2024/11/24 DiD,理想郷諧謔曲 カブライ / シャンフロパロ / 東奔西走第二話続きを読む「最近のブラウずっとログインしてんな」「めちゃくちゃレベルアップしてんじゃん、廃ゲーマーになっちゃった?」「確か学生だろ? あんま無理すんなよー」 などなど。ブラウこと、カブルーを心配してくれるフレンドの言葉にカブルーはにこりと笑ってウィンクを一つ、「無理のない範囲でやってるなら大丈夫だよ」とだけ答える。 嘘だ。だいぶ無理をしている。しかしカブルーは少しの暇でもあろうものならシャングリラ・フロンティアにログインするようになっていた。 ライオスの噂があればその場に駆け参じ、未到達の街でライオスの情報を聞けば野良パーティを組んでエリアボスを無理に倒して到達し、気がつけばレベルがかなり上がってレベル八〇もすぐそこ、と言うところまで来た。 装備の強化もライオスに追いつくためにやってきた。自分は軽戦士だからそれに見合うようビルドをしつつ、武器を作ってもらうためにフレンドの鍛治師のレベルを上げる手伝いまでした。どれもこれも、ライオスに再び出会うためだ。 彼に再会し、彼に見合うアタッカーでいられるように反射神経を上げるアプリをスマートフォンに入れて移動時間はプレイヤースキル向上のために当てている。 ライオスの情報を探しつつも時間がある時は苦手意識を持っているモンスターを相手にいかに効率よくキルできるかを考察する日々。 この執着心はなんだ、ライオスの何がこんなにも自分を執着させるんだ。そんな自問自答をしてもカブルーはシャングリラ・フロンティアにログインし続けた。誠に不健康である。 そしてその不健康が祟って、風邪を引いてしまった。風邪を引いたという知らせを聞いた幼馴染はすぐに駆けつけて、文句を言いながらお粥を作ってくれたことは覚えている。そのお粥を食べて薬を飲んで――カブルーはシャングリラ・フロンティアにログインしていた。 いつもの日課を行わなければ。技術というのは日々の鍛錬によって研鑽されていく。一日でも休めばその分、技術に曇りが出る。カブルーの心持ちはもはや匠の域まで達していた。 千紫万紅の樹海窟でカブルーはエンパイアビーに囲まれて戦っていた。相手はエンパイアビー・ハンターとは言え多対一。気を抜けばやられてしまう。カブルーはこういった集団モンスターを相手にするのが苦手だった。 もっと視界を広く持ち、情報を得て、的確に倒していかねば……。そう思うものの、熱に茹った頭ではうまくいかず。 いつもよりキレの悪い動き、避けられるはずの攻撃に当たってしまう苛立ち、増えていく敵の数に対する焦り。 ああ、今日はもう駄目かもしれない。インベントリに大切なアイテムが入っていなかったかをカブルーは頭の中で考えながら、だらりと腕を下ろした。 狙ったように頭に攻撃を仕掛けてこようとするエンパイアビーの針が頭を貫くかと思った時。 パキン、と何かが折れる音がした。同時に周囲に爆裂系の魔法が発動したのか、エンパイアビーが数匹まとまって爆発する。 何が起こっているのか分からずにいると、どこかライオスに似た女性プレイヤーが近づいてくる。「大丈夫? 今回復するから」 そう言うと、彼女はカブルーに回復魔法を掛けてくれる。名前を見ればレベルはカブルーよりも上で九十二。遠くから魔法を打っている女性プレイヤーも同じくらい。そして何より――「ライオス……!」 先ほどのエンパイアビーの攻撃からカブルーを守ってくれたのはライオスだったらしい。 数々の攻撃を受け流しては器用に爆発に巻き込まれるように弾き飛ばしている。その姿を呆然と見つめていた。 相変わらず無駄のない動きでエンパイアビーを弾いていくライオスに、まだまだ実力が追いついてないと実感してしまう。「だ、大丈夫?」 心配そうにライオスに回復魔法を掛けてくれたヒーラーらしき女性プレイヤーがカブルーに問う。何の事かと思っていたら、どうやらカブルーは泣いていたらしい。 涙がぽたりぽたりと伝う。こんなところまでゲームで再現してくれなくても良いのに、と考えつつ、何とか涙を止めようと目元を拭い続けるが、涙は止まらない。 熱で感情が上手く抑えられないのだろう。カブルーの脳波を正確に拾い上げるシステムは、アバターのカブルーに涙を流させ続ける。これは現実でも泣いているだろうなとカブルーはどこか冷静に思考した。 やがてエンパイアビーが全部片付くと、こちらに気がついたライオスともう一人の遠距離アタッカーの女性プレイヤーがぎょっとした顔で固まっている。 泣いているカブルーに驚いているのがよく分かる。それはそうだろう、助けに入ったら泣かれるなんて想定もしていなかったはずだ。ライオスはあからさまにきょどきょどし始めた。「だ、大丈夫かい?」 先ほどのヒーラーとまるで同じ質問をしてくるのに、思わず笑いそうになったがそれ以上に悔しさが勝って涙が更にぼろりと落ちた。 ライオスはそれはもう慌ててここを離れたそうにしていて、それをアタッカーが止めている。面倒臭いと思われているのだろうと考えると呼吸まで引き攣り始めた。 本格的に声を上げて泣くまであと……と言ったところで、カブルーはなんとか声を張り上げた。「パーティに入れてくだざいッ!」「えっ?」「あと九回パーティに入らないとフレンドになってくれないって……っ!」 ライオスを見つめながら言うと、アタッカーが仕方なさそうにライオスを睨みつける。「ライオス……あんたこの子のこと覚えてる?」「え? えーと……?」 まるで覚えていないという反応に、分かっていてもカブルーはショックを受けた。