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カブライ / 転生・聖剣LOMパロ /  第一話
記憶なしカブルー×記憶ありライオスです。

 穏やかな最期であった、とライオスは思う。トールマンの平均年齢よりも数年も生きながらえた。
 看取ってくれたのは旅の仲間であったマルシル、竜の血が混ざりトールマンよりも長命となった妹のファリン。
 そして、我が半身と言っても過言ではない、愛すべき伴侶。また宰相として長く支えてくれたカブルー。彼もまたよく長生きしてくれたと思う。彼の方がライオスよりもいくらか若かったから、見送ってくれるだろうとは思っていたが些か長く付き合わせすぎた。
 彼らは涙を浮かべてはいたが、全員が微笑んで、ライオスの今際の際を見届けてくれた。
 視界が見えなくなっても声だけは最後まで聞こえていた。泣き出してしまったマルシルの頭を撫でてやりたかった。泣くのを堪えるように鼻を啜るファリンの肩を抱いてやりたかった。
 何より、「お疲れ様でした、我が王」と言ってくれたカブルーを強く抱きしめたかった。
 そこで意識はなくなり、ライオスは自分が死んだのだと分かった。人は死ぬとどうなるのだろうか。ライオスの魂は体から離れると、長いこと、昔の夢を見ることとなった。
 海に沈んでいたメリニがだんだんと発展していく様。悪魔の欲望を喰らった瞬間。妹のファリンを蘇生するために最低限の荷物だけを持って迷宮へと潜り込んだ日。人間嫌いが決定打となった学生時代。――そして、自分自身が生まれる瞬間。
 記憶にはないだろうに、黄金色の髪を僅かに生やした赤ん坊の自分が目を覚ました瞬間を、確かにライオスは見た。

 刹那、ライオスの瞳は、再びライオスの意思を持って開いたのだ。
 頭を動かし、ここはどこだとあたりを見渡す。周囲は見渡す限りに木々が植っている。
 しばらくして、ライオスがいる場所は深い森の奥のようであると気づく。森の中に潜む生き物の気配が色濃く感じられる。不思議な感覚だった。
 ライオスは混乱した。確か己は、仲間を、妹を、最愛の人を残して死んだはずだ。なのになぜ生きているのだろう。
 混乱していたが、それでも喉の渇きを感じてライオスは身を起こした。そこでようやく違和感に気づく。己の体が、人の形をしていないことに。
 ライオスが自身の体に目を向けると、黄金の鱗が見えた、その鱗に覆われた尾も、爬虫類のような足も。ぱちぱちと瞬きしてもそれらは消えなかった。
 急いでライオスは近場の湖を探した。感覚が鋭くなっているのか、どこに水場があるかすぐに分かった。
 四足の足で走る。走る。走る。
 あっという間に湖についた。湖はまるで鏡のように空や森を映していた。ライオスは恐る恐るその湖に近づく。そうして、そうっと湖を覗き込んだ。

