2024/11/26 DiD カブライ / 誕生祭前日譚続きを読む ライオスが王に名乗りあげてから七日七晩が明けた後、ヤアドに真っ先に誕生日はいつかと聞かれた時はなんだと思っていた。 だが、誕生日が近づくにつれて城下が、城の中が祭りの準備で盛り上がっていく様子を見て、その理由を察した。 なるほど、王の誕生日は国民にとっての祝日か。ライオスは衣装係に着せ替え人形のように衣装を取っ替え引っ替えに着せ替えられながら鏡をぼんやりと見つめていた。 もう何着目だろう。こんなに衣装を用意するぐらいならもっと別のところに使った方がいいんじゃないか? 衣装係はああでもない、こうでもないと嬉々として衣装を選び続けている。一体着せ替え人形はいつまで続くのだろう。そう遠い目をしていると、部屋にノックの音が響いた。「失礼します。陛下、衣装は決まりましたか?」「カブルー……見ての通りだよ」 いくつも並び立つ、衣装を着たトルソーを横目にライオスはぐったりとしながら応える。そんなライオスの様子にカブルーは笑いつつ、一枚の紙を差し出した。 少しでも着せ替え人形状態から逃れられるのならばと縋るようにその紙に手を伸ばしたが、その内容を見てまた顔を顰めた。 誕生日当日のスケジュールがぎっしり詰まっている。国民に向けた挨拶はまぁ良い。その後の諸外国からの使者との面談の多さときたら、頭が痛くなる。しかもその後は城の広間で立食形式の食事になるらしい。 きっとここでも挨拶だのなんだので、ライオスはまともに食事を取ることができないだろう。 せっかくの誕生日だと言うのに、ライオスにとって楽しい一日にはならなそうだ。 がっくりと項垂れるライオスとは対照的にカブルーはどこか楽しそうだ。それもそうだろう、彼は人と関わるのが大好きなのだから。 自分もカブルーのような能力が欲しかったと以前二人で飲んでいた際に愚痴をこぼしたことがあるが、カブルーはそれを「あんたにはそんな能力必要ないですよ」と笑い飛ばした。 普段あれだけ人の顔を覚えろと言うのに。矛盾していないかと問えば、「ライオスが出来るようになったら、俺はいらなくなっちゃうでしょ?」なんて返された気がする。 そんなことはないのに。ライオスがカブルーのようにすぐに他人の顔や特徴が覚えられるようになっても、カブルーのようにうまく立ち回れる気がしない。 だからカブルーはライオスにとって必要だ。そう述べた時のカブルーの顔は、どんな顔をしていたっけ?「現実逃避しないで、誕生祭での立ち回りについて考えてください」「うぅ……わかったよ」 衣装係の者たちにこのトルソーの中から衣装を選んでくれと頼むと、ライオスは衣装部屋からカブルーと共に出た。 ずらりと並ぶ外国の名前と、聞いたことがあるようなないような分からない人名が連なっている紙をペラペラと捲る。「王様の誕生日って大変なんだな」「何を他人事に言ってるんですか。あなたの誕生日ですよ」 おかしそうに笑うカブルーにムッとする。ライオスは本当に困っていると言うのに、カブルーは相変わらず楽しげだ。「ところで、ライオス」 人気がない場所だからか、カブルーが畏まったように陛下と呼ぶことなくライオスの名を呼ぶ。ライオスはカブルーに名を呼ばれるのが好きだった。 なぜかカブルーはライオスの名前を大切なものを扱うように呼ぶのだ。その響きが気持ち良い。「そのスケジュールは一応夕方までのスケジュールなんですよ」「それはつまり……夜は空いているってこと?」 期待しながらカブルーに問うと、カブルーはこっくりと深く頷いた。そして悪戯な笑みを浮かべる。 もし近くに侍女などがいたらその魅力的な笑みに腰を抜かしてしまう者もいただろう。カブルーは城内の侍女たちに人気があった。「そして俺は王のための特別なチーズケーキと、チーズケーキにぴったり合うワインを用意してます」 まるで内緒話でもするように語るカブルーに、ライオスの瞳に光が戻る。「誕生日の夜は俺と二人でケーキを食べながら飲みましょう。プレゼントも用意してるんで期待しててください」 だから頑張って覚えましょうね、と紙を指さされる。 目の前に餌を釣り下げられたなら仕方がない。ライオスは紙に載っている貴族や氏族の名前を頭に叩き込むことにしたのだった。畳む
2024/11/24 DiD,理想郷諧謔曲 カブライ / シャンフロパロ / 東奔西走第二話続きを読む「最近のブラウずっとログインしてんな」「めちゃくちゃレベルアップしてんじゃん、廃ゲーマーになっちゃった?」「確か学生だろ? あんま無理すんなよー」 などなど。ブラウこと、カブルーを心配してくれるフレンドの言葉にカブルーはにこりと笑ってウィンクを一つ、「無理のない範囲でやってるなら大丈夫だよ」とだけ答える。 嘘だ。だいぶ無理をしている。しかしカブルーは少しの暇でもあろうものならシャングリラ・フロンティアにログインするようになっていた。 ライオスの噂があればその場に駆け参じ、未到達の街でライオスの情報を聞けば野良パーティを組んでエリアボスを無理に倒して到達し、気がつけばレベルがかなり上がってレベル八〇もすぐそこ、と言うところまで来た。 装備の強化もライオスに追いつくためにやってきた。自分は軽戦士だからそれに見合うようビルドをしつつ、武器を作ってもらうためにフレンドの鍛治師のレベルを上げる手伝いまでした。どれもこれも、ライオスに再び出会うためだ。 彼に再会し、彼に見合うアタッカーでいられるように反射神経を上げるアプリをスマートフォンに入れて移動時間はプレイヤースキル向上のために当てている。 ライオスの情報を探しつつも時間がある時は苦手意識を持っているモンスターを相手にいかに効率よくキルできるかを考察する日々。 この執着心はなんだ、ライオスの何がこんなにも自分を執着させるんだ。そんな自問自答をしてもカブルーはシャングリラ・フロンティアにログインし続けた。誠に不健康である。 そしてその不健康が祟って、風邪を引いてしまった。風邪を引いたという知らせを聞いた幼馴染はすぐに駆けつけて、文句を言いながらお粥を作ってくれたことは覚えている。そのお粥を食べて薬を飲んで――カブルーはシャングリラ・フロンティアにログインしていた。 いつもの日課を行わなければ。技術というのは日々の鍛錬によって研鑽されていく。一日でも休めばその分、技術に曇りが出る。カブルーの心持ちはもはや匠の域まで達していた。 千紫万紅の樹海窟でカブルーはエンパイアビーに囲まれて戦っていた。相手はエンパイアビー・ハンターとは言え多対一。気を抜けばやられてしまう。カブルーはこういった集団モンスターを相手にするのが苦手だった。 もっと視界を広く持ち、情報を得て、的確に倒していかねば……。そう思うものの、熱に茹った頭ではうまくいかず。 いつもよりキレの悪い動き、避けられるはずの攻撃に当たってしまう苛立ち、増えていく敵の数に対する焦り。 ああ、今日はもう駄目かもしれない。インベントリに大切なアイテムが入っていなかったかをカブルーは頭の中で考えながら、だらりと腕を下ろした。 狙ったように頭に攻撃を仕掛けてこようとするエンパイアビーの針が頭を貫くかと思った時。 パキン、と何かが折れる音がした。同時に周囲に爆裂系の魔法が発動したのか、エンパイアビーが数匹まとまって爆発する。 何が起こっているのか分からずにいると、どこかライオスに似た女性プレイヤーが近づいてくる。「大丈夫? 今回復するから」 そう言うと、彼女はカブルーに回復魔法を掛けてくれる。名前を見ればレベルはカブルーよりも上で九十二。遠くから魔法を打っている女性プレイヤーも同じくらい。そして何より――「ライオス……!」 先ほどのエンパイアビーの攻撃からカブルーを守ってくれたのはライオスだったらしい。 数々の攻撃を受け流しては器用に爆発に巻き込まれるように弾き飛ばしている。その姿を呆然と見つめていた。 相変わらず無駄のない動きでエンパイアビーを弾いていくライオスに、まだまだ実力が追いついてないと実感してしまう。「だ、大丈夫?」 心配そうにライオスに回復魔法を掛けてくれたヒーラーらしき女性プレイヤーがカブルーに問う。何の事かと思っていたら、どうやらカブルーは泣いていたらしい。 涙がぽたりぽたりと伝う。こんなところまでゲームで再現してくれなくても良いのに、と考えつつ、何とか涙を止めようと目元を拭い続けるが、涙は止まらない。 熱で感情が上手く抑えられないのだろう。カブルーの脳波を正確に拾い上げるシステムは、アバターのカブルーに涙を流させ続ける。これは現実でも泣いているだろうなとカブルーはどこか冷静に思考した。 やがてエンパイアビーが全部片付くと、こちらに気がついたライオスともう一人の遠距離アタッカーの女性プレイヤーがぎょっとした顔で固まっている。 泣いているカブルーに驚いているのがよく分かる。それはそうだろう、助けに入ったら泣かれるなんて想定もしていなかったはずだ。ライオスはあからさまにきょどきょどし始めた。「だ、大丈夫かい?」 先ほどのヒーラーとまるで同じ質問をしてくるのに、思わず笑いそうになったがそれ以上に悔しさが勝って涙が更にぼろりと落ちた。 ライオスはそれはもう慌ててここを離れたそうにしていて、それをアタッカーが止めている。面倒臭いと思われているのだろうと考えると呼吸まで引き攣り始めた。 本格的に声を上げて泣くまであと……と言ったところで、カブルーはなんとか声を張り上げた。「パーティに入れてくだざいッ!」「えっ?」「あと九回パーティに入らないとフレンドになってくれないって……っ!」 ライオスを見つめながら言うと、アタッカーが仕方なさそうにライオスを睨みつける。「ライオス……あんたこの子のこと覚えてる?」「え? えーと……?」 まるで覚えていないという反応に、分かっていてもカブルーはショックを受けた。これも熱のせいだろうか。 するとヒーラーが即座に「ごめんなさい」とカブルーに謝る。「兄さんはちょっと人の顔を覚えるのが苦手なの。きっと前に兄さんのクエストを手伝ってくれた人なんだよね?」 兄さん。その単語に、ヒーラーがライオスに似ている理由がわかった。きっとリアルでも本当の兄妹なのだろうとカブルーは察する。ライオスがNPC以外にロールプレイをするわけがないし、する理由もないだろう。 彼女たちが、ライオスの言った一緒にプレイしてくれる人たちなのか。羨ましくて吐き気までした。 こんなに頑張っているのに、ライオスは自分をパーティに入れてくれない。それどころかフレンドにもなってくれない。 もうどうしたら良いのか分からなくて、混乱して、今にも暴れ出したい気持ちになった。 そんな時だ。ぽこんと音を立ててポップアップが目の前に表示される。 見慣れたフレンド申請のポップアップ。だがそれは、ライオスからのフレンド申請だった。 思わずライオスとポップアップを見比べると、ライオスは頬を掻きながらどこか照れ臭そうにしている。「もしかして、最近聞いた俺を追っているプレイヤーって君なのかな、と思って……悪いことをした。これで償いになるか分からないけど……」 そんな噂が立っているのか、とか、償いだとか、そんなことは頭に入ってこなかった。カブルーは震える手で、ただ承認ボタンを押した。 そして自分のフレンドリストを慌てて開き、その一番上に燦然と輝くようにして載っているライオスの名前。それを確認した後、カブルーは気絶して強制ログアウトを喰らったのだった。 現実でカブルーが目覚めた時には幼馴染が憤怒の表情で立っていた。その手にはカブルーのVRヘッドギアが握られていて、無理やり取られたから目が覚めたんだと察する。 窓の外を見ると日は高く、時間を確認すれば短針が二を通り越していた。 昨日も同じくらいの時間にログインした気がするから、つまり気絶から睡眠に移行してまる一日程度経っているということだ。「あっきれた! 風邪を引いたら少しはゲームしなくなると思ったら、ヘッドギアしたまま気絶してるなんて馬鹿じゃないの?!」「ごめ、ゲホッ、ゴホッ、ごめん、リンシャ……」 咳を交えつつ幼馴染のリンシャに謝る。しかし彼女は怒り心頭らしくカブルーの謝罪をさらりと受け流してしまった。「駄目、絶対許さない。何のために薬持ってお粥作りに来たと思ってるのよ……これはカブルーが風邪を治すまで私が預かっておくから」「リンシャ!? それはちょっと……!」「そうでもしなければまたゲームする気でしょ。最近カブルーはずっとゲームしっぱなしだったんだから、ちょうどいいわ」 嘘だろ!? せっかくライオスとフレンドになれたのに……?! と衝撃を受ける。 そして、あれは本当に現実だったのか? という疑問が生じる。ライオスからフレンド申請してくるなんて、熱が見せた都合のいい夢だったんじゃないか、と。 そうなると俄然不安になってきて、フレンドリストを確認しないと気が済まなくなってくる。「リン! お願いだ、少しだけログインさせて欲しいんだ! 確認したいことがあって……」「さっき言ったこと、もう覚えてないの? 駄目に決まってるでしょ」「頼むよリン、一生のお願い……!」「こんなことに一生のお願い使わないでよ……」 呆れながらも、それでもリンシャはカブルーにヘッドギアを返してくれることはなく。リンシャはまたお粥を作ると颯爽と帰っていってしまった。カブルーのヘッドギアを持ったまま。 絶望の淵を漂うカブルーは空な目でベッドに横たわる。こうなったら全力で風邪を治すしかない。 あまり食欲がなかったがお粥を飲むように食べ、薬を飲み込んで布団に潜り込んだ。 熱のせいか薬のせいか、眠気はすぐにやって来た。すぐに意識を失い、夢を見ることのない深い眠りについた。 ――次に目を覚ました時は頭がすっきりとしていた。代わりに体はべとべととしていて汗をひどくかいている。服を脱ぎ、リンシャが枕元に用意しておいてくれたタオルで体を拭く。 どこにあったか分からなくなっていた体温計も出されていて、本当に彼女は面倒見が良くて頭が上がらない、姉のような存在だ。 脇に体温計を挟み、ピピっと音がしたタイミングで脇から離す。体温は三十七度。カブルーの平均体温からすると微熱だ。この状態だとまだヘッドギアを返してもらえそうにない。 せっかくライオスとフレンドになれたかもしれないのに、それからログインしていないとなるとどうなるだろう。嫌なやつだと思われてないだろうか。 そう考えただけで胃がキリキリと痛みだし、今すぐにでもリンシャの元に行ってヘッドギアを返してもらいたくなる。 返してもらえないのならば新しいヘッドギアを手に入れるか、とまで考えが飛ぶ。どうしても今すぐにライオスとフレンドになっているか確認がしたい。 だって、あのライオスが! ライオスからフレンド申請をしてくれたというのに! すぐにでもログインして先日は気絶してログアウトしてしまって申し訳なかったことや、ライオスとフレンドになれて嬉しいということを伝えたい。 ライオスに見合うようにどれだけ頑張ってきたか聞いてもらいたい。ライオスとパーティを組んだ時からどれだけライオスのプレイに魅了されてしまったかを語りたい。 