえゴーストのままでも構わない。ゴーストのままでもいいから傍にいてほしい。そうして、フロイドも死んだら一緒に行くべきところへ行けばいい。そう思った。のに、
「ごめんな、フロイド。フロイドが悲しんでくれて嬉しいけど、やっぱりオレ、行かなくちゃ」
するりとフロイドの手の中から感触のないカリムの腕が抜けていく。そうしてカリムは振り返ることなく、窓の前に行ってしまう。
このままではカリムは本当に行ってしまう。遠くへ、フロイドがどんなに足掻いたって行くことができない場所へ。
いかないで。
ただそれだけの言葉が、喉の奥に引っかかって出てこない。フロイドの呼びかけは届かない。
「ラッコちゃん!!」
腕を伸ばしたフロイドが見たのは、酷くぼやけた天井だった。
白い実験服を着て、白髪にターバンを巻きつけた後ろ姿を見つけたフロイドは、のそりとその背中にのしかかる。
「おっ、フロイドか。おはよう!」
「……おはよー、ラッコちゃん。これから錬金術の授業?」
「ああ、そうだぞ!」
怒られてくる! と輝かしい笑顔を見せるカリムは、フロイドのよく知るカリムだ。そんなカリムにそっと小さな瓶を差し出す。
「お? なんだ、何かくれるのか?」
「人魚の涙。……オレの負けだから、ラッコちゃんにあげるぅ」
「えぇ?! フロイド、泣いたのか?! オレが何かしたのか!?」
腕の中で慌てるカリムに、真っ赤な目元を見せないように日の暖かさを感じる白く輝く髪に顔を埋め、フロイドは喚いた。
「……そーだよ! ラッコちゃんのせいで目が痛いんだから、今度絶対に責任とってもらうかんね!」畳む