 そこには四本の角を持った黄金の竜がいた。

 ライオスは驚いた。何度も身を起こしては体を確認し、湖を見遣り、くるくるとその場を回ってしまいには湖に落ちた。
 湖は大きな水飛沫を上げ、ライオスは這々の体で湖から這い出ることになったが、これで確定した。
 ライオスは、憧れていた竜に生まれ変わったのだと。
 三つ首ではないことには多少不満を持ったが、秀でて頭がいいわけではないライオスが複数の頭を持ったところで喧嘩してしまいそうだから良かったのかもしれないと考え、湖の水をごくごくと飲むと上機嫌に元いた場所に戻った。
 見よ、この黄金の翼を。ばさりと広げた翼を、首を回して見る。空を飛べそうだ。実際、試してみたところ飛ぶことができた。
 それならばブレスもできるのだろうかと試そうとしたが、空から見た森の美しさに、自然破壊はいけないと諦めた。
 それから数日はライオスは己が竜であることに現を抜かして過ごした。森の生物たちはライオスを恐れてか近づいてこないが、ライオスはその事に全く気づかずに。
 そんな日々を送っていたある日のことだ。
 鳥のような姿をした二足歩行の生き物が複数現れた。彼らは風読み士と名乗り、知恵のドラゴン、メガロードのドラグーンだという。
 知恵のドラゴンとはなんだ、ドラグーンとはなんだ。あまりにも格好いい響きに羨ましくなる。
「貴方が新しく生まれた知恵のドラゴンですね」
 すると一人がライオスのことを知恵のドラゴンと呼んできた。そんなものになった覚えはないが、ライオスがドラゴンであることには変わりない。
「えーと、知恵のドラゴンとは?」
 竜に生まれ変わって初めて声を発して、ちゃんと人語が話せることに驚いた。思わず目をまん丸にして前足で口元を覆う。もっと格好いい咆哮などを想像していたから、少し残念だ。
「……本当に知恵のドラゴンか?」
「知識が足りないように見える」
「威厳も足りていないな……」
 風読み士たちはヒソヒソと話しているが、ドラゴンになったおかげか聴覚が鋭くなっているため、丸聞こえである。王であった頃もよく言われたなぁなどと呑気に考えていると、一人が咳払いをしてライオスの前に出てきた。
「まずはお名前を伺っても良いでしょうか」
「あ、ああ。俺の名前はライオスだよ」
「ライオス様ですね。まずは知恵のドラゴンの説明からしましょう」
 そう言って風読み士たちはあたりを見渡すと、ライオスの体で隠れている洞窟の入り口を見つけた。ライオスは居座りがいいからここにいただけで、別に隠していたわけではないのだが。
 それを確認した風読み士はふむ、と頷く。
「ちゃんと役割は果たしているようですね」
「……ああ、もちろん」
 よく分からないがとりあえず頷いておくことにした。それらしく自分を見せるのは大事だと前世でよく言われたものだから、そうしておくことにする。
「安心しました。金のマナストーンを放置してどこかに行くほど馬……愚……知識が足りていないわけじゃないことがわかって」
 彼らがライオスのことをなんとか貶めないように言葉を探していたらしいが、十分貶めていることに気づいているだろうか。ライオスは気にしていないのだから、いいのだが。
 はて、金のマナストーンとは? 疑問を抱いていると、風読み士が再び口を開く。
「マナストーンは奈落から死者を蘇らせることもできる膨大な力を持つ特別な石。知恵のドラゴンは世界秩序の番人として、それを守らなければいけません」
 確かにあの洞窟の奥からは力強い何かを感じ取っていたが、死者を蘇らせることができる代物があったなんて。
 前世では迷宮内では当たり前のように蘇生ができていたが、それはシスルが迷宮に不死の呪いをかけていたからだ。悪魔がいなくなり、迷宮が崩壊後は死んだものは死んだまま。生き返らせることなんてできない。
 それは生き物としての成り立ちを、世界の秩序を壊すようなことだ。なるほど、世界秩序の番人。確かにそんな大それたものを任されているのなら、そう呼ばれるのも納得である。
 にしても、生まれ変わってもまた面倒な役割を担わされてしまったのかとライオスはがっかりする。
 ドラゴンに生まれ変わって、自由気ままに過ごせるかと思っていたが、そうもいかないらしい。ドラゴンという存在もどうも特別なものらしく――ライオスはそう聞いた時に大変興奮したが、なんとか表に出さないように気をつけた――人里に姿を現すことはないそうだ。
 もし人の世界に介入したいのであれば、自分自身のドラグーンを見つけることだとも教えられた。
 ドラグーンとはドラゴンと契約を交わした人間のことをいう。ドラゴンの命が絶えない限り何度でも蘇り、また歳も取らないらしい。それはすごい、ずるいんじゃないのか? とライオスは思った。
 しかし、ドラグーンか。これから長く生きていくことになるだろうライオスには、話し相手として欲しい存在だなとぼんやり思った。
 何せライオスはここから離れられないらしいので。

 最初の百年は自分の身体を検分して過ごした。ドラゴンという存在がどれだけ強いのか気になった。
 試しに一発、空に向かってブレスを放ってみたが、黄金の一閃によって綺麗に空が割れた。風読み士たちがやってきて苦情を言ってきたから、もうしないと約束した。

 次の百年はマナストーンについて研究した。眩く黄金に光るマナストーン。まさに金の名に相応しいそれは、ライオスが触れることを戸惑うほどの力を持っていた。
 どんな力が満ちているのか、それが悪用されたら世界はどうなってしまうのか、様々な思考を繰り返した。これは前世でいう、悪魔の力に似ているのだろう。そう考えるとぞっとしてしまう。
 これは絶対に守り切らねばならいと決意を固くすることになった。