おかしい、普段は自分はこんな人間ではないはずなのに、ライオスに関しては色々と話したいことがいっぱいあった。ライオスにとってはくだらないことも、きっと楽しくないであろうことも、ライオスには聞いて欲しいと思ってしまう。 ああ駄目だ。自分が抑えられない、これも熱のせいだろうか? スマートフォンで新しいVRヘッドギアを眺めながら、やはりまずは熱を下げることに専念した方がいいかもしれないと頭が冷静になってくる。 ライオスとフレンドになった時、随分と情けない姿を晒してしまった。次はそうならないように気をつけなければ――思い出しただけで顔から火が吹きそうだ。 子供のように泣いて縋って、そうしてフレンドになってもらった。まるでおもちゃ屋の前で泣き喚いて親に仕方なくおもちゃを買ってもらった子供のようだった。 次はそんな粗相をしないために、カブルーは冷蔵庫にしまってあるゼリー飲料を流し込み、残った薬を飲むとベッドに横になる。次にライオスに会った時のイメージトレーニングをしていると、すこんと眠りに落ちてしまった。不眠症気味なのにこんなに眠るのは初めてだ。 夢の中でカブルーは、ライオスが引き付けている大型のモンスターに確実にダメージを与えていく。そうして倒れ伏したモンスターが消えてドロップアイテムだけになる。 アイテムは非常にレアなもので、カブルーはそれをライオスに渡そうすとした。けれどライオスはそれを受け取ろうとせず、むしろカブルーに譲ろうとする。 カブルーはそれに対して、あなたが敵を引き付けてくれていたから勝てたのだと力説し、ライオスこそがそれを受け取るべきだと熱弁して今度こそライオスにアイテムを渡した。 戸惑いつつ、ライオスがそれを受け取るのを確認したところでカブルーは満足し、ライオスの顔を見上げるとライオスが微笑んで……微笑んで? というところで目が覚めた。ライオスの微笑んだ顔が見れずに目を覚ましたことに悔しくなる。しかし、ライオスの微笑んだところなんて見たことがなかったから夢の中でもよく見えなかった。 早くライオスに会いたいという気持ちで体温計を脇に挟み込む。結果は三十六度前半、カブルーの平均体温だ。これならVRヘッドギアを返してもらえるとカブルーは適当に脱ぎ捨てていた服を選んで着込むと、鍵とスマートフォンだけを掴んで家から飛び出した。 リンシャの家までバスで十五分程度、待ち時間すら惜しくていっそ走っていくかと思ったが、病み上がりだからと我慢する。 やっとやって来たバスに飛び乗ってリンシャの家に向かう。ウォレットアプリの残高が片道分しかなくて、急いでチャージもしておく。 流れていく景色を眺めるが一時一時が惜しくて仕方がない。目的地について急いで降りると、リンシャの家に真っ直ぐと向かい、扉の前に立つとすぐにインターホンを鳴らす。 本当は何度も鳴らしたくなったけれど、彼女とそのご近所さんに迷惑をかけるわけにはいかない。 しばらく待つと、「カブルー!?」と中から声が聞こえて扉が開かれた。 ちゃんとドアスコープで確認してから出てることに感心しながら、それよりも、とカブルーはリンシャに近づく。「リンシャ! ちゃんと風邪を治したからVRヘッドギアを返してくれないか?!」「……来て早々にそれ? 本当に治したんでしょうね……」 呆れたように呟くリンシャに、ちゃんと治したから! とアピールした。 ほら、とリンシャの手を掴んでカブルーは自身のおでこに当てさせる。少し冷たいリンシャの手に、急いできたから熱が上がってしまっただろうかと焦るが、それよりも先にリンシャの手が引いた。「わ、分かったから! 返すわよ、ヘッドギア!」「ありがとうリンシャ!」 部屋の中に戻っていくリンシャに部屋に上がっていなさいと言われるが、カブルーは玄関先で大丈夫だと言ってただただ待つ。「ほら、これでしょ? ゲームするのもほどほどにしなさいよ」 持って来られたのは袋に大事に仕舞われているヘッドギア。受け取って中身を取り出し、特に問題がないことを確認し再度リンシャに感謝を述べるとさっさと帰ろうとした。「ちょっと! 待ちなさいよ、いきなりうちに来てそれだけ!?」「あ。ごめん、リン。看病してくれたお礼は今度するよ。今スマホと鍵しか持ってなくて……」 そういえば彼女には世話になったのだから、ちゃんとお礼の品を持って来なければいけなかった。 失態を詫びると、リンシャは片手で目元を覆ってしまい、長いため息を吐くと「もういい」と言ってまるでどこかへ行けとばかりにしっしっと手を振った。 それに甘えてカブルーはリンシャに背を向ける。ただし、扉から出る直前に振り返って一言だけ、「今度、リンシャが行きたがってたカフェで奢るから」 パチンとウィンクして言うと、リンシャは顔を赤くして「早く行け!」と大声で追い出される。カブルーは袋を大事に抱え、帰路へと着いた。 歩みは早足に、早足は駆け足に変わり、バス停を目指す。走っていけば次の便に間に合うだろう。早く帰ってシャングリラ・フロンティアにログインしたい。その思いがカブルーの足を急がせた。 帰って早々、カブルーはヘッドギアを装着し、ベッドに横になった。ライオスがログインしていたら彼に会いに行くだけ……それからちょっとパーティを組んでみたいと思いながら。リンシャに言われた事はとうに頭から抜けている。 久しぶりの幻想的な世界に、たった二日ほどのことだったのに懐かしさを感じた。フレンドリストを確認すると、確かにライオスの名があった。 そのことに感激しながら、とりあえずメールバードを先日のことについて謝る。無理やりフレンドにさせてもらったようなものだ。しかもその後、約二日も音沙汰がないなんて失礼すぎる真似をしてしまった。 一番早いがその分、金がかかる鳥にメッセージを託して飛ばすと、思いの外早くライオスから返事があった。一行目から誰何されるかと思ったが、どうやらカブルーのことを覚えてくれたらしい。 エンパイアビーに囲まれて死にそうになり、助けたら泣きながらフレンドになりたいと言って、フレンドになった途端に気絶した奴のことは流石にライオスも忘れたりはしなかったようだ。嬉しいよりも恥ずかしさが勝った。 ライオスのメッセージにはこの間のことは気にしていないと言うことと、むしろカブルーの心配をしてくれていて、しかも最後にはこれから会えないかと言う内容で締められていた。会えないか、のところでカブルーの心臓は跳ね上がった。 会いたい? ライオスからの誘いだと!? と混乱する一方で、震える手は「会いたいです」と打ち込んでいた。 カブルーが最後にセーブしていた宿屋のある街を書いてメールバードを送ると、またすぐにメールバードが返ってくる。そこには一言、「今すぐ向かう」とだけ。 確かにライオスに会いたいとは思っていたがいざ会うとなると緊張する。嬉しさで顔が緩みそうになるのを堪えて、自分の装備を見直した。 気絶によるリスポーンにはデスペナルティは特にないらしくステータスの下降は見られない。インベントリの中身も変わりはない。 装備を見直して特におかしいところがないことを確認した後、カブルーは街の入り口の方へ向かいライオスを待つことにした。 入り口付近でうろうろして、怪しいプレイヤーに思われただろう。ライオスを待ってると思っていると落ち着かなくて仕方がない。 時間にして五分くらいだろうか、街の外を眺めているとゆったりと歩いてくるライオスの姿を見つけた。見つけた瞬間、駆け寄りたくなる衝動を抑えてぎゅっと手を握りしめる。 しばらく待ってみるとライオスはきょろきょろと誰かを探す仕草をして、カブルーを見つけるとパッと表情が変わった。 カブルーに近づいて来て、口を開く。「えーと、……この間は大丈夫だった?」 ちらちらとカブルーの頭上を確認しているところから、名前はやはり覚えられていないのだろうと思いつつ、それでも顔は覚えられていたらしいことに感動する。「はい。この間はどうも、醜態を晒してしまってすみません」 メールバードでも伝えていたことをもう一度口頭でも伝える。するとライオスは驚いたような表情をして首を振る。「とんでもない、というか本当に大丈夫だった? しばらく様子を見てたが、あの時の君の動きはあまり良くなかったし、反応も悪そうだった」「あの時は……ちょっと熱を出していたので調子が悪くって……」 そう言うとライオスはもっと目を瞠って「熱が出てたのにゲームしてたのか!?」と声を挙げた。その声に驚いて思わず「はい!」と答えた。「駄目じゃないか! ゲームは健康だからこそできるものであって、無理をしてするものじゃない……って、すまない。君の場合は俺のせいだったな……」 しょんぼりと肩を落とすライオスに、逆に申し訳ない気持ちになる。カブルーが勝手にライオスを追いかけて、無理をして気絶したのだから。 あの時は焦りすぎていた。どうしてもライオスのフレンドになりたくて、寝る間も惜しんでゲームにログインして。 しかし怪我の功名というべきか、おかげで念願のライオスのフレンドになれたのだから無理をしても良かったかもしれないと思ってしまう。口には決して出さないが。「ライオスさんの言うとおり、あの時は僕が悪かったんです。今後は無理をしませんからたまにパーティを組んでくれますか?」 ライオスに見合うアタッカーになれたかはわからないが、これから一緒にパーティを組んだりして行動を共にしたい。期待しながら見上げると、まだカブルーに慣れていないらしいライオスはぎこちなく微笑む。「ああ、是非頼む。最近ファリンにもマル……アンブロシアからもフレンドと組めって言われているから」 やはり注意を受けていたのか、とカブルーは考える。それはそうだろう。ライオスにくっついて美味しい思いをしようとする奴なんて探せばいくらでもいそうだ。 それにしても是非と言われて、カブルーの気分は一気に浮上する。と、同時にはっとしてカブルーはライオスに詰め寄る。「も、もしかして俺のこともライオスさんをカモにしようとしているような奴だと思っていますか?!」 もしそう思われているなら由々しき事態だとカブルーは慌てる。そんな奴らをライオスに近づけないようにするためにここまで努力してきたのを、否定されてしまったら怖い。 きょとんとするライオスは、今度は自然な笑みで「そうは思ってないよ」とカブルーの不安を払拭してくれた。「君は……ブラウはそんな人には見えない。それに、噂では俺に会うために色々と頑張っていると聞いていたから、そんな人が俺をカモにしようなんて思わないよ」 本当にどんな噂が流れているのか……と聞きたくなったが、やめておくことにした。万が一ライオスのストーカーなんて呼ばれてたら凹む自信がある。いや、ある意味違くはないかもしれないが。「ああ、そうだ。ライオスさんなんて敬称はいらないから。普通にライオスで構わない。俺もブラウと呼ばせてもらうし」「えっ、あ、はい。よろしくお願いします、……ライオス」「うん、よろしく。ブラウ」 そう言って差し出された手に、一瞬だけ躊躇しながらもカブルーは手を差し出した。 ぎゅっと握られる手の感触に、やっとこの人の内側に入れたのだと思うと感動も一入で涙が浮かびそうになるのをぐっと堪える。 でもまだスタート地点に立っただけだ。これからどんどんこの人のことを知って、学んで、彼の隣に相応しいプレイヤーになろう。「じゃあこれからクエストを受けに行こうと思うんだけど、体調は大丈夫?」「大丈夫です! しっかり治してきました!」 じゃあ行こうか、とライオスに促されてカブルーはライオスの後をついていくのだった。畳む
2024/11/24 DiD,リィンカーネーションの輪 カブライ / 転生・聖剣LOMパロ / 第二話記憶なしカブルー×記憶ありライオスの続きです。続きを読む やってきた酒場には、ライオスにとって見慣れた人物がいた。 かつてカブルーの仲間達だった者が全員揃っている。それぞれ記憶はなさそうなのに、みんな集まっているところを見るに、それだけ縁が濃かったのだろうと思うと、それならライオスはなぜ一人なのだろうと考えてしまう。 これも悪魔の呪いなのだろうかと落ち込みかけるが、突然大の男が落ち込み出したらきっとみんな驚くだろうと我慢した。 カブルーに案内され、椅子に座る。じろじろと向けられる視線が痛い。「みんな、この人はセンシだ。どうやら街道で盗賊に遭ったらしい」「……え? あ、あー……センシだ。よろしく」 一気にライオスを見るみんなの視線が冷たくなった。カブルーに紹介されたものの、一瞬誰のことを言われたのか分からなくて間が空いてしまったのが原因だろう。 偽名を名乗るにしてももっと近い名前にすべきだったなと今更ながら後悔する。怪しまれているのを実感し、視線をうろうろと彷徨わせる。 カブルーはそんなライオスや仲間達の様子を気にした風でもなく、給仕に飲み物を頼んでいた。ややあってライオスの前にも果実水が置かれた時、一緒に頼んでくれたのかと感動する。さすがカブルーである。「――で? そいつ、センシ? が街道で盗賊に遭ったからってどうするつもりなのさ」 ハーフフットのミックベルが胡散臭そうにライオスを指差す。その問いに、カブルーは当たり前のように「盗賊の討伐に行こうかと思って」と答えた。 そんなカブルーの返事に、ミックベルはというと「はぁっ!?」と大声をあげて立ち上がった。「何、そんな怪しい奴のために盗賊倒して荷物でも返してもらおうっての? うげー、僕そんな慈善事業嫌だからね!」 そう言うとミックベルはライオスをジロリと見遣り、「だいたい金も持ってなさそーだし」と付け足した。事実である。「金を持っているかどうかは関係ないだろ? それに、僕たちは金儲けのために冒険者をしているわけじゃない」「そうだけどさ……」 拗ねたように言うミックベルをカブルーは嗜めると、ミックベルは首を竦めた。 彼らが冒険者をしている理由はなんだろう? そんなライオスの疑問が顔に出ていたのか、カブルーがにこりと笑う。「僕たちはある人達を探しているんです」「探している?」「ええ。七賢人を」「七賢人……?」 聞いたことのない単語だ。七賢人というのだからとりあえず七人いるのだろう。悩み始めてしまったライオスに、カブルー達は驚く。まるで信じられないものを見るように。「え、七賢人を知らないんですか?」「う、うん……知らない」 知らないことがそんなにおかしいことなのだろうか。焦っていると、カブルーがこほんと咳払いをする。「七賢人は二百年前に五期続いた戦争を終結させた英雄たちのことですよ」「学校の教科書にも載ってるぜ〜」「ミックベルは学校に行ってないでしょ」 学校の教科書に載っているような人物たちなのか、それなら知恵のドラゴンたるライオスに挨拶に来てくれても良いのに。二百年前だったらだいぶ暇をしていたと思い出しながら頷く。「その中でもガイアは街道にいるらしく、僕達はまずガイアに会おうと思っています」「ガイア……」 名前を聞いて、少し考え込むと不意に大きな岩に顔が浮かび上がった映像が頭の中を過ぎる。それがなんだったのか分からず、驚いているとカブルーたちの視線が再びライオスに集まっていることに気づく。 