これも熱のせいだろうか。 するとヒーラーが即座に「ごめんなさい」とカブルーに謝る。「兄さんはちょっと人の顔を覚えるのが苦手なの。きっと前に兄さんのクエストを手伝ってくれた人なんだよね?」 兄さん。その単語に、ヒーラーがライオスに似ている理由がわかった。きっとリアルでも本当の兄妹なのだろうとカブルーは察する。ライオスがNPC以外にロールプレイをするわけがないし、する理由もないだろう。 彼女たちが、ライオスの言った一緒にプレイしてくれる人たちなのか。羨ましくて吐き気までした。 こんなに頑張っているのに、ライオスは自分をパーティに入れてくれない。それどころかフレンドにもなってくれない。 もうどうしたら良いのか分からなくて、混乱して、今にも暴れ出したい気持ちになった。 そんな時だ。ぽこんと音を立ててポップアップが目の前に表示される。 見慣れたフレンド申請のポップアップ。だがそれは、ライオスからのフレンド申請だった。 思わずライオスとポップアップを見比べると、ライオスは頬を掻きながらどこか照れ臭そうにしている。「もしかして、最近聞いた俺を追っているプレイヤーって君なのかな、と思って……悪いことをした。これで償いになるか分からないけど……」 そんな噂が立っているのか、とか、償いだとか、そんなことは頭に入ってこなかった。カブルーは震える手で、ただ承認ボタンを押した。 そして自分のフレンドリストを慌てて開き、その一番上に燦然と輝くようにして載っているライオスの名前。それを確認した後、カブルーは気絶して強制ログアウトを喰らったのだった。 現実でカブルーが目覚めた時には幼馴染が憤怒の表情で立っていた。その手にはカブルーのVRヘッドギアが握られていて、無理やり取られたから目が覚めたんだと察する。 窓の外を見ると日は高く、時間を確認すれば短針が二を通り越していた。 昨日も同じくらいの時間にログインした気がするから、つまり気絶から睡眠に移行してまる一日程度経っているということだ。「あっきれた! 風邪を引いたら少しはゲームしなくなると思ったら、ヘッドギアしたまま気絶してるなんて馬鹿じゃないの?!」「ごめ、ゲホッ、ゴホッ、ごめん、リンシャ……」 咳を交えつつ幼馴染のリンシャに謝る。しかし彼女は怒り心頭らしくカブルーの謝罪をさらりと受け流してしまった。「駄目、絶対許さない。何のために薬持ってお粥作りに来たと思ってるのよ……これはカブルーが風邪を治すまで私が預かっておくから」「リンシャ!? それはちょっと……!」「そうでもしなければまたゲームする気でしょ。最近カブルーはずっとゲームしっぱなしだったんだから、ちょうどいいわ」 嘘だろ!? せっかくライオスとフレンドになれたのに……?! と衝撃を受ける。 そして、あれは本当に現実だったのか? という疑問が生じる。ライオスからフレンド申請してくるなんて、熱が見せた都合のいい夢だったんじゃないか、と。 そうなると俄然不安になってきて、フレンドリストを確認しないと気が済まなくなってくる。「リン! お願いだ、少しだけログインさせて欲しいんだ! 確認したいことがあって……」「さっき言ったこと、もう覚えてないの? 駄目に決まってるでしょ」「頼むよリン、一生のお願い……!」「こんなことに一生のお願い使わないでよ……」 呆れながらも、それでもリンシャはカブルーにヘッドギアを返してくれることはなく。リンシャはまたお粥を作ると颯爽と帰っていってしまった。カブルーのヘッドギアを持ったまま。 絶望の淵を漂うカブルーは空な目でベッドに横たわる。こうなったら全力で風邪を治すしかない。 あまり食欲がなかったがお粥を飲むように食べ、薬を飲み込んで布団に潜り込んだ。 熱のせいか薬のせいか、眠気はすぐにやって来た。すぐに意識を失い、夢を見ることのない深い眠りについた。 ――次に目を覚ました時は頭がすっきりとしていた。代わりに体はべとべととしていて汗をひどくかいている。服を脱ぎ、リンシャが枕元に用意しておいてくれたタオルで体を拭く。 どこにあったか分からなくなっていた体温計も出されていて、本当に彼女は面倒見が良くて頭が上がらない、姉のような存在だ。 脇に体温計を挟み、ピピっと音がしたタイミングで脇から離す。体温は三十七度。カブルーの平均体温からすると微熱だ。この状態だとまだヘッドギアを返してもらえそうにない。 せっかくライオスとフレンドになれたかもしれないのに、それからログインしていないとなるとどうなるだろう。嫌なやつだと思われてないだろうか。 そう考えただけで胃がキリキリと痛みだし、今すぐにでもリンシャの元に行ってヘッドギアを返してもらいたくなる。 返してもらえないのならば新しいヘッドギアを手に入れるか、とまで考えが飛ぶ。どうしても今すぐにライオスとフレンドになっているか確認がしたい。 だって、あのライオスが! ライオスからフレンド申請をしてくれたというのに! すぐにでもログインして先日は気絶してログアウトしてしまって申し訳なかったことや、ライオスとフレンドになれて嬉しいということを伝えたい。 ライオスに見合うようにどれだけ頑張ってきたか聞いてもらいたい。ライオスとパーティを組んだ時からどれだけライオスのプレイに魅了されてしまったかを語りたい。 おかしい、普段は自分はこんな人間ではないはずなのに、ライオスに関しては色々と話したいことがいっぱいあった。ライオスにとってはくだらないことも、きっと楽しくないであろうことも、ライオスには聞いて欲しいと思ってしまう。 ああ駄目だ。