慌てたライオスは両手をあげて「なんでもない!」と言うが、誰も信じていないようだ。当然だろう。偽名を使っている一文無しの冒険者だ。 ライオスは頬を掻きながら「えーっと……」と言葉に詰まる。「ガイアって、岩に顔があったりするのかな」「ガイアのことご存知なのですか?!」 カブルーが前のめりになってライオスに問う。ライオスはその勢いに驚きつつも「うぅん」と唸った。「知っているというか……頭に浮かんできたというか……」「頭に浮かんできた?」「うん……信じてもらえないかもしれないけど」 これは知恵のドラゴンの特性なのだろうか。世界の番人として知るべき知識を携えているのかもしれない。だとしたら他の七賢人とやらも分かるのかも?「他の七賢人の名前も教えてくれないか?」 机の上に乗り出して聞いてみると、カブルー以外のパーティは身を引いたが、カブルーだけはライオスの疑問に答える。「詩人のポキール」「……鳥みたいな人?」「奈落の主オールボン」「球根みたいな頭をしている? 背景は……真っ暗だ」「海を渡る亀トート」「歳を取った海亀……湖みたいなところにいる気がする」「獣王ロシオッティ」「格好いい獣が眠ってる姿……場所は森の中かな」「ちょっと! 待ちなさいよ!」 ぽんぽんとやり取りするカブルーとライオスの間にリンシャが割り込んだ。 そして先刻よりも疑いを深めた眼差しでリンシャはライオスを見る。その眼差しには怯えも含まれている。「七賢人のことを知らないのになんで名前が分かったら姿が思い浮かぶのよ!」 しかもだんだん場所が具体的になってきてる! リンシャ以外のパーティメンバーも気味悪そうにライオスを見ていた。ライオスは調子に乗ってしまったことに、失態を犯したと気づく。 もしこれで己が知恵のドラゴンであることがバレでもすれば、元の森へと戻されてしまうかもしれない。それはいやだ。あの洞窟の前でただ一人、いつ終わるかも分からない役目のためにいるだけなんて。 せめてドラグーンを見つけてから、と考えていると、いよいよカブルーのパーティの中から不満が噴出し始める。「やっぱり怪しいやつのために盗賊狩りなんてごめんだね」「ミックが言うなら、クロも」「私もちょっと……」「僕も少し気が引くかなぁ」 どんどんライオスに対しての信頼が失われていく。それはそうだ、気味が悪くて当然だろう。本名を名乗らず、金も持っていない、七賢人を知らないと言うのに名前を上げられればどんな人物か分かるなんて訳の分からない人間を助けようだなんて誰も思わないはずだ。「何を言ってるんだ、みんな! これだけ七賢人に詳しい人なんてそういない!」 しかし、カブルーは違ったようだ。嬉しそうにライオスの手を握る。「それにセンシが悪人ではないことぐらい分かるだろう?」 何を以てして悪人ではないと言い切れるのかとライオスは思ったが、どうやら他のメンバーもライオスのことを怪しいとは思いつつも悪人とは思っていないらしい。何故だろうか。 疑問符を浮かべているライオスにお構いなしでカブルーはずいずいとくる。「他には? 傀儡師アニュエラなどは?」「アニュエラ……うーん、彼女の姿は見えないかな……」 アニュエラと聞いてもぼんやりとしか面影しか浮かばない。なんとなく、もう彼女はこの世にはいないのだろうという確信があった。 そう答えると、ライオスの手はさらに強く握られた。少し痛みを覚えるくらいだ。カブルーを見ると彼は瞳孔を開いてライオスのことを見ていた。なんとなく懐かしい気持ちになる。他国との会食の時などで様々な貴族などが来るときに、ライオスに重要人物を教えるときのカブルーによく似ていた。「アニュエラはすでに亡くなっているという話です。あなたが本当に七賢人について詳しいことがよく分かりました。それなのに、七賢人が分からなかったふりをしていたわけでもないことも」 何か特別な力を持っているのかも、とどきりとするようなことを言い当てるカブルーに、ライオスは視線を逸らすことしかできない。 万が一でも自分が人間とは異なる存在であると知られてはまずいが、今でも嘘をつくのが苦手だ。 ライオスが視線を泳がせながら「どうかな……」と誤魔化してつつ、カブルーに手を離してもらえないかと少し手を引いてみるが、カブルーの力は強く抜け出せない。 他人の機微に聡い彼が、あからさまに手を離して欲しそうにしているのに手を離さないということは、何か理由がある時だ。「センシ、あなたが良ければ僕たちのパーティに入りませんか?」「え……?」「何を言ってるのよ、カブルー!」 カブルーからのパーティの誘いに、リンシャから反対の声が上がる。他のパーティメンバーも困惑しているようだ。ライオスにとって、一時でもカブルーの傍にいられることは嬉しいが、だからと言って他のメンバーに迷惑をかけたり不快にしたいわけではない。「申し出は嬉しいが、それで君が仲間からの信頼を失うことは望んでいない」「その程度で失う信頼を築いてきたつもりはありません」「いや、でも、話し合いはした方がいいんじゃないか?」 ちらちらと威嚇してくるミックベルなどを見ながらライオスが言うと、カブルーは「それもそうですね」とようやくライオスから手を離してくれた。「みんなはどう思う?」「だからさっき言ったじゃん! そんな怪しいやつと一緒なんてお断りだね!」 ミックベルが勢いよく立ち上がって言う。机の上に乗っていた食べ物などが揺れ動くが誰もそれに意義がないようで黙っている。 やっぱりそうなるよなぁとライオスが思っていると、カブルーが薄らと笑う。とても軽薄な笑みだった。「センシには申し訳ないのですけど、俺はセンシが利用できると思っている」 ライオスの前で堂々と利用できると宣言するカブルーに、ライオス含めみんながギョッとした。それを本人の前で言ってしまうのかと驚いてしまう。「七賢人がどこにいるか、俺たちは知らない。だけどセンシが入ってくれればそのヒントを手に入れることができる。なんでか分からないけど彼はどこに七賢人がいるか分かるらしいし、今までのように闇雲に探すよりも効率がいい」「ちょっ、カブルー! いくらなんでもその言い方は――!」 流石にリンシャが止めるが、ライオスとしてはなるほどと頷いていた。打算目的で一緒にいようと言われる方が、今のライオスにとっては逆に安心材料にもなる。 知恵のドラゴンだとバレてマナストーンを奪われると言うのが一番あってはならないことだ。だから探知機だか道具扱いだかの方が安心できるというものだった。 カブルーの口からそう言われると少し悲しいけれど、今の関係性では仕方ない。前世の仲を覚えているから寂しくなってしまうが、前世のほぼ全てをライオスに捧げてくれたカブルーを、ドラゴンとして生まれたライオスの生に縛りつけようとは思わない。 ライオスはカブルーの提案に笑顔で頷いた。「それなら俺は別に構わないよ。世界を見て回りたいと思っていたから、ちょうどいいし」 そう、ライオスはこの世界に生まれてからマナストーンのある洞窟と森しか知らない。だから外の世界を旅したかった。それが叶うなら、道具扱いだって構わない。何より、道具と言ってもカブルーたちなライオスに対して酷い扱いをしようなどとは微塵も思っていない。 軽く承諾したライオスに、今度はリンシャたちたから心配そうな視線が寄せられた。 そんな心配されるようなことなのかな、とライオスが頬を掻いていると、実際にライオスを道具扱いしようとしたカブルーにさえ本当にいいのかと言う目で見られてしまい、君が言い出したことだろうと思わず言いたくなった。「さっきも言った通り、俺は世界を見て回りたいんだ。俺は、その――冒険者と言っても田舎から出てきたばかりで、世界のことには詳しくない。だから君たちが案内人になってくれると嬉しい」 どうかな。そうぎこちなく笑うと、カブルーもどこか安心した様子で、それならばと再度手を差し出してきた。「パーティ結成ですね。センシ、よろしくお願いします」「ああ、こちらこそよろしく頼む」 結局、他のパーティの意見を聞かなかったけれど、道具扱いを受け入れたライオスに同情的になったのか反対の声は上がらなかった。 そのまま、その日のうちに街道に行こうと言う話になったのだった。 街道に向かう道中、ライオスはあらゆる質問をされた。どこ出身なのかとか、なんでそんなに世間知らずなのかとか。 ライオスは自分の住んでいた森の方角に小さな村があり、排他的な村の空気に耐え変えねて飛び出したのだと嘘を吐いた。嘘を吐くのが苦手だったライオスも、こうして簡単な嘘を吐けるようになったのは前世でカブルーに教わったからだ。 嘘にはほんの少しの真実を交えて嘘を吐けばいい。それだけで人は信じてくれると。 ライオスは村はないが本当に自分が過ごしていた方角を教えたし、村を飛び出した理由は前世であったことを言っている。ライオスの吐いた嘘は一つだけ。カブルーもそれを信じたらしく、ライオスは自分が成長したなぁと感慨深く思った。「それにしても、魔物が出なさすぎじゃない?」 ドワーフのダイアが不思議そうに呟いた。確かに、街道もしばらく歩いているのに一回も魔物に出くわさないのは珍しいのを超えてありえないことだとホルムが同意する。「いるにはいるっぽいんだけどさー、なんか隠れてるみたいなんだよね」 それに対してミックベルが持ち前の感覚の鋭さで魔物の気配はすると断じた。けれど、何かに怯えているのか出てこないと言うことも。 ライオスは思わず体が跳ねるのを堪えた。やはり人間の姿になってもライオスが恐ろしいのか、それとも前世からの呪いか。魔物との縁がさっぱり切れてしまったライオスは、迂闊に「そうなのか?」と言い出しそうになるのを、必死に堪えた。 そんなことを言えば、自分が原因であることがバレてしまう。挙動不審にならないように気をつけ足を進める。こう言う時、前世の記憶があって良かったと思う。伊達に数十年の間、一国の王をしていたわけではない。少しくらい腹芸はできるようになっていた。「いいじゃないか、魔物が出ない方が安全で。センシ、どの辺りで盗賊に襲われたか覚えてます?」「えぇと……俺は反対側から来たから、もう少し先かな……」 冷や汗が出そうになるのを必死で堪えていると、分かれ道に出た。カブルーたちは当然ライオスが来たであろう道を行こうとしたが、それをライオスが止める。 反対の道の向こう側に、何か大きな気配を感じたからだ。「待ってくれ。あっちに行こう」「え……でもセンシが襲われたのはこっちの道、ですよね?」「この向こうに何か……多分、君たちが求めているものがある……いや、いる気がする」「それって……!」 カブルーの顔が輝く。だがすぐにそれを引き締め、首を振る。「いや、今はセンシの荷物を取り戻すのが先だ。そっちの道は後にしよう」 正義感の強いカブルーらしい言葉だ。けれど、ライオスには困る言葉でもあった。 なんと言ってもライオスは盗賊に襲われていないのだから。盗賊とはいえ、無関係な人たちを巻き込むのは申し訳ない。 慌ててライオスはカブルーたちを止めに入る。「俺の荷物は剣と少しの食料くらいだ。それよりも、この道は来た時にはなかった気がする。今だけしか現れていないのかもしれないし、後回しにしたら後悔してしまうかもしれない」 荷物の件も道のことも、今度は大嘘だらけだ。もしかしたら視線が泳いでいるかもしれないし挙動不審になっているかもしれない。実際に怪しいものを見るような視線でダイアやリンシャには見られている。反対にカブルーは真剣な表情で、何か考えているようだった。 そうして決断の時。「分かった、センシの言った道の方に行ってみよう」 カブルーがそう言い、ライオスが促した方の道へと進むことになった。 他のメンバーはやれやれと肩をすくめてカブルーの後について行く。ライオスはと言うと、最後尾でホッとしていた。これで盗賊たちには迷惑はかからないだろう。 しばらく歩き続けていると――相変わらず魔物は現れなかった――、大きな岩山が道を塞いでいた。そこから先へは行けそうにない。「ほら見ろ、何もないじゃないか! それにさっきの分かれ道だって昔からあったし、やっぱりそいつ怪しいやつだ! そんなやつパーティから追い出せよ!」 ミックベルが癇癪を起こしたように叫んだ。その通りすぎてライオスは耳が痛くなったが、それ以上に岩山が気になった。 なんの変哲もない岩山だけど、確かにそこに“いる”。「あなたがガイアなのか……?」 ライオスは岩山に近づいていき、そっと声をかける。そんな姿を、不気味そうに見られていたことは分かっていたが、それでも言わずにはいられなかった。 するとどうだろうか、岩の凹凸が開き、目が現れた。横に入った裂け目が動き出し口になる。「おや、珍しいお客様だ。どうしたんだい、子供達よ」 大きく、低く、よく響く声だった。ライオスはやっぱり、と納得していたが、他の面々はそれはそれは驚いたようで。 特にカブルーは目を見開いて口をあんぐりと開けていた。「さぁ、子供達。もっと近くにおいで」 ライオスが地面が土から岩になっているところに立つと、カブルーや他のみんなも同じように岩の上に乗った。直後にごごご、と地響きが鳴って岩がせり上がり、ガイアの顔に近づく。 ライオスは呆然としているカブルーに視線をやり、「会いたかったんだろう?」と促した。 ハッとしたカブルーが、ようやく呆然とした顔から少し慌てたような顔になり、ガイアへと話しかける。「あ、あの……俺……僕はどうしても昔から会いたい人がいて、でもそれが誰だかわからなくて……教えて欲しいんです。僕が誰に出会いたいのか」 会いたい人がいる。そう聞いて、ライオスの胸が苦しくなる。そうか、カブルーにはどうしても会いたい誰かがいるのか。 わからないと言うことは、きっと前世に由来する誰かなのだろう。昔のパーティメンバーにはもう出会えている。では誰に会いたいんだろう、とライオスは考えた。メリニの関係者だろうか。マルシル、ファリン、ヤアド、それとも――。 考え込んでいると、ガイアがなぜかライオスを見つめていた。「君の求めている人はすぐ近くにいる。けれど、早く気がつかなければすぐに遠くへ行ってしまうよ」「近く……?」「私から言えるのはそれだけだよ。大事なことは自分で気づかなければいけない」 それだけ言うと、足場がどんどん低くなっていき、ガイアの顔が遠のいていく。「待ってください! もっと、もっと教えてください!」 もっと教えてほしいと訴えかけるカブルー。しかし無情にもガイアはただの石山に戻ってしまった。 カブルーの両手がだらりと下ろされた。「カブルー……」 リンシャがそっとカブルーを呼ぶと、カブルーの瞳に光が戻る。「凄い、七賢人と出会えた……! 俺の会いたい相手は、近くにいるって!」「か、カブルー?」 ホルムが不安げに名前を呼ぶ。カブルーはと言うと、ライオスに近づきがしりと手を掴んだ。「センシ、あなたのおかげだ! 今まで街道を何度も来たのに、なんで気づかなかったんだろう? でもこれで光明が見えた、これからも一緒にお願いします!」 歓喜するカブルーに、ライオスは複雑な気持ちになりながら頷いた。頷くしかなかった。 カブルーが会いたい相手とは誰だろう。それだけがライオスの心に残っていた。畳む
2024/11/24 DiD,R18 カブライ / R18 / 来世も一緒性癖パネルトラップ6番「目隠し+現パロ歳の差カブライ」です。高校生×大学生のカブライです。鍵はカブルーの誕生日です。 投稿を見るには鍵を入力:
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疑問を抱いていると、風読み士が再び口を開く。「マナストーンは奈落から死者を蘇らせることもできる膨大な力を持つ特別な石。知恵のドラゴンは世界秩序の番人として、それを守らなければいけません」 確かにあの洞窟の奥からは力強い何かを感じ取っていたが、死者を蘇らせることができる代物があったなんて。 前世では迷宮内では当たり前のように蘇生ができていたが、それはシスルが迷宮に不死の呪いをかけていたからだ。悪魔がいなくなり、迷宮が崩壊後は死んだものは死んだまま。生き返らせることなんてできない。 それは生き物としての成り立ちを、世界の秩序を壊すようなことだ。なるほど、世界秩序の番人。確かにそんな大それたものを任されているのなら、そう呼ばれるのも納得である。 にしても、生まれ変わってもまた面倒な役割を担わされてしまったのかとライオスはがっかりする。 ドラゴンに生まれ変わって、自由気ままに過ごせるかと思っていたが、そうもいかないらしい。ドラゴンという存在もどうも特別なものらしく――ライオスはそう聞いた時に大変興奮したが、なんとか表に出さないように気をつけた――人里に姿を現すことはないそうだ。 もし人の世界に介入したいのであれば、自分自身のドラグーンを見つけることだとも教えられた。 ドラグーンとはドラゴンと契約を交わした人間のことをいう。ドラゴンの命が絶えない限り何度でも蘇り、また歳も取らないらしい。それはすごい、ずるいんじゃないのか? とライオスは思った。 しかし、ドラグーンか。これから長く生きていくことになるだろうライオスには、話し相手として欲しい存在だなとぼんやり思った。 何せライオスはここから離れられないらしいので。 最初の百年は自分の身体を検分して過ごした。ドラゴンという存在がどれだけ強いのか気になった。 試しに一発、空に向かってブレスを放ってみたが、黄金の一閃によって綺麗に空が割れた。風読み士たちがやってきて苦情を言ってきたから、もうしないと約束した。 次の百年はマナストーンについて研究した。眩く黄金に光るマナストーン。まさに金の名に相応しいそれは、ライオスが触れることを戸惑うほどの力を持っていた。 どんな力が満ちているのか、それが悪用されたら世界はどうなってしまうのか、様々な思考を繰り返した。これは前世でいう、悪魔の力に似ているのだろう。そう考えるとぞっとしてしまう。 これは絶対に守り切らねばならいと決意を固くすることになった。 次の百年は戦いに明け暮れることとなった。人間たちがマナストーンを求めて森に進軍してきたのだ。大抵の人間は森の魔物たちが排除してくれるが、それでも奥まで到達してしまう人間はいる。 この世界ではどんな姿をしていてもトールマンやハーフフットなど種族関係なく人間というらしい。色々な人種の人間がライオスの姿を見て怖気づき、しかし襲いかかってきた。 伊達に一度魔物の姿になったわけじゃない。ある程度自分の耐久力も知っているし、この世界での魔力の力――マナと呼ぶらしい――についても使い方を覚えた。 尻尾を振るい、前足で薙ぎ払い、呪文を詠唱してマナストーンを狙う人間たちを退けた。血に汚れる森に悲観しては、早く諦めてくれないかと祈るばかりだった。 次の百年は、なんでも他の知恵のドラゴンが反乱を起こそうとしているらしいと情報が入った。しかしライオスはそんなこと言われてもどうすればいいのか分からない。何を思って反乱を起こそうとしたのかも分からないし。とにかくマナストーンを守らねばとだけ考えていた。 だからライオスはただ静観を貫いた。そうしていたら、いつの間にか事は片付いたらしく、風読み士から噂のドラゴン――ティアマットというらしい。格好いい名前だ――は奈落に封じられたと知らされた。 奈落に封じられたということは、死んだということではないのか? と思ったがライオスは特に何も言わず、ただ「そうか」とだけ告げた。 それから――数百年と時が過ぎていった。 外界との交流はなく、あったとしてもマナストーンを狙う不届きものばかり。ライオスはいい加減、一人でいることに飽きていた。前世では人に興味を持とうとしなかったライオスが、である。最近では前世であったことばかり思い出している。 知恵のドラゴンとして生まれたからか、記憶は衰えず、今も鮮やかなまま。 特に王として過ごしてきた日々を思い出していた。あの頃は大変だったけど、楽しくもあった。 ブルネットの巻き毛の彼、ライオスの伴侶、若い身の上で宰相となったカブルーが支えてくれたおかげで、どんなに辛かった時もなんとか乗り越えることができた。彼が自分のために奔走してくれていたのをよく知っている。 彼だけじゃない。妹のファリンも、マルシルも、センシも、チルチャックも、イヅツミも、ヤアドも、それから、それから。みんなが恋しい。 ライオスが竜に転生したように、他のみんなもこの世界に転生していないのだろうか。そうだったらいいのに。 それとも、もしかしたらみんなは他の世界に転生してしまったのだろうか。だとしたら一人ぼっちになってしまったようで、とても悲しい。 けれど、それ以上にみんなには健やかに生きていてほしい。みんなには幸せにでいてほしいから。 ぽとりと涙が一粒こぼれ落ちた。 ドラゴンの存在は伝説とされ、人間が訪れることがなくなってきた。 それならもう、いいんじゃないか。役目を投げ出して外の世界に行ってみても。そう考え始めたのは、孤独に耐えきれなくなったから。 黄金に輝くマナストーンの近くにやってくる。ライオスはそっと目を閉じてマナストーンに触れた。 ドラゴンという強大な存在のマナがマナストーンに流れ込んでいく。同時に、魔法陣をいくつも展開させて特殊な結界を作っていく。 要するに、誰の手にも渡らなければいいのだ。ライオスの持ち得るマナを使って封印してしまえばいい。生半可な力では封印は解けないだろうし、そうすればライオスは自由の身だ。 この世界であまりに長い時間を一人で過ごしてきた。もしかしたらマルシルよりも長生きしているかもしれない。 詠唱を止めて魔法陣がぐるぐると回りだす。次の瞬間、眩い輝きに包まれていた。「……うぅ」 チカチカと真っ白に染まった世界がだんだんと視界が戻ってくる。洞窟内の冷たい剥き出しの岩肌。特に美味しくもなかった苔。そして一番に目に入ってくる……。 そこではっとしてライオスは身体を起こした。マナストーンがあった場所に何もなくなっている。いや、何かがあるのはわかるが何も見えない。これはライオスや他のドラゴンだったらわかるが、他の生命体では気づけないだろう。「うまくいった……!」 やった! と力強く握り拳を作り、そこで違和感を覚える。ライオスは両手を自分の目の前に持ち上げた。 そこには五本の指がそれぞれある人間の手が見えた。驚いてひっくり返ると自然と「グェッ」とカエルが潰れるような声が出て、また違和感を覚えた。 ライオスは立ち上がって自分の身体を見回した。しなやかに動く体を纏う鉄の鎧。見覚えのあるそれはライオスがかつて人間で、そして冒険者であった時に纏っていた鎧と一緒だと気づいた。 ぺたぺたと両手で顔を触ると頭部に毛髪、目と鼻と口を確認。急いでかつて水を求めて湖まで走っていった。 随分と小さく、そして二足歩行になってしまったからか足が遅い。それでもやっとの思いでついた湖で、いつかのように水面を覗き込んだ。 そこには遥か昔の、ライオスが人だった頃の姿が映っていた。年齢的には悪魔を倒した時と同じくらいだろうか。マナを流し込み過ぎたせいで、竜の姿を保てなくなったようだ。 懐かしい己の姿に、しばしこんな顔だったか? と眺めること数時間。日が傾き始めた頃になってようやく自分を見つめすぎだと気がついた。 ライオスは洞窟の方を一度だけ見遣り、顔を背けた。少しだけ、少し世界を回ってきたら戻るから。 そんな言い訳をして、ライオスは森を後にした。 ライオスは街道の遠くに町が見えてきたことに気づく。よく見ようと手をかざして遠くを眺めるようにすると、きゅるりと眼球が回ったような感覚の後に町の様子がよく見えるようになる。随分と牧歌的な町であった。村と呼んでもいいのではないかと思う規模の町。 規模はともかく、ライオスにとって久しぶりの、今世では初めての人里だと思うと緊張してきた。まともに誰かと話すのは風読み士以来だ。 自然と足が早くなっていき、気がつけば走り出していた。相変わらず森と同じで魔物は現れないためライオスの邪魔をするものはいない。 疲れも空腹も感じないらしい今のライオスの体はまっすぐ最短距離で町に向かっていき、あっという間に町に着いた。 しかしライオスは、町の入り口で立ち尽くしてしまう。喜び勇んでやってきたが、ライオスはこの世界の金を持っていなかった。風読み士曰く、金(きん)を司る知恵のドラゴンらしいのに金(かね)がないとはこれいかに。 どうしよう、と悩んでいると背後に誰かが立ったのがわかる。相手も気配を隠そうとしていないのでやましいことがあるわけではないのだろう。 ゆっくりと振り返って、ライオスは息を呑んだ。 ブルネットの巻き毛に、綺麗なアーモンドの形をしたロイヤルブルーの瞳。彼には見覚えがあった。いや、あり過ぎた。「か、」「どうかしましたか、こんな町の入り口に立って」 名前を呼びそうになった瞬間、被せるようにかつての恋人によく似た青年は笑った。ライオスもよく見たことのある愛嬌のある愛想笑いで。 その笑顔を見てライオスは悟った。彼は何も覚えていない。いや、ただよく似ているだけの他人かもしれないことを。「あ……その……」「冒険者の方ですか? 宿屋はそこの道を左に行ったところにありますよ」「え、いや、その……俺は金、を、持っていなくて」 何を言っているんだろうとライオスは思った。そんなどうでもいいことを喋って。しかも久しぶりに喋るものだから声の出し方も忘れている。 けれど青年は目を丸くすると、すぐにライオスのことを心配そうに下から覗き込む。「街道で盗賊にでも遭ったんですか? 最近噂になっていますし」「盗賊……そう! その、金を、払えば、許してくれるって……」 言葉尻にいくほど声が小さくなっていく。名も知らない盗賊には申し訳ないが、悪者になってもらおう。 それにしても盗賊なんているんだな、と呑気に考える。ライオスが街道を歩いていた時は誰とも、何とも遭遇しなかった。もはやこの世界でも魔物に嫌われているのだろうか。薄々と気づいていたが、とてもがっかりしてしまう。 そのライオスの反応をどう受け取ったのか分からないが、青年は「許せませんね」と呟いた。どうやら盗賊に遭って落ち込んでいると取られたらしい。ますます名も知らない盗賊に対して申し訳なくなる。「とりあえず酒場に行きませんか? お金のことは心配しなくて大丈夫です。俺もこう見えて冒険者をやっていて、パーティを待たせてるところで……」「ちょっと、カブルー! いつまで待たせるつもり!?」 酒場と思われる建物の入り口から濡羽色の長髪の女性が出てきた。ライオスは彼女のことも知っていた。カブルーのパーティにいた魔術師の女性だ。 名前は確か――、「リンシャ! ごめん。待たせるつもりはなかったんだけど、この人が困っているみたいだったから。なんでも街道で盗賊に遭ったみたいで」「盗賊? またなの?」 そうだ、カブルーが姉のように慕っていると言っていた女性、リンシャだ。そして先ほど、ただ容姿が似ているだけだと思った青年の名は。「ああ、申し遅れました。僕の名前はカブルー。気軽に呼びすてで呼んでください」 そう言って握手を求められる。やはり彼はカブルーだった。記憶は、ないけれど。 数百年ぶりの再会に喜べばいいのか、それともすっかり忘れられていることに悲しめばいいのか。複雑になりながらもライオスはカブルーから差し出された手を握り返す。「カブルー……よろしく」「よろしくお願いします。ところで、あなたの名前をお聞きしても?」「え、俺? ……あー、俺の名前は」 そうだ、名乗られたのだから、こちらも名乗り返さなければ失礼に当たる。「俺の名前は……センシだ。こっちも、呼び捨てでいい」 気がついたらセンシの名前を名乗っていた。自分でも驚いたが、なんとか表情には出さなかった。けれど、リンシャの視線とカブルーの何か伺うような目から、偽名であることはばれているだろう。「わかりました、センシ。では酒場に行きましょう」 離れていく手の温度に寂しく思いながら、カブルーとリンシャに連れられて酒場へと向かうのだった。畳む