自分が抑えられない、これも熱のせいだろうか? スマートフォンで新しいVRヘッドギアを眺めながら、やはりまずは熱を下げることに専念した方がいいかもしれないと頭が冷静になってくる。 ライオスとフレンドになった時、随分と情けない姿を晒してしまった。次はそうならないように気をつけなければ――思い出しただけで顔から火が吹きそうだ。 子供のように泣いて縋って、そうしてフレンドになってもらった。まるでおもちゃ屋の前で泣き喚いて親に仕方なくおもちゃを買ってもらった子供のようだった。 次はそんな粗相をしないために、カブルーは冷蔵庫にしまってあるゼリー飲料を流し込み、残った薬を飲むとベッドに横になる。次にライオスに会った時のイメージトレーニングをしていると、すこんと眠りに落ちてしまった。不眠症気味なのにこんなに眠るのは初めてだ。 夢の中でカブルーは、ライオスが引き付けている大型のモンスターに確実にダメージを与えていく。そうして倒れ伏したモンスターが消えてドロップアイテムだけになる。 アイテムは非常にレアなもので、カブルーはそれをライオスに渡そうすとした。けれどライオスはそれを受け取ろうとせず、むしろカブルーに譲ろうとする。 カブルーはそれに対して、あなたが敵を引き付けてくれていたから勝てたのだと力説し、ライオスこそがそれを受け取るべきだと熱弁して今度こそライオスにアイテムを渡した。 戸惑いつつ、ライオスがそれを受け取るのを確認したところでカブルーは満足し、ライオスの顔を見上げるとライオスが微笑んで……微笑んで? というところで目が覚めた。ライオスの微笑んだ顔が見れずに目を覚ましたことに悔しくなる。しかし、ライオスの微笑んだところなんて見たことがなかったから夢の中でもよく見えなかった。 早くライオスに会いたいという気持ちで体温計を脇に挟み込む。結果は三十六度前半、カブルーの平均体温だ。これならVRヘッドギアを返してもらえるとカブルーは適当に脱ぎ捨てていた服を選んで着込むと、鍵とスマートフォンだけを掴んで家から飛び出した。 リンシャの家までバスで十五分程度、待ち時間すら惜しくていっそ走っていくかと思ったが、病み上がりだからと我慢する。 やっとやって来たバスに飛び乗ってリンシャの家に向かう。ウォレットアプリの残高が片道分しかなくて、急いでチャージもしておく。 流れていく景色を眺めるが一時一時が惜しくて仕方がない。目的地について急いで降りると、リンシャの家に真っ直ぐと向かい、扉の前に立つとすぐにインターホンを鳴らす。 本当は何度も鳴らしたくなったけれど、彼女とそのご近所さんに迷惑をかけるわけにはいかない。 しばらく待つと、「カブルー!?」と中から声が聞こえて扉が開かれた。 ちゃんとドアスコープで確認してから出てることに感心しながら、それよりも、とカブルーはリンシャに近づく。「リンシャ! ちゃんと風邪を治したからVRヘッドギアを返してくれないか?!」「……来て早々にそれ? 本当に治したんでしょうね……」 呆れたように呟くリンシャに、ちゃんと治したから! とアピールした。 ほら、とリンシャの手を掴んでカブルーは自身のおでこに当てさせる。少し冷たいリンシャの手に、急いできたから熱が上がってしまっただろうかと焦るが、それよりも先にリンシャの手が引いた。「わ、分かったから! 返すわよ、ヘッドギア!」「ありがとうリンシャ!」 部屋の中に戻っていくリンシャに部屋に上がっていなさいと言われるが、カブルーは玄関先で大丈夫だと言ってただただ待つ。「ほら、これでしょ? ゲームするのもほどほどにしなさいよ」 持って来られたのは袋に大事に仕舞われているヘッドギア。受け取って中身を取り出し、特に問題がないことを確認し再度リンシャに感謝を述べるとさっさと帰ろうとした。「ちょっと! 待ちなさいよ、いきなりうちに来てそれだけ!?」「あ。ごめん、リン。看病してくれたお礼は今度するよ。今スマホと鍵しか持ってなくて……」 そういえば彼女には世話になったのだから、ちゃんとお礼の品を持って来なければいけなかった。 失態を詫びると、リンシャは片手で目元を覆ってしまい、長いため息を吐くと「もういい」と言ってまるでどこかへ行けとばかりにしっしっと手を振った。 それに甘えてカブルーはリンシャに背を向ける。ただし、扉から出る直前に振り返って一言だけ、「今度、リンシャが行きたがってたカフェで奢るから」 パチンとウィンクして言うと、リンシャは顔を赤くして「早く行け!」と大声で追い出される。カブルーは袋を大事に抱え、帰路へと着いた。 歩みは早足に、早足は駆け足に変わり、バス停を目指す。走っていけば次の便に間に合うだろう。早く帰ってシャングリラ・フロンティアにログインしたい。その思いがカブルーの足を急がせた。 帰って早々、カブルーはヘッドギアを装着し、ベッドに横になった。ライオスがログインしていたら彼に会いに行くだけ……それからちょっとパーティを組んでみたいと思いながら。リンシャに言われた事はとうに頭から抜けている。 久しぶりの幻想的な世界に、たった二日ほどのことだったのに懐かしさを感じた。フレンドリストを確認すると、確かにライオスの名があった。 そのことに感激しながら、とりあえずメールバードを先日のことについて謝る。無理やりフレンドにさせてもらったようなものだ。しかもその後、約二日も音沙汰がないなんて失礼すぎる真似をしてしまった。 一番早いがその分、金がかかる鳥にメッセージを託して飛ばすと、思いの外早くライオスから返事があった。一行目から誰何されるかと思ったが、どうやらカブルーのことを覚えてくれたらしい。 