2024/11/24 DiD カブライ / 群青に嫌忌カブルーくんがとても酷い男です。カブ→ライ前提のカブモブからのカブライ。(匂わせ程度)カブがモブとキス程度のことはしてますがモブが非常に可哀想なので苦手な方は本当にご注意ください続きを読む 短命種の王が統治する、多種族の国家があると聞いて私はその国へ行くことにした。 そこで私は、運命の出会いをしたのだった。 戦災孤児だった私を育ててくれたのは長命種のエルフであった。育て親には申し訳ないが、まるで愛玩動物のように扱われ、生きていくにはあまりにも窮屈だった。 どこに行くにも心配だと監視の目があり、育ての親が良かれと思って渡してくるものを好きにならなければいけない。自我がないように扱われるのは苦しくて仕方がなかった。 だから成人を機に、育ての親の元を離れる事にした。育ての親は酷く嫌がったが、最終的には私が成長したのだと納得して送り出してくれた。 いろんな場所を点々として、そうして最後に辿り着いたのが最近、噂になっていたメリニだ。 沈んでいた伝説の大陸が浮上してできた国だとか、その国を治めるのは悪魔すら喰った悪食の王だとか、噂が絶えない。 どこまでが本当なのかわからないが、ここならば私も自由に生きて行けるのではないかと思いメリニに訪れた。 賑わう城下町で様々な種族が溢れているのを見て、感動してしまった。城下街には衛兵が常に街の中にを見回っているから安心して過ごせる。 とりあえず路地に空いてある家を確保して、これから生活に胸を膨らました。まずは近場の酒場に行った。どんな人が集まっているから気になってたからだ。 カランとベルを鳴らして酒場に入ると、そこにはトールマンはもちろん、コボルトやノーム、ドワーフなどが溢れていた。(すごい……) 本当にたくさんの種族が揃っている。それでいて誰もが楽しそうで、短命種長命種関係なく親しくしているのが目新しく見えた。 私はそんな人たちを横目に、カウンターの席に座った。店主が何を頼むかと言ってきたので取とりあえず食事を頼んだ。 出されてた食事はどれも美味しそうで、私は目を輝かせた。王が食事にこだわっているだけあって、どれも美味しそうだ。 早速食事に手をつけようとした時、急に隣にどかりとトールマンが座り込んだ。「お嬢さん、一人で食事かい?」 どこか軽いノリで声をかけてきた男に、なんとなく嫌な予感がする。「一緒に飲んだりしない? あっちの席で一緒に飲もうよ」 ぐい、と強引に腕を引っ張れれて困惑する。どうしようと悩んでいる、その時だった。「すみません、遅れてしまって。仕事が立て込んでて……」 突然現れた褐色肌とブルネットの巻き毛の青年が私に声をかけてきた。申し訳なさそうに私に声をかけ後、私の腕を掴んでいた男に目を向けた。その目はゾッとするほど冷たく、気圧されてしまう。 腰に剣を携えているのもあって、男はさっさと逃げていった。 助かった、と思っていると、助けてくれた青年は私の隣に座った。「すみません。お節介でしたか?」「あっ、いいえ、助かりました……」 改めて青年を見ると、端正な顔立ちに驚いてしまった。こんな人に助けてもらえたなんて、なんてラッキーなんだろうと思う。胸がどきどきと高鳴った。「どうぞ、お食事の続きを。店主さん、僕にはいつものやつをお願いします」 どうやら常連らしく、それだけ言うと店主はすぐに青年の前に木製のカップが出された。 カップに口をつける仕草も綺麗で、私は思わずぼんやりと見惚れてしまった。私の視線に気づいたのか、彼はウィンクした。随分それが似合っていて、慣れているなと思う仕草。 思わず視線を逸らして誤魔化す。フォークを持ってぱくぱくと食事に集中し、隣の彼に気取られないように気をつける。しかし、私の努力も虚しく隣に座った彼はにこやかに話しかけてきた。「もしかして、移住してきた方ですか?」「は、はひ……んぐ、どうしてわかったんですか?」 素直すぎる私の回答に、彼はくすりと笑った。笑われて、顔が熱くなる。「僕はこれでも顔が広いんですが、あなたのことは知らなかったので。もしかしてそうなんじゃないかなと思っただけですよ」 赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、必死に食事に視線を落としていた私をフォローするように、彼は言ってくれた。 ちらりと彼を見ると、群青の瞳が弧を描いて私を見つめていた。どこか楽しげで、なんとなく嬉しそうで。ますます顔が熱くなった私は、店長に問いかけた。「この人が顔が広いって本当ですか?」「うん? ああ、ここいらじゃ一番顔が広いのは間違いなくそいつだよ。すげぇぞそいつ、一度会っただけの相手の顔も名前も一発で覚えちまう」 酒場の店主が言うのなら本当にそうなんだ……と感心して、そっと横目で彼を見る。 確かにこれだけ顔が良くて、咄嗟に人助けもしてくれる人のことを嫌いになることなんてあるのだろうか。 彼は店主の言葉に「それは言い過ぎですよ」と謙遜しつつ、またカップに口付けた。それから私の方を向いて。「そういえばお名前をお聞きしても?」「え、あ、私の名前はその、ライラです」「ライラ……良いお名前ですね」 うっそりと微笑む彼はどこか艶っぽかった。そうやって彼に見つめられると食事が進まなくて、行儀悪くフォークでトマトを転がす。 彼はことりと音を立ててカップを置くと、スマートに立ち上がった。カウンターに銀貨をいくつか置き、また私の方を見て、今度はにっこりと幼なげな笑顔を向ける。「僕の名前はブラウです。以後よろしくお願いします」 そう言うと彼……ブラウさんは酒場を後にする。私はブラウさんの後ろ姿を、ただただ見つめていた。 ――その後ろで、酒場の店主が苦い顔をしていた事に、気づくことができなかった。 それから度々ブラウさんと会うことが会った。市場で買い物をしている時、ブラウさんと初めて会った酒場で食事をしている時、評判な薬屋で会うこともあった。 そうやって何度も会っていくうちに、だんだん私がブラウさんに惹かれているのを自覚する。人当たりの良さ、気をつけてみなければ気付けないような優しさ、そしてたまに見せる、どこか愛おしいものを見るような目。そんな目で見られてしまえば、私はぐずぐずに溶けたチョコレートのようになって、立っているのもやっとだ。 その日もたまたま市場で出会った時だった。「それ、癖なんですか?」「え?」 指摘されたのは、私が肩まで伸ばしている髪の先を、指でくるくると巻いていた時のことだった。どこにでもいるようなくすんだ薄茶色の髪はちょっとしたコンプレックスで、ついつい指でいじってしまう癖がある。 育ての親はとても可愛いよと言ってくれたが、私はもっと、綺麗な色の髪が良かった。育て親が綺麗な白銀の髪で、とても羨ましかったから。 その事を素直に告げると、ブラウさんは「そんなことありませんよ」と真剣な眼差しで見つめられる。「僕はあなたのその、実った麦の穂のような色の髪が好きですよ。光に助けるとまるで輝くような美しさを持っている」 髪を絡める指に、ブラウさんの指が加わる。愛しそうに撫でられて、私の心臓はもう爆発するかと思った。顔が近い。そっと髪を一房取られて、ちゅ、と可愛い音を立ててそこに口付けられた。 私はもう限界で、一杯一杯で、ブラウさんに胸を押し返そうとした。けれど彼の力は思ったよりも強く、離れてくれなかった。「や、やめてください。こんなの、誤解しちゃう……」「誤解じゃない、と言ったら?」 え、と顔を上げると、間近に迫ったブラウさんの顔がそこにある。ひゅっと息を呑んだ。「あなたの気持ちを教えてください」「わ、私は……その……ブラウさんのことが――好きです……っ」 言ってしまった。口から出した言葉はもう戻らない。私はぎゅっと目を閉じて、ブラウさんからの返事を待つ。 すると、唇に柔らかい感触が触れたのだ。驚いて目を開くと、ブラウさんの群青の瞳と目が合った。その目は優しそうに細められていて。唇に触れているのがブラウさんの唇だと思うと、頭が真っ白になってしまいそうだった。「――ありがとうございます。大切にします」 唇から感触が離れていくと、ぎゅっと抱きしめられた。髪に顔を埋められてすぅと息を吸われる。恥ずかしくてたまらなくなったが、それ以上に嬉しさが込み上げてくる。恐る恐るブラウさんの背中に手を回し、抱きついた。 ――だからその時は気づかなかった。ブラウさんが、ただ感謝を述べて、私のことを好きだと言ったわけではなかったことに。 それからはブラウは路地にある私の家に訪ねて来るようになった。ブラウは私の髪が本当に好きなようで、よく頭を撫でられたり、髪を梳かれたり。その度に私は真っ赤になったが、ブラウはくすくすと笑うばかり。たまに口付けを交わして、ブラウは私の目尻をなぞった。「知っていますか? 俺の瞳の色とライラの瞳の色は反対色になるそうですよ」 白い肌、光がさすとまるで金色に輝く髪、そして瞳の色。まるで僕たちは対になっているるようだ。歌うように言うブラウは、よほど私の容姿を気に入っているらしく、このように何度も褒めてくれる。 それが嬉しくて、そして対になっていると言われ、それが運命のように感じて。私は嬉しくて仕方がなかった。 ブラウはなんの仕事をしているのかわからないけれど、時間を見つけては私に会いに来てくれていると言う。もっと会いたいと思うが、たまに目の下に隈を作っているところを見るときっと大変な仕事をしているのだろう。 だから、そう言うのは……結婚してから、なんて思っていた。たまにブラウと街を回っている時に指輪を見かけると、どきりとしてしまう。いつか私たちも揃いの指輪をつける時が来るのかな、なんて考えて、一人でベッドで悶えることもある。 ある日、お気に入りの薬屋に行くと、そこのあまり愛想のよくない店主が私を見つめていたことに気づいた。 なんだろうと思っていると、店主は私に近づいてきて、「あなた」と一言声をかけた。 店員と客としてしか接したことがなかったから、こうして話しかけられることに驚いたけれど、私は「なんですか?」と答える。「あいつ……カ……ブラウ? と付き合ってるの?」 訝しげに聞いてくる店主に、私はもしかして、と思った。彼女はブラウのことを好きなのかもしれない、と。「もし付き合ってるならやめておきなさい。……痛い目を見る前に」 やはりそうだ、と私は確信した。ここの店主とブラウは親しそうにしていたし、彼女はきっとブラウのことが好きなのだ。 だからそんな酷いことを言ってくるのだろう。私は毅然として、「そんなこと、あなたには関係ありません」と答えた。 店主はなんとも言いづらそうな表情になり、続ける。「本当に、辛い目に遭うのはあなたなのよ。私はただ、真実を告げているだけ」「辛い目になんて遭うわけないじゃないですか。あなたはブラウのことが好きなのかもしれないけど、彼の恋人は私です!」 言い切ると、店主は驚いた顔をして目を瞠っていた。私は手に持っていた石鹸などを棚に戻すと、急いで店から飛び出した。 心臓がドキドキと鳴っている。こんなにはっきりとブラウが私の恋人であると言ったことはなかったから、緊張してしまった。それにしても、なんて意地悪な店主なんだろう。 横恋慕してくるだけならまだしも――実際はそれも嫌だけど――、口に出してくるなんて。 何が辛い目に遭う、だ。辛い目に遭っているのは彼女の方だ。片想いしているブラウと付き合っているのは、私なんだから。私からブラウを取り上げたかったんだろう。 そうは行くもんか、と私は鼻息を荒くして家路へと急いだ。もしかしたらブラウが来ているかもしれない。 せっかく気に入ってのに、もうあの店には行けないな、と残念に思いながら、足を早める。 ――この時、彼女の忠告を真剣に聞くべきだったと知るのは、それからすぐのことだった。 土砂降りの雨が降っていた日のことだった。突然、玄関から扉を開く音が響いて、何事かと思うと濡れ鼠になったブラウがそこに立っていた。 彼はどこかぼんやりとしていて、浮ついているようだった。どうしたの? とタオルを持って近づくとブラウは目をきらきらさせて、壮絶に美しい笑みを浮かべていた。「ライラ……ああ、ライラ!」 感極まったように私の名を呼ぶブラウ。どうしたのだろうかと心配になった。こんな雨の中、私に会いにくるなんて、仕事で何かあったのか? それにしては、ブラウは歓喜に満ちているようだった。「大切なことを伝えに来ました」 大切なこと、という言葉に、私はどきりとする。大切なこと、なんだろう。もしかして、こんな雨の中なのに急いで来たのは。期待に胸が膨らむ。 そんな私を、ブラウは輝かんばかりの顔で。 絶望へと突き落とした。「お別れを言いに来ました」「……えっ?」 ブラウが何を言っているのかわからなかった。お別れ? なぜ? 私たち、あんなに上手くいっていたのに? 動揺してしまい、私はタオルを投げ出して、ブラウが濡れていることも構わずに彼の肩を掴んだ。「どうしたの? 急に……お別れなんて、冗談だよね?」 へらり、と下手くそな笑顔を作って、先ほどのブラウの言葉を否定する。けれど、それでもブラウは残酷で。「冗談ではありません。もう今後一切、あなたに会いにくることはありません」 輝かんばかりの笑顔でそう言い切った。そうしてもう用は済んだとばかりに私の手を振り払い、家から出て行こうとする。「待って! 待ってよブラウ!」 私の声は届かず、ブラウは家から出て行った。 私も土砂降りの雨の中であるのも構わず、家から飛び出てブラウの後ろ姿を探す。しかし、どこを見てもブラウの後ろ姿は見えない。「ブラウ! ブラウ!!」 必死に名前を叫んでも返事はない。私が声が枯れるまでブラウの名前を呼んだ。 それから数日、雨の中で立ち尽くしていたせいか私は高熱で倒れてしまった。ブラウが私の家に来る気配はない。もう死んでしまいたいと思ったけれど、なぜか医者が家に来てくれて私の治療をしてくれ、気がつけば熱も下がっていた。 どうして医者が私の家を訪ねたのかわからなかったが、私は熱に苦しんで死ぬこともできず。かといっていろんな人にブラウのことを尋ねても誰も答えてくれなかった。 酒場の店主も、薬屋の店主も、苦々しい顔でブラウなんて男は知らないというのだ。 そんなことが嘘であることぐらい、私にもわかる。どれだけ縋り付いて見せても、彼は、彼女は答えてくれなかった。 そんな折。メリニの建国記念日ということで街中がお祭り状態になった。 メリニの建国記念日ではたくさんの食料が提供され、あの悪食と名高い王が直々に挨拶するという。 私はお祭り気分ではなかったけれど、私のことを心配してくれた近所の人が誘ってくれた。その人はなんでも王の知り合いらしく、挨拶も前の列の方で見れることになった。 そこで、私は衝撃を受ける。 日が頭の真上まで昇り、そろそろ祭りが始まるという時に、壇上に一人の男が現れた。獣のようなマントを纏い、どこか冷たい印象を持たせる顔の整ったトールマン。彼が噂の、と思っていた時だった。「陛下!」「国王陛下!」「ライオス陛下!」 どっと周りが湧き上がる。かなりの人望だ。そういえば世界を救ったとか言ってたっけ、と思い出す。 この盛り上がり方だと、あながちただの噂ではなく、本当のことだったのかもしれないと私に思わせ るには十分だ。 そんなすごい人が目の前にいる。日に照ってきらきら黄金のように輝く短い髪。北方の出自なのだろうか、日焼けとは無縁そうな白い肌。そして琥珀のような瞳。……あれ? と私が違和感を覚えかけた時だった。「長い演説でせっかくの飯を冷ますのは勿体無い。みんな、楽しく腹いっぱい食べてくれ!」 それだけ言うと、王はさっさと壇上を降りようとした。周囲はすぐに散り散りに料理を取りに行く。せっかくの建国記念日なのにそんな挨拶でいいのかと、王の背中を目で追っていたら。 ブラウの姿がそこにあった。「ブラウ!」 私は気がついたらブラウの元へと駆け出していた。 ようやく会えた、どうしてそんなところに? と私の中は、とにかくブラウのことでいっぱいだった。 しかし、足を進めようとしたところで衛兵に止められる。ブラウは王の隣にいて、私はそんな王に近づこうとした不届きものに見えたのかもしれない。しかし違うのだ。私は、王の隣にいる青年を呼びたいだけなのだ。「ブラウ! ねぇ、ブラウってば! どうして私の家に来てくれなくなったの?! お願い、ブラウ! 返事をして!」 ブラウに向かって必死に喚く私に、反応したのは王の方だった。「ブラウ……カブルー? 彼女は君の知り合いかい?」 聞いたことのない名前。それに対して、カブルーと呼ばれた青年は、いいえとばかりに首を横に振った。「知らない方です。ライオスも知らなくていい方ですよ」「そうなのか? まあ君がそう言うのなら、そうなんだろう」 王とブラウが親しげに会話している。今すぐ割って入りたかったが、ブラウが私のことを知らないと言ったことにショックを受けた。 立ち去ろうとする王の腰にそっと腕を回すブラウ。彼は私のことなんか目に入っていないとでも言うように、王に向かって何か話しかけた。それに対して、王は優しく微笑んで答える。その時に見たブラウの表情は、あの雨の日に見た時と同じ、壮絶に美しい笑顔を浮かべていた。 酒場の店主から話を聞いた。彼の名前はブラウではなく、カブルーと言って今は宰相補佐をやっている。 実をつけた麦の穂のように輝く髪。日焼けを知らない白い肌。琥珀の瞳。どれも私と同じもの。それを王が持っていた。確か名前はライオスだったか。ああ、響きもなんとなく似ている。 彼が求めていたのは私ではない。王だったのだ。私はただの代わりだった。 私はメリニを出て、育ての親のもとへと帰ることにした。こんな痛みを知るために外の世界に出たわけではない。 ああ、外の世界は怖いのだと言っていた育て親の言葉は正しかった。 私は群青色の空を憎らしく見上げ、そして地面へと視線を落とした。畳む
2024/11/24 DiD カブライ / 外堀なんてなかった続きを読む 新生メリニの宰相補佐として働き出してから、カブルーはこの仕事が天職だと思った。 複雑に絡み合う人間関係、腹の探り合い、いかに上手く相手を誘導してこの国に有利に物事を運ぶか等々……カブルーにとってはそれが楽しくて仕方がなかった。 生憎とカブルーの仕える王はそう言ったことが大の苦手のようだが、それならばカブルーが支えればいいと思っている。人には向き不向きがあるのだ。 もう少し人の顔や名前を覚える努力はしてほしいところだが、今のところは問題なくやっていけている。 ところでカブルーには懸想している相手がいた。その懸想の相手が誰あろう、新生メリニの国王となったライオスである。 カブルー自身でも認めたくはないが、ライオスのことを心から恋慕っていた。否、恋慕っている。残念ながら現在進行形の気持ちである。 どうしてライオスのことが好きになったのかと内心で自分自身に問い詰めたが、気がついたら好きになっていたのだから仕方がない。理性も何もかなぐり捨てて逆に冷静になった自分が切り捨てた。 きっと彼が国王となる前から好きだった。だから殺せなかったし、殺さなくて良かったと心から思っている。 そんな相手と、どうこうなりたいと思うのは自然の流れで。幸いにも自分は今、最もライオスに近しい立場にいると自負している。 この立場を利用しない手はない。仕事では親身になってライオスを支え、プライベートでも気の置けない友人として――本当にそうなっているかは別として――共に過ごす。 カブルーが一人でいる時間よりも圧倒的にライオスと共にいる時間が多い。 けれど、それでも足りない。 ライオスは壊滅的に他人の機微を察することが苦手だった。だからカブルーがそれとなくアピールをしたところで気づきもしない。 ならば別の作戦を取るべきだ。外堀から埋めていって、逃げられないようにしてからじっくりとライオスを手に入れる算段を考えるとしよう。 将を射んと欲するものは、まず馬を射よと東方の言葉にある。それに則って協力者を得ようとカブルーは動き出した。 ライオスの仲間たちであった人物たちに、それぞれ協力してもらうことにした。 まずは顧問魔術師のマルシル。彼女はとても簡単だった。恋愛ものの本を渡し、カブルーのライオスへの密かな想いを伝えれば顔を真っ赤にし、妙なテンションで応援すると言ってくれた。 次にカーカブルードで店を構えるチルチャック。きっと難航するだろうと思い、彼には土産でメリニで一番いい酒を持っていき、陽気に酒を飲んでいるタイミングで打ち明けた。すると彼は酒が不味くなるというような反応を見せたかと思うと、「お前も相当ゲテモノ喰いだろ」と言いつつも意外にもカブルーの味方になってくれたのだ。これは嬉しい誤算だった。 そしてセンシ。たまたま城下町にいたところを捕まえて、一緒に食事に行かないかと誘った。それを快諾してくれたセンシを、美味しいと評判の店に連れて行き、思い詰めた表情でカブルーはライオスへ恋心を抱いていることを告げた。センシはというと、それはライオスの気持ちの問題だと言って積極的に味方をすることはないが、見守っているという姿勢を取ってくれることとなった。それでもありがたい話だ。 イヅツミはというと、捕まえた時点で嫌そうな顔をするなり「勝手にしろ」と逃げていった。どうやら何か察していたらしい。積極的に邪魔をしてこないのならば問題はない。 最後に、ファリン。彼女から協力を得られれば、何より頼もしいことはない。なにしろ彼女はライオスの妹で、ライオスとファリンの距離は非常に近い。あれほど仲がいい兄妹もなかなかいないだろう。 ファリンには何を贈ろうか迷ったが、とりあえず彼女の好物のフルーツとクリームの乗ったケーキを用意し、お茶に誘うことにした。このケーキはまだ発展途上のメリニ城下町でもかなり有名な店のもので、手に入れるにはそれなりに苦労した。宰相補佐としての権限を私的な目的のために使うわけにはいかない。 ファリンが帰ってきているタイミングで朝早くから店に並び、まるで宝石のように並べられたフルーツがたくさん乗ったケーキを買った。 そして仕事がひと段落ついて時間が空いたタイミングで、ファリンに内密の話があると呼び出した。 侍女に紅茶と買っておいたフルーツケーキの用意をしてもらい、それがテーブルの上に並んだタイミングで話し出す。「今回、どちらまで旅に行かれたのでしたっけ」 まずは当たり障りのない会話から、とファリンが行ってきた場所について尋ねる。「そうだね、今回は東方大陸まで行ってみたんだ。近年は多国籍の人種が多くなって、いろんな文化が見れるって聞いたから」 ファリンは楽しそうな笑顔で答えてくれる。東方大陸はノーム最大の国家があるが、ファリンの言うように近年では短命種の流入が多く人口が急激に増え、様々な文化が入り混じっているのだとか。 そんな会話から始まり、ファリンが旅の道中で経験したことや思案したことを聞きながら、頃合いを伺った。「――ところで、ファリンさんに相談があるのですが……」 一度ファリンが口休めに紅茶を手に取った時だった。今が好機とばかりに今度はカブルーが話し始める。「ファリンさんをこのお茶会に誘ったのは理由があって、」「うん、兄さんのことでしょ?」 まさかそんな反応が返ってくるとは思わず、びくりとカブルーの手に変な力が入って、持っていたティーカップの中の紅茶が波を立てた。 カブルーは目を瞠ってファリンを見つめた。いつから気づいていたのだろうか。 ファリンのいつものようににこにこと笑っている。だが、その目は笑っていなかった。「わかるよ、カブルーくん。いつも兄さんのこと、物欲しそうに見てるもん」 相変わらずにこにこと、テーブルに肘をついて両手に顎を乗せ、歌うように言うファリンに、カブルーの背には冷たい汗が伝った。 ふとテーブルの上に乗ったケーキを見れば、ファリンの前に置かれた切り分けられたケーキには一口も手がつけられていないことに気づく。今度は頬に汗が伝う。「でもね、兄さんは、ファリンの兄ちゃんだから。ごめんね、これ、買うの大変だったでしょ?」 言いながらケーキを指差すファリン。カブルーはただ一言、「そんなことは……」としか言えなかった。 カブルーが何も言えなくなったのを確認すると、ファリンは今度こそ心からの笑顔を浮かべて「それじゃあね」と言い残して帰ってしまった。 残ったカブルーは、自分が少しだけ食べたフルーツケーキを見下ろして、汗がだらだらと流れていくのを感じる。 ――やってしまった、最も敵に回してはいけない相手を敵に回してしまった。 ライオス攻略の上でファリンは最も重要と言える人物である。彼女が味方でいるのと、敵でいるのとで状況は大きく変わる。『兄さんは、ファリンの兄ちゃんだから』 ファリンの声が脳内で再生される。あれは、明確な敵対宣言だろう。きっとライオスとの仲を深めようとすれば彼女が邪魔してくるに違いない。触れてはいけない相手だった、と今更後悔する。 しかし、どうやら彼女はカブルーの気持ちにも気づいていたようだった。それならば相談していてもしなくても変わらなかったのではないか。 一口も食べられていないケーキを見ながら、カブルーは今後どうするべきか肩を落とした。 そうしてやはり、と言うべきか。ファリンがしばらく城に残ると言い出した。 マルシルは当然のように喜んだし、ライオスだって大切な妹が近くにいてくれるのは安心するのだろう。ただ、カブルーだけが苦い思いをしていた。 嫌な予感がする。そしてその予感は当たるものだと確信していた。「兄さん、仕事手伝うよ」「休憩したら? お茶入れてくるね、兄さん」「久しぶりに一緒に寝たいな……だめ? 兄さん」 カブルーと二人きりになるのを阻止するためか、ファリンはライオスといたがった。 流石に最後のお願いはカブルーが世間体やら外聞だのなんだのと言って却下したが。でなければライオスは確実に許可を出していた。仕方がないなと言って二人同じベッドで眠るのだ。それだけは阻止しなければならないとカブルーは本能半分、嫉妬半分で止めた。 必然、カブルーはファリンとライオスに気づかれないように水面下での戦いが始まる。「カブルーくんはよくやってくれてるって兄さんが心配してたから、たまには休んだらどうかな」「いいえ、僕に取ったらこれは天職ですので。それに王を支えることに不満を持ったことはありませんし、ライオスが休むタイミングで休んでいますので」「私的な時間を兄さんの護衛のために使わなくてもいいんだよ?」「護衛のつもりはありませんから、大丈夫ですよ」 傍から見たらカブルーとファリンの間に火花が飛び散っている。マルシルなんかファリンとカブルーと同時にいるとオロオロし始めるし、たまに城にやってくるチルチャックもどこか居づらそうにしている。気づかないのは間にいるライオスだけだ。 ファリンに対して早く旅に出ろというカブルーと、早く兄を諦めろというファリンの戦い。 マルシルはどちらの味方につくか悩んでうろうろしている。好奇心的にはカブルーにつきたいが友情的にはファリンにつきたい気持ちで揺らいでいるのだろう。 今はなんとか笑顔でマルシルを牽制しているが、いつファリン側につくかわからない。そうなったらどんどん不利な立場になっていってしまうだろう。時折カーカブルードまで足を伸ばしてチルチャックに相談に行きたいが、そんなことをしている間にファリンからライオスへ何か吹き込まれたら困る。 そうやって暫く水面下での戦いを続ける日々を送っていた、そんなある日のことだった。「カブルー」 久しぶりのファリンがいない執務室。ライオスと二人きりということで浮かれていたが、どこか沈んだ様子の声色でライオスがカブルーの名を呼んだ。「はい? どうしたんですか、ライオス」 どこか調子でも悪いのだろうか。顔を覗きながら返事をすると、ライオスはどことなく暗い顔をしていた。眉間に皺が寄って、辛さを我慢しているような、そんな表情。 思わず持っていた書類を机に戻し、ライオスの肩を抱く。「体調が悪いんですか? 最近は仕事もサボったりしないで真面目にしてましたもんね。今日くらい休んでも大丈夫ですよ。俺と――」「ファリンが一緒にやるから、か?」 カブルーの声を遮ってライオスがファリンの名を口にした。眉間にはさらに皺を刻み、目を細めて。まさかそんなことを言われると思ってなかったカブルーは目を見開いた。「最近の君はファリンととても仲が良さそうだが、君はファリンが好きなのか?」 まさかそんな質問されるとは。しかも、痛々しそうに問い詰めるように。 カブルーは慌ててライオスの側で膝をついて見上げるようにライオスを窺った。「ファリンさんに対してそんな感情は抱いたことはありませんし、ライオスより親しくしたつもりもありません。どうしたんですか、急にそんなことを聞くなんて」 ライオスらしくない、と言おうとした瞬間。ぎゅっと手を握られ、ライオスの視線がカブルーを貫く。「それなら、カブルーは俺の友人だろう? なら、俺よりもファリンを優先するのはやめてくれ」 まるで子供の独占欲の塊みたいなことを言うライオスに、カブルーはどきりとする。言い切ってからライオスははっとしたように口を押さえた。まるで言うつもりではなかったかのように。「違う、すまないっ。君にはたくさんの友人がいるのに、こんな子供じみたこと……忘れてくれ!」 相手はファリンなのに……、と嘆くように顔を覆うライオスに、もしかしてとカブルーの鼓動が早まる。 こんなに感情的になっているライオスを見て、期待してしまう。ライオスの言うのは本当に友情だけから来るものだろうか? カブルーは震えそうになる手を押さえて、ライオスの手を握り返した。「ライオス、俺はあんたしか見ていません。最近は確かにファリンさんを優先していたかもしれないけど、それも理由があったからです。信じてください」「理由?」 一体どんな理由が、と言いたげなライオスに、ごくりと唾を飲み込んだ。外堀を埋めてからライオスを口説き落とそうとしていた。でも、外堀を埋める必要がなかったとしたら?「俺が、ライオスのことを、好きだから。ファリンさんはそれを邪魔したかったんです」「そんなことでファリンが君の邪魔をする? ファリンはそんなことしないだろう」「違うんです。俺の好きが、友人としてじゃなく、恋人になりたいという意味での好きだからです」 言った、言ってしまった。ライオスの手をぎゅっと握って額をライオスの手にくっ付けた。まるで許しを乞うように。緊張のあまり喉がからからに乾いている。 カブルーは裁判で判決を下されるのを待つような心情で、ライオスの返答を待つ。 しかし待てど暮らせどライオスは何も言おうとしない。代わりにライオスの手がじっとりと汗で滲み始めた。 まさか嫌だったのだろうかと顔を上げると、おでこも耳も、顔中をトマトのように真っ赤に染め上げたライオスがいた。心なしか瞳が水の膜で覆われて潤んでいるように見える。それが伝染したように、カブルーも顔が熱くなってきた。「き……みが、そんな風に俺のことを想っていてくれたなんて、気づかなかった……」「こ、これでもアピールはしていたんですよ」「そ、そうなのか……」 空いている手で口元を隠して視線を逸らすライオス。たまらずぎゅうと抱きしめたくなったが、そこはなんとか自制する。 ライオスは何か言おうと数秒の間、逡巡した後、ようやく口を開いた。「正直、そんな風にカブルーのことを考えたことがなかった。でも、さっき、恋人になりたいと言われて、嬉しかった……これって、そう言うことなのかな。俺も、君のことがす、好きなのかな」 顔を赤くしながら聞いてくるライオスに、カブルーの心臓はもう早鐘を打つどころじゃなかった。全力疾走した後のようにどくどく血液が身体中を回っている。「俺に聞くと、俺に都合の良い答えしか言えないですよ」「……うん、良いよ。カブルーにとって都合の良い方にとってくれ」 擽ったそうに笑うライオスに、カブルーは逆に心臓が止まってしまうかと思った。再びライオスの手に額を擦り付け、涙が出るのを堪える。そんなカブルーの心配をして、ライオスが「カブルー?」と何度か声をかけてきたが、嬉しすぎてなかなか返事ができなかった。 こうしてカブルーとライオスは想いを交わし合うことになったのだった。「あーあ、ファリンの兄ちゃん、カブルーくんに取られちゃった」「結果的に、あなたのおかげでライオスが自覚してくれたので感謝してますよ」 いつかの時のようなお茶会。