エンパイアビーに囲まれて死にそうになり、助けたら泣きながらフレンドになりたいと言って、フレンドになった途端に気絶した奴のことは流石にライオスも忘れたりはしなかったようだ。嬉しいよりも恥ずかしさが勝った。 ライオスのメッセージにはこの間のことは気にしていないと言うことと、むしろカブルーの心配をしてくれていて、しかも最後にはこれから会えないかと言う内容で締められていた。会えないか、のところでカブルーの心臓は跳ね上がった。 会いたい? ライオスからの誘いだと!? と混乱する一方で、震える手は「会いたいです」と打ち込んでいた。 カブルーが最後にセーブしていた宿屋のある街を書いてメールバードを送ると、またすぐにメールバードが返ってくる。そこには一言、「今すぐ向かう」とだけ。 確かにライオスに会いたいとは思っていたがいざ会うとなると緊張する。嬉しさで顔が緩みそうになるのを堪えて、自分の装備を見直した。 気絶によるリスポーンにはデスペナルティは特にないらしくステータスの下降は見られない。インベントリの中身も変わりはない。 装備を見直して特におかしいところがないことを確認した後、カブルーは街の入り口の方へ向かいライオスを待つことにした。 入り口付近でうろうろして、怪しいプレイヤーに思われただろう。ライオスを待ってると思っていると落ち着かなくて仕方がない。 時間にして五分くらいだろうか、街の外を眺めているとゆったりと歩いてくるライオスの姿を見つけた。見つけた瞬間、駆け寄りたくなる衝動を抑えてぎゅっと手を握りしめる。 しばらく待ってみるとライオスはきょろきょろと誰かを探す仕草をして、カブルーを見つけるとパッと表情が変わった。 カブルーに近づいて来て、口を開く。「えーと、……この間は大丈夫だった?」 ちらちらとカブルーの頭上を確認しているところから、名前はやはり覚えられていないのだろうと思いつつ、それでも顔は覚えられていたらしいことに感動する。「はい。この間はどうも、醜態を晒してしまってすみません」 メールバードでも伝えていたことをもう一度口頭でも伝える。するとライオスは驚いたような表情をして首を振る。「とんでもない、というか本当に大丈夫だった? しばらく様子を見てたが、あの時の君の動きはあまり良くなかったし、反応も悪そうだった」「あの時は……ちょっと熱を出していたので調子が悪くって……」 そう言うとライオスはもっと目を瞠って「熱が出てたのにゲームしてたのか!?」と声を挙げた。その声に驚いて思わず「はい!」と答えた。「駄目じゃないか! ゲームは健康だからこそできるものであって、無理をしてするものじゃない……って、すまない。君の場合は俺のせいだったな……」 しょんぼりと肩を落とすライオスに、逆に申し訳ない気持ちになる。カブルーが勝手にライオスを追いかけて、無理をして気絶したのだから。 あの時は焦りすぎていた。どうしてもライオスのフレンドになりたくて、寝る間も惜しんでゲームにログインして。 しかし怪我の功名というべきか、おかげで念願のライオスのフレンドになれたのだから無理をしても良かったかもしれないと思ってしまう。口には決して出さないが。「ライオスさんの言うとおり、あの時は僕が悪かったんです。今後は無理をしませんからたまにパーティを組んでくれますか?」 ライオスに見合うアタッカーになれたかはわからないが、これから一緒にパーティを組んだりして行動を共にしたい。期待しながら見上げると、まだカブルーに慣れていないらしいライオスはぎこちなく微笑む。「ああ、是非頼む。最近ファリンにもマル……アンブロシアからもフレンドと組めって言われているから」 やはり注意を受けていたのか、とカブルーは考える。それはそうだろう。ライオスにくっついて美味しい思いをしようとする奴なんて探せばいくらでもいそうだ。 それにしても是非と言われて、カブルーの気分は一気に浮上する。と、同時にはっとしてカブルーはライオスに詰め寄る。「も、もしかして俺のこともライオスさんをカモにしようとしているような奴だと思っていますか?!」 もしそう思われているなら由々しき事態だとカブルーは慌てる。そんな奴らをライオスに近づけないようにするためにここまで努力してきたのを、否定されてしまったら怖い。 きょとんとするライオスは、今度は自然な笑みで「そうは思ってないよ」とカブルーの不安を払拭してくれた。「君は……ブラウはそんな人には見えない。それに、噂では俺に会うために色々と頑張っていると聞いていたから、そんな人が俺をカモにしようなんて思わないよ」 本当にどんな噂が流れているのか……と聞きたくなったが、やめておくことにした。万が一ライオスのストーカーなんて呼ばれてたら凹む自信がある。いや、ある意味違くはないかもしれないが。「ああ、そうだ。ライオスさんなんて敬称はいらないから。普通にライオスで構わない。俺もブラウと呼ばせてもらうし」「えっ、あ、はい。よろしくお願いします、……ライオス」「うん、よろしく。ブラウ」 そう言って差し出された手に、一瞬だけ躊躇しながらもカブルーは手を差し出した。 ぎゅっと握られる手の感触に、やっとこの人の内側に入れたのだと思うと感動も一入で涙が浮かびそうになるのをぐっと堪える。 でもまだスタート地点に立っただけだ。これからどんどんこの人のことを知って、学んで、彼の隣に相応しいプレイヤーになろう。「じゃあこれからクエストを受けに行こうと思うんだけど、体調は大丈夫?」「大丈夫です! しっかり治してきました!」 じゃあ行こうか、とライオスに促されてカブルーはライオスの後をついていくのだった。畳む
第二話
「最近のブラウずっとログインしてんな」
「めちゃくちゃレベルアップしてんじゃん、廃ゲーマーになっちゃった?」
「確か学生だろ? あんま無理すんなよー」
などなど。ブラウこと、カブルーを心配してくれるフレンドの言葉にカブルーはにこりと笑ってウィンクを一つ、「無理のない範囲でやってるなら大丈夫だよ」とだけ答える。
嘘だ。だいぶ無理をしている。しかしカブルーは少しの暇でもあろうものならシャングリラ・フロンティアにログインするようになっていた。
ライオスの噂があればその場に駆け参じ、未到達の街でライオスの情報を聞けば野良パーティを組んでエリアボスを無理に倒して到達し、気がつけばレベルがかなり上がってレベル八〇もすぐそこ、と言うところまで来た。
装備の強化もライオスに追いつくためにやってきた。自分は軽戦士だからそれに見合うようビルドをしつつ、武器を作ってもらうためにフレンドの鍛治師のレベルを上げる手伝いまでした。どれもこれも、ライオスに再び出会うためだ。
彼に再会し、彼に見合うアタッカーでいられるように反射神経を上げるアプリをスマートフォンに入れて移動時間はプレイヤースキル向上のために当てている。
ライオスの情報を探しつつも時間がある時は苦手意識を持っているモンスターを相手にいかに効率よくキルできるかを考察する日々。
この執着心はなんだ、ライオスの何がこんなにも自分を執着させるんだ。そんな自問自答をしてもカブルーはシャングリラ・フロンティアにログインし続けた。誠に不健康である。
そしてその不健康が祟って、風邪を引いてしまった。風邪を引いたという知らせを聞いた幼馴染はすぐに駆けつけて、文句を言いながらお粥を作ってくれたことは覚えている。そのお粥を食べて薬を飲んで――カブルーはシャングリラ・フロンティアにログインしていた。
いつもの日課を行わなければ。技術というのは日々の鍛錬によって研鑽されていく。一日でも休めばその分、技術に曇りが出る。カブルーの心持ちはもはや匠の域まで達していた。
千紫万紅の樹海窟でカブルーはエンパイアビーに囲まれて戦っていた。相手はエンパイアビー・ハンターとは言え多対一。気を抜けばやられてしまう。カブルーはこういった集団モンスターを相手にするのが苦手だった。
もっと視界を広く持ち、情報を得て、的確に倒していかねば……。そう思うものの、熱に茹った頭ではうまくいかず。
いつもよりキレの悪い動き、避けられるはずの攻撃に当たってしまう苛立ち、増えていく敵の数に対する焦り。
ああ、今日はもう駄目かもしれない。インベントリに大切なアイテムが入っていなかったかをカブルーは頭の中で考えながら、だらりと腕を下ろした。
狙ったように頭に攻撃を仕掛けてこようとするエンパイアビーの針が頭を貫くかと思った時。
パキン、と何かが折れる音がした。同時に周囲に爆裂系の魔法が発動したのか、エンパイアビーが数匹まとまって爆発する。
何が起こっているのか分からずにいると、どこかライオスに似た女性プレイヤーが近づいてくる。
「大丈夫? 今回復するから」
そう言うと、彼女はカブルーに回復魔法を掛けてくれる。名前を見ればレベルはカブルーよりも上で九十二。遠くから魔法を打っている女性プレイヤーも同じくらい。そして何より――
「ライオス……!」
先ほどのエンパイアビーの攻撃からカブルーを守ってくれたのはライオスだったらしい。
数々の攻撃を受け流しては器用に爆発に巻き込まれるように弾き飛ばしている。その姿を呆然と見つめていた。
相変わらず無駄のない動きでエンパイアビーを弾いていくライオスに、まだまだ実力が追いついてないと実感してしまう。
「だ、大丈夫?」
心配そうにライオスに回復魔法を掛けてくれたヒーラーらしき女性プレイヤーがカブルーに問う。何の事かと思っていたら、どうやらカブルーは泣いていたらしい。
涙がぽたりぽたりと伝う。こんなところまでゲームで再現してくれなくても良いのに、と考えつつ、何とか涙を止めようと目元を拭い続けるが、涙は止まらない。
熱で感情が上手く抑えられないのだろう。カブルーの脳波を正確に拾い上げるシステムは、アバターのカブルーに涙を流させ続ける。これは現実でも泣いているだろうなとカブルーはどこか冷静に思考した。
やがてエンパイアビーが全部片付くと、こちらに気がついたライオスともう一人の遠距離アタッカーの女性プレイヤーがぎょっとした顔で固まっている。
泣いているカブルーに驚いているのがよく分かる。それはそうだろう、助けに入ったら泣かれるなんて想定もしていなかったはずだ。ライオスはあからさまにきょどきょどし始めた。
「だ、大丈夫かい?」
先ほどのヒーラーとまるで同じ質問をしてくるのに、思わず笑いそうになったがそれ以上に悔しさが勝って涙が更にぼろりと落ちた。
ライオスはそれはもう慌ててここを離れたそうにしていて、それをアタッカーが止めている。面倒臭いと思われているのだろうと考えると呼吸まで引き攣り始めた。
本格的に声を上げて泣くまであと……と言ったところで、カブルーはなんとか声を張り上げた。
「パーティに入れてくだざいッ!」
「えっ?」
「あと九回パーティに入らないとフレンドになってくれないって……っ!」
ライオスを見つめながら言うと、アタッカーが仕方なさそうにライオスを睨みつける。
「ライオス……あんたこの子のこと覚えてる?」
「え? えーと……?」
まるで覚えていないという反応に、分かっていてもカブルーはショックを受けた。これも熱のせいだろうか。