今度はファリンは悔しそうにフルーツケーキを食べていた。お礼というか、彼女から兄をとってしまったお詫びに。 ファリンはフォークを動かす手を止めずに、しかしどこかしょんぼりしている。自分の行動を後悔しているのだろう。「本当は知ってたよ。兄さんがカブルーくんのこと、特別に好きなんだって」「えっ、そうなんですか!?」「兄さんは自覚してなかったけどね」 しばらくは自覚させるつもり、なかったんだけどなぁ。そんな風に呟くファリン。呟いてから、行儀悪くびしりとフォークでカブルーを指した。「兄さんのこと泣かせたら、許さないからね。カブルーくん」 ライオスと同じ琥珀色の瞳がカブルーを射抜く。真剣な表情に、カブルーもまた真剣な表情で答えるのだった。「当然です。むしろ、世界で一番幸せにしてみせますよ。ライオスが泣くときはきっと、嬉し泣きですからご心配なさらずに」 決して彼を悲しませることがないよう固く決意を改める。ライオスのことを幸せにするために、大切に彼を愛していこうと。 ファリンはその答えに満足したのか、普段浮かべている笑顔になった。そして背後に声をかけるように、「だって、兄さん。よかったね」 と言い放った。 カブルーが「え、」と思うと同時に、壁の影からライオスが出てくる。その顔を真っ赤にして。「盗み聞きをするつもりはなかったんだ。たまたま通りかかったら二人の会話が聞こえて」 そのまま立ち聞きをしていた、と。世間ではそれを盗み聞きするというんですよと指摘したくなったが、カブルーが言ったことは間違いなく本心なので何も恥じることはない。 ただ、ライオスの気配に気づけなかったことの方がショックだった。ライオスとの関係を認めてもらうため、それだけファリンとの会話に集中していたということだが。 ライオスが近づいてきて、カブルーの隣に座る。「俺がカブルーと恋人になっても、ファリンは大切な妹であることは変わりないんだ。何も心配しなくていい」 テーブルの上に置いていたカブルーの手に、ライオスがそっと自分の手を重ねた。カブルーはそんな何気ない所作にどきりとしつつ、視線はライオスに向いたまま。 ファリンはきょとりとして、それからくすくす笑う。「わかってるよ。兄さんは私のこと、大事にしてくれてるって」 そう言ってファリンはフルーツケーキの最後の一口を食べると、ぐっと背伸びをした。「見せつけられちゃった。もうお腹いっぱい。兄さん、カブルーくん、幸せになってね」 私はまた旅に出てくるから、と言い残してファリンは去っていった。ライオスはその後ろ姿にただ一言、「気をつけるんだぞ」とだけ投げかける。 残されたカブルーとライオスは、どこか気まずい気持ちになりつつも、そんな空気も悪くないと思っていた。 そんな中、ライオスがカブルーの手をきゅっと握る。「カブルーは俺を世界で一番幸せにしてみせると言ったけれど。それは俺も同じ気持ちだから」 まさかそんなことを言われると思っていなかったカブルーの目が見開く。「だから、二人で世界で一番幸せになろう」 ――この国で。緊張した面持ちで言い切ってやったぞと、どこか満足げな空気を醸し出しつつライオスは一息ついた。 やはりこの人には勝てないないな、とカブルーは思いながら、それに答える。「もちろんです。この国で、世界中の誰よりも幸せになりましょう。ライオス」 にこりと微笑んで見せれば、つられたようにライオスも笑った。畳む
2024/11/24 DiD,理想郷諧謔曲 カブライ / シャンフロパロ / 楽園開拓第一話続きを読む 世の中にはたくさんのゲームが溢れている。フルダイブゲーム、VRが流行りだしてからは加速度的に様々なゲームが販売されていった。 特にVRMMORPGというジャンルの中には、発売から半年もしないうちにVRMMORPGの金字塔とも呼ばれるゲームがあった。 その名もシャングリラ・フロンティア。 玉石混交のVRMMORPGの中で、間違いなく至上のゲームの一つと呼ばれている。発売されてからわずか半年で世界で最もプレイされたゲームとして世界記録に載っているのがその証だ。 NPCにも軍用AIなどを惜しげもなく搭載しており、まるで本物の人間と会話しているようだと評判である。 そんなゲームを、カブルーは友人たちの勧めですプレイしていた。 もともとゲームなどには興味はなかったが、友人たちがこぞって神ゲーであると語るのならば、その話に置いていかれないようにするためにカブルーはプレイしてみることにしたのだ。 初めて買ったVR機器やゲームの代金など初期費用は高かったが、始めてみるとこれは買ってよかったとゲーム初心者であるカブルーでもシャングリラ・フロンティアの面白さにのめり込んでいった。 初めてのフルダイブ型のゲームは、まるで自分の普通に体を動かすようにゲームのアバターであるカブルーの体も動いた。初めての体験に心が躍ったのを覚えている。 何かと器用に熟すカブルーはすぐにゲームに適応して、友人と一緒にパーティを組んではモンスターの討伐をしたり、新たな街を探したりと楽しんでいた。NPCがほぼ人間と変わらないことから、NPCとの会話も大事にしていたカブルーはプレイヤー、NPC間の間でも顔が広い。 現実でも人間好きが高じて友人が非常に多くいるカブルーの才は、ゲーム内でも遺憾なく発揮される。 そんな、ゲームも私生活も満喫していたカブルーの耳に一つの噂が聞こえてきた。 何でも、モンスター愛好家のクランに入らず、一人でモンスターについて調査しているプレイヤーがいるらしい。 そのプレイヤーはタンク職をしていて、その能力は非常に高いのだとか。たまたま一緒にクエストに同行したプレイヤー達は口々に一緒に戦っていてあんなに楽に戦えたのは初めてだったと言うのだ。 ただし相当な変人かつ人嫌いのようで、クランに勧誘してもフレンド申請しても素気無く断られるのだとか。 一人で受注できないクエストが発生した時のみ、その場限りのパーティを組むために向こうから声をかけてくるのが常らしい。 なんてそんなことを、カブルーこと、プレイヤー名「ブラウ」は己に声をかけてきたプレイヤー名を見ながら思い出していた。 変人プレイヤーの名は「ライオス」。そしてカブルーに声をかけてきたプレイヤーの名もまた、「ライオス」だった。「すまないが、一人では受注できないクエストが発生してしまったんだ。一時的でいいから俺とパーティを組んでくれないか?」 重戦士の鎧を装備した灰白色の髪をしたプレイヤーことライオスは、どこか冷めた眼差しでそう声をかけてきたのだ。それが人にものを頼む態度なのかと思うような物言いだったが、そんなことよりも噂の人物と出会ったかもしれないという好奇心が勝った。 カブルーは人好きのする笑顔を浮かべて彼の提案を受け入れる。「いいですよ、ちょうど素材でも狩りに行こうと思っていたところなんです」「ありがとう。アタッカーがいないと厳しいと思っていたんだ」 腰にロングソードを差した明らかに軽戦士の姿のカブルーに戦力を求めていたようだ。ちらりと見たライオスのレベルは五〇を超えている。カブルーはシャンフロを始めたばかりで、レベルはまだ三〇を少し超えたところだった。 レベルの違いは気にしないタイプなのだろうか。それとも三つ目の街、サードレマで受注するクエストなのだから、そこまで実力は求めていないのか。 人間という生き物が好きなカブルーは、噂を聞いた時からライオスという人物がどのような人間なのか気になっていた。こうして機会が来たのだからそれを逃す手はない。 ライオスからパーティーの申請が来たのを確認し、もちろん了承する。「ついて来てくれ」 そう言って歩き出したライオスの後をついて行くと、上級階層が住む上層エリアへと向かい始めた。 サードレマはファンタジーでよく想像されるタイプの大都会だ。中心に城があり、そこから街が円形のように広がっている。中心部はもちろん太公など城に住まう者たちが住んでおり、そのすぐ外側に貴族達が住む上層エリアがある。さらにそこから門を挟んで一般市民が住むような下層エリアがあるのだ。 上層に行けるのは太公の許可証がなければならない。入ろうとすれば門兵に止められてしまう。しかしライオスは、門兵のNPCに止められるどころか軽く挨拶を交わして上層エリアへと足を踏み入れた。 まさか上層エリアに行くとは思わず固まってしまったカブルーだったが、ライオスの「どうしたんだ?」という声にハッとして、ライオスと同じように門兵に頭を下げて上層エリアへと踏み込んだ。 初めて来る場所、平民達が住む下層エリアとは違った雰囲気にカブルーの興味がそそられたが、ライオスに置いて行かれるわけにはいかない。 カブルーでさえ貴族のNPCとの繋がりはないのに、ライオスは一体何者なんだ、ということの方が気になった。 やがて大きな屋敷の前に着くと、ライオスはドアノッカーをごんごんと鳴らして扉から少し離れる。すると中から老齢の執事が現れ、ライオスのことを確認すると顔を綻ばせた。「おお、ライオス様。よくいらっしゃいました。ご主人様がお待ちです」「待たせて申し訳ない。ようやく連れが見つかったんだ」「それは良かった。お連れ様も是非中へどうぞ」「……あ、ありがとうございます」 そう言って開かれた扉の奥は、一目で高価だとわかる調度品が並んでいる。ここにあるものをいくつか売るだけで、どれだけいい武器が買えるか。 そんなことを一瞬考えたけれど、それ以上に。ライオスが微笑んでNPCの対応を受け入れいたことの方に驚いた。 プレイヤー相手にはあんなに冷たい目をするのに、NPCには親しみを持って相手をしている。 それに。冷たくカブルーを射抜いた琥珀色の垂れ目が、ふにゃりと柔らかく笑みを浮かべたことに、カブルーは息を呑むほど見惚れてしまった。 ネタプレイに走らない限りキャラクリエイトは普通に行うものだ。ライオスの容貌は灰白色の短い髪に、琥珀色の垂れ目、身長は一八〇を超えたくらいか。 高身長だが特出するほど美形というわけではない。パーツが綺麗にあるべき場所に嵌まっているだけだ。 なのにカブルーはライオスの柔らかく笑った表情が衝撃を受けるほど美しいと思った。他のプレイヤーは彼のあの表情を知っているのだろうかと思うと胃の腑がむかつく気がした。 この感情はなんだとぐるぐると考えていると、執事のNPCが言っていたところのご主人様の元へ連れて行かれた。「やあライオス! 来てくれて助かったよ!」「こちらこそ、新しい魔物の情報と聞いて」 にこやかに挨拶し合う二人は仲の良い友人のように見えた。いや、友人なのだろう。こんな立派な豪邸を持つNPCと友人になるなんて、一体どんな伝手があったらなれるのかと疑問に思う。 しかしライオスは今ロールプレイ中。話しを遮るわけにはいかない。「私の持つ別荘の付近にある湖に魔物が出てね……対処してくれないか?」「魔物とは、どんな?」「ナックラヴィーだ」 ナックラヴィーと聞いてライオスの目が輝く。反対に、カブルーの顔は青ざめる。「湖にナックラヴィーが? 淡水はナックラヴィーの弱点のはずだ」「そうなんだ。きっと変異種かなにかだと思う。ライオス一人では心配だったが、連れもいるようだし、どうか君たちに処理を任せたい」 NPCの言葉と同時にポップアップが現れ、そこに書かれた内容にカブルーは絶句した。『クエスト「湖畔の狂馬」を受注しますか? 推奨レベル:65』 ライオスのレベルすら超えた推奨レベルと、変異種のモンスターという言葉に目眩がした。カブルーのレベルを三〇も上回る、それも変異種を相手にしろだ? 死ににいくようなものだ。 カブルーは喜んで『はい』を押そうとするライオスの手を止める。「待ってください! こんなの、無謀です!」「? どうしてだ? タンクとアタッカーがいればなんとかなるだろう」「……っ推奨レベルがどう考えても僕たちには見合いません!」「なんだ、そんなことか」 そんなことと言われ、カチンとくる。もっと高レベルの人を連れてくるべきだと進言しようとした時だった。「大丈夫だ。何があったとしても、俺が君を守りきる」 真顔で、真っ直ぐと視線を向けられて、そんなことを言われたのは。 現実のカブルーの顔が熱くなるのを感じた。咄嗟にアバターの頬を抑えて熱くないかを確認してしまった。きっと表情に変化はない、はずだ。 しかしなんて恥ずかしいことをさらりと言ってのける男なんだと、カブルーの中でライオスに対する認識を改める。本人は意識していないのだろうが、異性が聞いたら勘違いを起こしてしまいそうだ。 そうやって熱を持った頬を冷ましていると、ライオスがクエストを受注してしまった。こうなってしまえばカブルーも覚悟を決めるしかない。どうにでもなれ、という気持ちで『はい』を押した。 受注が決まったのならとカブルーはインベントリに入る限り武器を揃えた。勿体なくて普段使わないような武器も、今回は出し惜しみしている場合ではない。ライオス曰く、カブルーに回復薬は必要ないということを言っていたのを信じて。もしもこれで死んだら晒してやる、という気概も持ちながら。 貴族のいう別荘の場所は、サードレマからセカンディルに向かう道から逸れた森の中にあった。 森の中は木漏れ日がさして、小動物などの生き物の気配もして心地がいい。確かにここなら別荘を建てたくなると思うような場所だった。 その別荘で一度装備を整え、向かうは湖だ。湖に近づくにつれ、気配を殺して進むようになる。 森の向こうにきらりと光るものが見えたと同時に、ライオスがばっと手を伸ばしてカブルーに止まるよう合図する。「……ナックラヴィーがいる」 小声で呟くライオスの瞳は、先ほど何かが光った方向へ向いていた。どうやら光は湖面を反射したものだったらしい。つまり、湖がある。それがどういうことかわかって、カブルーは緊張した。 ナックラヴィーは本来は海の近くに出るモンスターだ。つまり旧大陸の最後の街、フィフティシアの近くで出るモンスターである。 そんなところに出るモンスターが、こんな場所に、しかも変異種として現れている。本当に倒せるのかと不安が襲ってくる。ちらりとライオスを見上げると、その表情にカブルーは目を瞠った。 ライオスの瞳は爛々と輝いて、じっと湖畔を見つめている。いや、視線の先を追うと、ナックラヴィーを見つめていた。 初めてナックラヴィーを見たカブルーはその姿に思わずえずきそうになった。 上半身は首のない人間のような姿をしており、皮膚がないため筋肉や血管がよく見える。腕の長さは地面に届きそうなほど長く、それが異様さを引き立てている。 下半身は馬のような四本脚ではあるが、とても馬とは思えないほど脚が太かった。(どこが狂馬だよ……! 化け物じゃないか……!) シャングリラ・フロンティアはグラフィックもリアルに寄せているし、綺麗なせいで筋肉の動きや血管の脈動がよくわかる。気持ち悪さに口元を覆い、ライオスの方へと視線を戻したがそちらにも驚くことになった。 ライオスが嬉しそうに笑っているのだ。それもどこか興奮したように。「ナックラヴィー……フィフティシアまで行ったことがないから初めて見たが、凄いな。