するとヒーラーが即座に「ごめんなさい」とカブルーに謝る。
「兄さんはちょっと人の顔を覚えるのが苦手なの。きっと前に兄さんのクエストを手伝ってくれた人なんだよね?」
兄さん。その単語に、ヒーラーがライオスに似ている理由がわかった。きっとリアルでも本当の兄妹なのだろうとカブルーは察する。ライオスがNPC以外にロールプレイをするわけがないし、する理由もないだろう。
彼女たちが、ライオスの言った一緒にプレイしてくれる人たちなのか。羨ましくて吐き気までした。
こんなに頑張っているのに、ライオスは自分をパーティに入れてくれない。それどころかフレンドにもなってくれない。
もうどうしたら良いのか分からなくて、混乱して、今にも暴れ出したい気持ちになった。
そんな時だ。ぽこんと音を立ててポップアップが目の前に表示される。
見慣れたフレンド申請のポップアップ。だがそれは、ライオスからのフレンド申請だった。
思わずライオスとポップアップを見比べると、ライオスは頬を掻きながらどこか照れ臭そうにしている。
「もしかして、最近聞いた俺を追っているプレイヤーって君なのかな、と思って……悪いことをした。これで償いになるか分からないけど……」
そんな噂が立っているのか、とか、償いだとか、そんなことは頭に入ってこなかった。カブルーは震える手で、ただ承認ボタンを押した。
そして自分のフレンドリストを慌てて開き、その一番上に燦然と輝くようにして載っているライオスの名前。それを確認した後、カブルーは気絶して強制ログアウトを喰らったのだった。
現実でカブルーが目覚めた時には幼馴染が憤怒の表情で立っていた。その手にはカブルーのVRヘッドギアが握られていて、無理やり取られたから目が覚めたんだと察する。
窓の外を見ると日は高く、時間を確認すれば短針が二を通り越していた。
昨日も同じくらいの時間にログインした気がするから、つまり気絶から睡眠に移行してまる一日程度経っているということだ。
「あっきれた! 風邪を引いたら少しはゲームしなくなると思ったら、ヘッドギアしたまま気絶してるなんて馬鹿じゃないの?!」
「ごめ、ゲホッ、ゴホッ、ごめん、リンシャ……」
咳を交えつつ幼馴染のリンシャに謝る。しかし彼女は怒り心頭らしくカブルーの謝罪をさらりと受け流してしまった。
「駄目、絶対許さない。何のために薬持ってお粥作りに来たと思ってるのよ……これはカブルーが風邪を治すまで私が預かっておくから」
「リンシャ!? それはちょっと……!」
「そうでもしなければまたゲームする気でしょ。最近カブルーはずっとゲームしっぱなしだったんだから、ちょうどいいわ」
嘘だろ!? せっかくライオスとフレンドになれたのに……?! と衝撃を受ける。
そして、あれは本当に現実だったのか? という疑問が生じる。ライオスからフレンド申請してくるなんて、熱が見せた都合のいい夢だったんじゃないか、と。
そうなると俄然不安になってきて、フレンドリストを確認しないと気が済まなくなってくる。
「リン! お願いだ、少しだけログインさせて欲しいんだ! 確認したいことがあって……」
「さっき言ったこと、もう覚えてないの? 駄目に決まってるでしょ」
「頼むよリン、一生のお願い……!」
「こんなことに一生のお願い使わないでよ……」
呆れながらも、それでもリンシャはカブルーにヘッドギアを返してくれることはなく。リンシャはまたお粥を作ると颯爽と帰っていってしまった。カブルーのヘッドギアを持ったまま。
絶望の淵を漂うカブルーは空な目でベッドに横たわる。こうなったら全力で風邪を治すしかない。
あまり食欲がなかったがお粥を飲むように食べ、薬を飲み込んで布団に潜り込んだ。
熱のせいか薬のせいか、眠気はすぐにやって来た。すぐに意識を失い、夢を見ることのない深い眠りについた。
――次に目を覚ました時は頭がすっきりとしていた。代わりに体はべとべととしていて汗をひどくかいている。服を脱ぎ、リンシャが枕元に用意しておいてくれたタオルで体を拭く。
どこにあったか分からなくなっていた体温計も出されていて、本当に彼女は面倒見が良くて頭が上がらない、姉のような存在だ。
脇に体温計を挟み、ピピっと音がしたタイミングで脇から離す。体温は三十七度。カブルーの平均体温からすると微熱だ。この状態だとまだヘッドギアを返してもらえそうにない。
せっかくライオスとフレンドになれたかもしれないのに、それからログインしていないとなるとどうなるだろう。嫌なやつだと思われてないだろうか。
そう考えただけで胃がキリキリと痛みだし、今すぐにでもリンシャの元に行ってヘッドギアを返してもらいたくなる。
返してもらえないのならば新しいヘッドギアを手に入れるか、とまで考えが飛ぶ。どうしても今すぐにライオスとフレンドになっているか確認がしたい。
だって、あのライオスが! ライオスからフレンド申請をしてくれたというのに!
すぐにでもログインして先日は気絶してログアウトしてしまって申し訳なかったことや、ライオスとフレンドになれて嬉しいということを伝えたい。
ライオスに見合うようにどれだけ頑張ってきたか聞いてもらいたい。ライオスとパーティを組んだ時からどれだけライオスのプレイに魅了されてしまったかを語りたい。
おかしい、普段は自分はこんな人間ではないはずなのに、ライオスに関しては色々と話したいことがいっぱいあった。ライオスにとってはくだらないことも、きっと楽しくないであろうことも、ライオスには聞いて欲しいと思ってしまう。
ああ駄目だ。自分が抑えられない、これも熱のせいだろうか?