フィフティシア付近ではあれが普通のモンスターとしてポップしているのか」 嬉しそうに早口で言う姿は本当に嬉しそうで、写真を撮ったりメモを取るのに夢中になっている。「そういえば、言うのを忘れていたがナックラヴィーは毒の息を吐くから気をつけてくれ。一応毒消し薬は持ってきているが、念のために伝えておく」 ナックラヴィーの顔のあたりを覆う霧のようなものが何かと思っていたら、毒の息らしい。そういう情報はもっと早く言え! とカブルーは文句を言いたくなった。「ナックラヴィーは本来、淡水が弱点なんだ。だから出会ったら川に逃げ込むといいんだが、この変異種はきっと逆に海水に逃げた方がいいんだろう。もっとも、この近くに海水なんてないけれど」 だから倒すしかない、と。声に出さないライオスの言葉の続きをカブルーはしっかりと聞き取れた気がした。「ナックラヴィーの後ろには回らない方がいい。後ろ蹴りされたらきっとそれだけでHPを持ってかれてしまう」「正面は毒の息があるんでしたっけ?」「正面は俺が対処するから問題ない、横から攻撃をしてくれ。大丈夫。俺と君ならあいつを倒せる」 ぽんとライオスに肩を叩かれて、言われる。たったそれだけでカブルーは出来るという気持ちになれた。 なんの確証もないのに、どうしてこんなにもこの人を信じたくなってしまうのは何故だろう。 カブルーはインベントリから片手剣を取り出し、準備をする。カブルーの準備が済んだのを確認したライオスは、カブルーの方へと向き直ると、詠唱を始めた。「わたしの歌よ、カバノキの歌、芽吹き、葉がしげり、やがて花をつけ、そして木々の間からのぼる太陽は森を温め、樹皮の下にかくされた命の液をくみあげる」 その呪文はカブルーのステータス全体を上昇させた。サブ職に付与術師でも設定しているのか詠唱に淀みがない。詠唱を全部覚えていることをに驚きつつ、その声の聞き心地の良さにもっと聞いていたいと思ってしまった。「よし、行こう」「は、はい。わかりました」 ぐっと片手剣を持つ手に力を入れ、ライオスと同時にナックラヴィーに向かって茂みから飛び出す。 バックアタックの形を取れたのが幸いしてまずはカブルーの一閃が入る。そこでようやくカブルーたちの存在に気づいたナックラヴィーが怒ったように体を赤く染め上げ、暴れ出した。 カブルーは咄嗟にバックステップでそれを避けライオスは真っ向から盾で受け止める。そのまま流れるようにシールドバッシュを発動させ、ヘイトをカブルーから奪う。「沼地の島として、平原の丘として、妖精丘の木として、月が欠けゆく空の星として、手の中の静かな剣として、先祖に愛される子どもとして、森の真ん中で、あらゆるものを前に勇敢でいられますように」 ナックラヴィーをいなしつつ、再びライオスの詠唱が聞こえる。しかしカブルーにはなんの効果もなかったからあれはライオス自身にかけたバフなのだろう。魔法職を取っていないカブルーにはどんな効果があるのかわからなかったが、それでもライオスの詠唱を再び聴けたのが場違いにも嬉しくなってしまう。「君っ! 攻撃を!」 ライオスの声でカブルーはハッと止めていた思考を戻し、ナックラヴィーへと向き直った。DPSが圧倒的に低いのだから長時間掛かると覚悟していたのに何をやっているのか。 ライオスの詠唱に聞き惚れている場合ではない。カブルーは剣を構え、ナックラヴィーへと走り出した。 ――戦闘が始まって数十分、カブルーは驚いていた。こんなにも戦いやすいのは初めてだ。ナックラヴィーのヘイトがこちらに向きそうになった途端、ライオスがヘイトを集めるスキルを発動させてナックラヴィーの攻撃を全て受け持ってくれる。おかげでこちらはやりたい放題だ。 まだ慣れていないスキルを試したり、新しい武器を試したり、やりたい放題だ。ここまでくると逆に楽しくなってくる。 最初にライオスがかけてくれたバフはなくなってしまったけど、無詠唱での同じバフが定期的に掛かることがあり、ライオスの視野が広いことが窺えた。 戦闘狂ではないが、まだまだ戦っていたいと思ってしまう。そんな一方的な戦いだった。 それもついに終わりを告げ、カブルーが覚えたての斬撃スキルを発動した際にクリティカルが発生し、それがトドメとなった。 巨躯はゆっくりと倒れ伏し、やがて光となって消える。ナックラヴィーの落とした素材はどれも貴重品ばかりで、どう使うか迷ってしまいそうだった。「凄いですよ、ライオスさん! こんな珍しい素材がたくさん……きっとフィフティシア近辺にいるナックラヴィーでも落とさないような素材ばかりです!」 興奮冷めやらぬカブルーに対して、ライオスはと言うと、素材に興味がないのか「全部君に譲るよ」と言ってきた。その発言にカブルーは驚く。「何を言っているんですか、これはほとんどあなたのおかげで手に入れたようなものです! あなたがヘイトを稼ぎ続けてくれたから倒せたのに、いらないなんて……」「でも君がいなければこのクエスト自体受けられなかった。それに、アタッカーは君一人に任せっぱなしだったし……俺にはこれくらいしか礼ができない」「礼なんてそもそも……要りませんよ! こんなの、僕しか得していない」 一方的に殴るだけの敵に対してスキルや武器の検証ができた上に、カブルーのレベルを三〇は上回る敵だったため、経験値がかなり入ってカブルー自身のレベルも上がっている。 それなのにお礼などと、むしろこちらが言いたいくらいだ。 しかしそれでもライオスは首を横に振る。そこでカブルーは気がついた。「もしかして……今までもクエストの報酬をほとんど他の人に渡してきたんですか?」「ん? そうだけど……それが何か問題があるのか?」 ありまくりだ! とカブルーは怒りたくなった。そんなのは公平ではない。報酬目当てでライオスに近づいてくる奴らがいくらでもいるそうだ。というより、確実にいる。「あなたのプレイスタイルを否定する訳ではありませんが、そんなカモになるような真似はやめてください。あなたのそのタンクとしての才能は素晴らしいものです。おかげで僕はレベルも上がりましたし、スキルの検証などもできました。とてもじゃないけど全部の素材を受け取るなんてできません」 そう言い切ると、ライオスはぽかんとした表情になり、その後ふわりと微笑んだ。「君は優しい人なんだな」 NPCに見せていたような、いや、それ以上に柔らかい微笑みを向けられ、カブルーは固まった。優しいなんて、当たり前のことを言ったまでだ。 そんな固まっているカブルーを放っておいて、ライオスは「それならこれとこれを貰おうかな」と素材を選んでいる。そしてなかなか動き出そうとしないカブルーに疑問を持ちつつ、残りの素材を拾い集めカブルーに譲渡してきた。 カブルーは衝撃を受けたまま、譲渡された素材を受け取る。その中には一番レアな素材もあったが、その時は気づかなかった。 NPCの別荘について、報告をした時点でクエストが終了した。クエスト報酬もかなり美味しいもので、カブルーはますますライオスのことが心配になる。ライオスに寄生してレベル上げやレアな素材を集めようとする輩が湧くのではないか。 ライオス自身は気にしていないようだが、カブルーがいい気がしなかった。ほんの少し一緒に行動して、会話を交わしただけでわかる。ライオスはお人好しで、自分に頓着しない。まさにカモがネギと鍋を抱えて歩いているようなものだ。 別荘から出て、ライオスがいざパーティを解散させようとした時に、カブルーはライオスの手を掴む。「あの」 ごくりと息を呑む。こんなことは滅多にしないけれど、今しかないと思ったのだ。「フレンドになってくれませんか? お役に立てるように頑張りますので」 カブルーからこうやってフレンド申請するのは初めてだった。大抵、誰とでも何度かパーティを組んだ後に相手がカブルーのことを気に入ってフレンド申請されることが多かった。 自分からフレンド申請をしたのなんてそれこそリアルの友人くらいだ。けれど、ライオスは特別だった。どうしても放っておけない。それに、先ほど見せてくれた笑顔。あれが忘れられなかった。 ライオスの目の前に表示されているであろうフレンド申請のポップを、ライオスは驚いたような目で見た後、ゆっくりと指が動いた。『フレンド申請を断られました』 ――は?「フレンド申請してくれるのはありがたいんだけど。こう見えてフレンドがいない訳じゃないんだ。心配してくれてありがとう」 いやいや、ここはフレンド申請を受理する流れだっただろう。違ったか? ――違ったか!? 呆然とするカブルーを置いて、ライオスはさっさとパーティを解散してしまった。 そして片手をあげて「それじゃ」と去ろうとする。慌ててカブルーはライオスにしがみ付いた。「待ってください! 俺の何が気に入らないというんですか!? 確かにまだシャンフロを始めたばかりの若輩者ですが、そこは慣れていきますしレベルも追いつきます。なんだったらライオスさんのクエストにいつだって着いて行きますし、インベントリ係になったって構いませんよ?!」「えっと、何が君をそんなに必死にさせているか分からないんだが……一回しかパーティを組んだことがない相手とはフレンドにならないことにしているんだ」 必死に縋って見せたがライオスはなんてことないように断ってきた。「それじゃあ何回パーティを組んだらフレンドになってくれるんですか?!」 もう形振り構っていられなかった。彼とフレンドになりたい。その一心でカブルーはライオスからフレンドになる条件を聞き出そうとする。「うーん……とりあえず、十回以上、かな……」 十回。今回たまたまライオスから声をかけられたが、次がある確証がない。そもそもライオスは噂になる程度に人嫌いだったということを思い出した。「多分もうないと思うけど……次一緒にクエストを受けることがあったらよろしく」 そう言うとライオスは颯爽と去っていった。残されたカブルーはふと気がついた。 ライオスから一度も、カブルーのアバター名である「ブラウ」と呼ばれなかったことを。 わかったことがある。ライオスは人嫌いな訳ではない。他人に興味がないのだ。そうでなければ初めて会ったプレイヤーにクエストに着いてきてくれるように頼まないだろう。いるらしいフレンドに頼めばいい。 武器や防具から判断して必要な時に必要な相手を適当に決めている。そんな相手と、十回以上パーティを組めと? カブルーはぎりぎりと現実でもゲーム内でも歯を食いしばった。 いいじゃないか、絶対にライオスのフレンドになってやる。そしてカブルーのアバター名「ブラウ」と呼ばせてやる。 この時、ただ友人たちとシャングリラ・フロンティアを楽しんでいただけのカブルーは死んだ。 ライオスのフレンドに、あの琥珀色の瞳に入ることが目標となった。それは下手したらユニークモンスターを討伐することよりも難しいことかもしれないが、それでもカブルーはそれを目標とした。してしまった。それがどんな感情からくるものか、この時のカブルーは気づかなかった。畳む
ライオスが王に名乗りあげてから七日七晩が明けた後、ヤアドに真っ先に誕生日はいつかと聞かれた時はなんだと思っていた。
だが、誕生日が近づくにつれて城下が、城の中が祭りの準備で盛り上がっていく様子を見て、その理由を察した。
なるほど、王の誕生日は国民にとっての祝日か。ライオスは衣装係に着せ替え人形のように衣装を取っ替え引っ替えに着せ替えられながら鏡をぼんやりと見つめていた。
もう何着目だろう。こんなに衣装を用意するぐらいならもっと別のところに使った方がいいんじゃないか?
衣装係はああでもない、こうでもないと嬉々として衣装を選び続けている。一体着せ替え人形はいつまで続くのだろう。そう遠い目をしていると、部屋にノックの音が響いた。
「失礼します。陛下、衣装は決まりましたか?」
「カブルー……見ての通りだよ」
いくつも並び立つ、衣装を着たトルソーを横目にライオスはぐったりとしながら応える。そんなライオスの様子にカブルーは笑いつつ、一枚の紙を差し出した。
少しでも着せ替え人形状態から逃れられるのならばと縋るようにその紙に手を伸ばしたが、その内容を見てまた顔を顰めた。
誕生日当日のスケジュールがぎっしり詰まっている。国民に向けた挨拶はまぁ良い。その後の諸外国からの使者との面談の多さときたら、頭が痛くなる。しかもその後は城の広間で立食形式の食事になるらしい。
きっとここでも挨拶だのなんだので、ライオスはまともに食事を取ることができないだろう。
せっかくの誕生日だと言うのに、ライオスにとって楽しい一日にはならなそうだ。
がっくりと項垂れるライオスとは対照的にカブルーはどこか楽しそうだ。それもそうだろう、彼は人と関わるのが大好きなのだから。
自分もカブルーのような能力が欲しかったと以前二人で飲んでいた際に愚痴をこぼしたことがあるが、カブルーはそれを「あんたにはそんな能力必要ないですよ」と笑い飛ばした。
普段あれだけ人の顔を覚えろと言うのに。矛盾していないかと問えば、「ライオスが出来るようになったら、俺はいらなくなっちゃうでしょ?」なんて返された気がする。
そんなことはないのに。ライオスがカブルーのようにすぐに他人の顔や特徴が覚えられるようになっても、カブルーのようにうまく立ち回れる気がしない。
だからカブルーはライオスにとって必要だ。そう述べた時のカブルーの顔は、どんな顔をしていたっけ?
「現実逃避しないで、誕生祭での立ち回りについて考えてください」
「うぅ……わかったよ」
衣装係の者たちにこのトルソーの中から衣装を選んでくれと頼むと、ライオスは衣装部屋からカブルーと共に出た。
ずらりと並ぶ外国の名前と、聞いたことがあるようなないような分からない人名が連なっている紙をペラペラと捲る。
「王様の誕生日って大変なんだな」
「何を他人事に言ってるんですか。あなたの誕生日ですよ」
おかしそうに笑うカブルーにムッとする。ライオスは本当に困っていると言うのに、カブルーは相変わらず楽しげだ。
「ところで、ライオス」
人気がない場所だからか、カブルーが畏まったように陛下と呼ぶことなくライオスの名を呼ぶ。ライオスはカブルーに名を呼ばれるのが好きだった。
なぜかカブルーはライオスの名前を大切なものを扱うように呼ぶのだ。その響きが気持ち良い。
「そのスケジュールは一応夕方までのスケジュールなんですよ」
「それはつまり……夜は空いているってこと?」
期待しながらカブルーに問うと、カブルーはこっくりと深く頷いた。そして悪戯な笑みを浮かべる。
もし近くに侍女などがいたらその魅力的な笑みに腰を抜かしてしまう者もいただろう。カブルーは城内の侍女たちに人気があった。
「そして俺は王のための特別なチーズケーキと、チーズケーキにぴったり合うワインを用意してます」
まるで内緒話でもするように語るカブルーに、ライオスの瞳に光が戻る。
「誕生日の夜は俺と二人でケーキを食べながら飲みましょう。プレゼントも用意してるんで期待しててください」
だから頑張って覚えましょうね、と紙を指さされる。
目の前に餌を釣り下げられたなら仕方がない。ライオスは紙に載っている貴族や氏族の名前を頭に叩き込むことにしたのだった。畳む