スマートフォンで新しいVRヘッドギアを眺めながら、やはりまずは熱を下げることに専念した方がいいかもしれないと頭が冷静になってくる。
ライオスとフレンドになった時、随分と情けない姿を晒してしまった。次はそうならないように気をつけなければ――思い出しただけで顔から火が吹きそうだ。
子供のように泣いて縋って、そうしてフレンドになってもらった。まるでおもちゃ屋の前で泣き喚いて親に仕方なくおもちゃを買ってもらった子供のようだった。
次はそんな粗相をしないために、カブルーは冷蔵庫にしまってあるゼリー飲料を流し込み、残った薬を飲むとベッドに横になる。次にライオスに会った時のイメージトレーニングをしていると、すこんと眠りに落ちてしまった。不眠症気味なのにこんなに眠るのは初めてだ。
夢の中でカブルーは、ライオスが引き付けている大型のモンスターに確実にダメージを与えていく。そうして倒れ伏したモンスターが消えてドロップアイテムだけになる。
アイテムは非常にレアなもので、カブルーはそれをライオスに渡そうすとした。けれどライオスはそれを受け取ろうとせず、むしろカブルーに譲ろうとする。
カブルーはそれに対して、あなたが敵を引き付けてくれていたから勝てたのだと力説し、ライオスこそがそれを受け取るべきだと熱弁して今度こそライオスにアイテムを渡した。
戸惑いつつ、ライオスがそれを受け取るのを確認したところでカブルーは満足し、ライオスの顔を見上げるとライオスが微笑んで……微笑んで?
というところで目が覚めた。ライオスの微笑んだ顔が見れずに目を覚ましたことに悔しくなる。しかし、ライオスの微笑んだところなんて見たことがなかったから夢の中でもよく見えなかった。
早くライオスに会いたいという気持ちで体温計を脇に挟み込む。結果は三十六度前半、カブルーの平均体温だ。これならVRヘッドギアを返してもらえるとカブルーは適当に脱ぎ捨てていた服を選んで着込むと、鍵とスマートフォンだけを掴んで家から飛び出した。
リンシャの家までバスで十五分程度、待ち時間すら惜しくていっそ走っていくかと思ったが、病み上がりだからと我慢する。
やっとやって来たバスに飛び乗ってリンシャの家に向かう。ウォレットアプリの残高が片道分しかなくて、急いでチャージもしておく。
流れていく景色を眺めるが一時一時が惜しくて仕方がない。目的地について急いで降りると、リンシャの家に真っ直ぐと向かい、扉の前に立つとすぐにインターホンを鳴らす。
本当は何度も鳴らしたくなったけれど、彼女とそのご近所さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
しばらく待つと、「カブルー!?」と中から声が聞こえて扉が開かれた。
ちゃんとドアスコープで確認してから出てることに感心しながら、それよりも、とカブルーはリンシャに近づく。
「リンシャ! ちゃんと風邪を治したからVRヘッドギアを返してくれないか?!」
「……来て早々にそれ? 本当に治したんでしょうね……」
呆れたように呟くリンシャに、ちゃんと治したから! とアピールした。
ほら、とリンシャの手を掴んでカブルーは自身のおでこに当てさせる。少し冷たいリンシャの手に、急いできたから熱が上がってしまっただろうかと焦るが、それよりも先にリンシャの手が引いた。
「わ、分かったから! 返すわよ、ヘッドギア!」
「ありがとうリンシャ!」
部屋の中に戻っていくリンシャに部屋に上がっていなさいと言われるが、カブルーは玄関先で大丈夫だと言ってただただ待つ。
「ほら、これでしょ? ゲームするのもほどほどにしなさいよ」
持って来られたのは袋に大事に仕舞われているヘッドギア。受け取って中身を取り出し、特に問題がないことを確認し再度リンシャに感謝を述べるとさっさと帰ろうとした。
「ちょっと! 待ちなさいよ、いきなりうちに来てそれだけ!?」
「あ。ごめん、リン。看病してくれたお礼は今度するよ。今スマホと鍵しか持ってなくて……」
そういえば彼女には世話になったのだから、ちゃんとお礼の品を持って来なければいけなかった。
失態を詫びると、リンシャは片手で目元を覆ってしまい、長いため息を吐くと「もういい」と言ってまるでどこかへ行けとばかりにしっしっと手を振った。
それに甘えてカブルーはリンシャに背を向ける。ただし、扉から出る直前に振り返って一言だけ、
「今度、リンシャが行きたがってたカフェで奢るから」
パチンとウィンクして言うと、リンシャは顔を赤くして「早く行け!」と大声で追い出される。カブルーは袋を大事に抱え、帰路へと着いた。
歩みは早足に、早足は駆け足に変わり、バス停を目指す。走っていけば次の便に間に合うだろう。早く帰ってシャングリラ・フロンティアにログインしたい。その思いがカブルーの足を急がせた。
帰って早々、カブルーはヘッドギアを装着し、ベッドに横になった。ライオスがログインしていたら彼に会いに行くだけ……それからちょっとパーティを組んでみたいと思いながら。リンシャに言われた事はとうに頭から抜けている。
久しぶりの幻想的な世界に、たった二日ほどのことだったのに懐かしさを感じた。フレンドリストを確認すると、確かにライオスの名があった。
そのことに感激しながら、とりあえずメールバードを先日のことについて謝る。無理やりフレンドにさせてもらったようなものだ。しかもその後、約二日も音沙汰がないなんて失礼すぎる真似をしてしまった。
一番早いがその分、金がかかる鳥にメッセージを託して飛ばすと、思いの外早くライオスから返事があった。一行目から誰何されるかと思ったが、どうやらカブルーのことを覚えてくれたらしい。
エンパイアビーに囲まれて死にそうになり、助けたら泣きながらフレンドになりたいと言って、フレンドになった途端に気絶した奴のことは流石にライオスも忘れたりはしなかったようだ。嬉しいよりも恥ずかしさが勝った。
ライオスのメッセージにはこの間のことは気にしていないと言うことと、むしろカブルーの心配をしてくれていて、しかも最後にはこれから会えないかと言う内容で締められていた。会えないか、のところでカブルーの心臓は跳ね上がった。
会いたい? ライオスからの誘いだと!? と混乱する一方で、震える手は「会いたいです」と打ち込んでいた。
カブルーが最後にセーブしていた宿屋のある街を書いてメールバードを送ると、またすぐにメールバードが返ってくる。そこには一言、「今すぐ向かう」とだけ。
確かにライオスに会いたいとは思っていたがいざ会うとなると緊張する。嬉しさで顔が緩みそうになるのを堪えて、自分の装備を見直した。
気絶によるリスポーンにはデスペナルティは特にないらしくステータスの下降は見られない。インベントリの中身も変わりはない。
装備を見直して特におかしいところがないことを確認した後、カブルーは街の入り口の方へ向かいライオスを待つことにした。
入り口付近でうろうろして、怪しいプレイヤーに思われただろう。ライオスを待ってると思っていると落ち着かなくて仕方がない。
時間にして五分くらいだろうか、街の外を眺めているとゆったりと歩いてくるライオスの姿を見つけた。見つけた瞬間、駆け寄りたくなる衝動を抑えてぎゅっと手を握りしめる。
しばらく待ってみるとライオスはきょろきょろと誰かを探す仕草をして、カブルーを見つけるとパッと表情が変わった。
カブルーに近づいて来て、口を開く。
「えーと、……この間は大丈夫だった?」
ちらちらとカブルーの頭上を確認しているところから、名前はやはり覚えられていないのだろうと思いつつ、それでも顔は覚えられていたらしいことに感動する。
「はい。この間はどうも、醜態を晒してしまってすみません」
メールバードでも伝えていたことをもう一度口頭でも伝える。するとライオスは驚いたような表情をして首を振る。
「とんでもない、というか本当に大丈夫だった? しばらく様子を見てたが、あの時の君の動きはあまり良くなかったし、反応も悪そうだった」
「あの時は……ちょっと熱を出していたので調子が悪くって……」
そう言うとライオスはもっと目を瞠って「熱が出てたのにゲームしてたのか!?」と声を挙げた。その声に驚いて思わず「はい!」と答えた。
「駄目じゃないか! ゲームは健康だからこそできるものであって、無理をしてするものじゃない……って、すまない。君の場合は俺のせいだったな……」
しょんぼりと肩を落とすライオスに、逆に申し訳ない気持ちになる。カブルーが勝手にライオスを追いかけて、無理をして気絶したのだから。
あの時は焦りすぎていた。どうしてもライオスのフレンドになりたくて、寝る間も惜しんでゲームにログインして。
しかし怪我の功名というべきか、おかげで念願のライオスのフレンドになれたのだから無理をしても良かったかもしれないと思ってしまう。口には決して出さないが。
「ライオスさんの言うとおり、あの時は僕が悪かったんです。今後は無理をしませんからたまにパーティを組んでくれますか?」
ライオスに見合うアタッカーになれたかはわからないが、これから一緒にパーティを組んだりして行動を共にしたい。期待しながら見上げると、まだカブルーに慣れていないらしいライオスはぎこちなく微笑む。
「ああ、是非頼む。最近ファリンにもマル……アンブロシアからもフレンドと組めって言われているから」
やはり注意を受けていたのか、とカブルーは考える。それはそうだろう。ライオスにくっついて美味しい思いをしようとする奴なんて探せばいくらでもいそうだ。
それにしても是非と言われて、カブルーの気分は一気に浮上する。と、同時にはっとしてカブルーはライオスに詰め寄る。
「も、もしかして俺のこともライオスさんをカモにしようとしているような奴だと思っていますか?!」
もしそう思われているなら由々しき事態だとカブルーは慌てる。そんな奴らをライオスに近づけないようにするためにここまで努力してきたのを、否定されてしまったら怖い。
きょとんとするライオスは、今度は自然な笑みで「そうは思ってないよ」とカブルーの不安を払拭してくれた。
「君は……ブラウはそんな人には見えない。それに、噂では俺に会うために色々と頑張っていると聞いていたから、そんな人が俺をカモにしようなんて思わないよ」
本当にどんな噂が流れているのか……と聞きたくなったが、やめておくことにした。万が一ライオスのストーカーなんて呼ばれてたら凹む自信がある。いや、ある意味違くはないかもしれないが。
「ああ、そうだ。ライオスさんなんて敬称はいらないから。普通にライオスで構わない。俺もブラウと呼ばせてもらうし」
「えっ、あ、はい。よろしくお願いします、……ライオス」
「うん、よろしく。ブラウ」
そう言って差し出された手に、一瞬だけ躊躇しながらもカブルーは手を差し出した。
ぎゅっと握られる手の感触に、やっとこの人の内側に入れたのだと思うと感動も一入で涙が浮かびそうになるのをぐっと堪える。
でもまだスタート地点に立っただけだ。これからどんどんこの人のことを知って、学んで、彼の隣に相応しいプレイヤーになろう。
「じゃあこれからクエストを受けに行こうと思うんだけど、体調は大丈夫?」
「大丈夫です! しっかり治してきました!」
じゃあ行こうか、とライオスに促されてカブルーはライオスの後をついていくのだった。畳む