 次の百年は戦いに明け暮れることとなった。人間たちがマナストーンを求めて森に進軍してきたのだ。大抵の人間は森の魔物たちが排除してくれるが、それでも奥まで到達してしまう人間はいる。
 この世界ではどんな姿をしていてもトールマンやハーフフットなど種族関係なく人間というらしい。色々な人種の人間がライオスの姿を見て怖気づき、しかし襲いかかってきた。
 伊達に一度魔物の姿になったわけじゃない。ある程度自分の耐久力も知っているし、この世界での魔力の力――マナと呼ぶらしい――についても使い方を覚えた。
 尻尾を振るい、前足で薙ぎ払い、呪文を詠唱してマナストーンを狙う人間たちを退けた。血に汚れる森に悲観しては、早く諦めてくれないかと祈るばかりだった。

 次の百年は、なんでも他の知恵のドラゴンが反乱を起こそうとしているらしいと情報が入った。しかしライオスはそんなこと言われてもどうすればいいのか分からない。何を思って反乱を起こそうとしたのかも分からないし。とにかくマナストーンを守らねばとだけ考えていた。
 だからライオスはただ静観を貫いた。そうしていたら、いつの間にか事は片付いたらしく、風読み士から噂のドラゴン――ティアマットというらしい。格好いい名前だ――は奈落に封じられたと知らされた。
 奈落に封じられたということは、死んだということではないのか? と思ったがライオスは特に何も言わず、ただ「そうか」とだけ告げた。

 それから――数百年と時が過ぎていった。
 外界との交流はなく、あったとしてもマナストーンを狙う不届きものばかり。ライオスはいい加減、一人でいることに飽きていた。前世では人に興味を持とうとしなかったライオスが、である。最近では前世であったことばかり思い出している。
 知恵のドラゴンとして生まれたからか、記憶は衰えず、今も鮮やかなまま。
 特に王として過ごしてきた日々を思い出していた。あの頃は大変だったけど、楽しくもあった。
 ブルネットの巻き毛の彼、ライオスの伴侶、若い身の上で宰相となったカブルーが支えてくれたおかげで、どんなに辛かった時もなんとか乗り越えることができた。彼が自分のために奔走してくれていたのをよく知っている。
 彼だけじゃない。妹のファリンも、マルシルも、センシも、チルチャックも、イヅツミも、ヤアドも、それから、それから。みんなが恋しい。
 ライオスが竜に転生したように、他のみんなもこの世界に転生していないのだろうか。そうだったらいいのに。
 それとも、もしかしたらみんなは他の世界に転生してしまったのだろうか。だとしたら一人ぼっちになってしまったようで、とても悲しい。
 けれど、それ以上にみんなには健やかに生きていてほしい。みんなには幸せにでいてほしいから。
 ぽとりと涙が一粒こぼれ落ちた。

 ドラゴンの存在は伝説とされ、人間が訪れることがなくなってきた。
 それならもう、いいんじゃないか。役目を投げ出して外の世界に行ってみても。そう考え始めたのは、孤独に耐えきれなくなったから。
 黄金に輝くマナストーンの近くにやってくる。ライオスはそっと目を閉じてマナストーンに触れた。
 ドラゴンという強大な存在のマナがマナストーンに流れ込んでいく。同時に、魔法陣をいくつも展開させて特殊な結界を作っていく。
 要するに、誰の手にも渡らなければいいのだ。ライオスの持ち得るマナを使って封印してしまえばいい。生半可な力では封印は解けないだろうし、そうすればライオスは自由の身だ。
 この世界であまりに長い時間を一人で過ごしてきた。もしかしたらマルシルよりも長生きしているかもしれない。
 詠唱を止めて魔法陣がぐるぐると回りだす。次の瞬間、眩い輝きに包まれていた。
「……うぅ」
 チカチカと真っ白に染まった世界がだんだんと視界が戻ってくる。洞窟内の冷たい剥き出しの岩肌。特に美味しくもなかった苔。そして一番に目に入ってくる……。
 そこではっとしてライオスは身体を起こした。マナストーンがあった場所に何もなくなっている。いや、何かがあるのはわかるが何も見えない。これはライオスや他のドラゴンだったらわかるが、他の生命体では気づけないだろう。
「うまくいった……!」
 やった! と力強く握り拳を作り、そこで違和感を覚える。ライオスは両手を自分の目の前に持ち上げた。
 そこには五本の指がそれぞれある人間の手が見えた。驚いてひっくり返ると自然と「グェッ」とカエルが潰れるような声が出て、また違和感を覚えた。
 ライオスは立ち上がって自分の身体を見回した。しなやかに動く体を纏う鉄の鎧。見覚えのあるそれはライオスがかつて人間で、そして冒険者であった時に纏っていた鎧と一緒だと気づいた。
 ぺたぺたと両手で顔を触ると頭部に毛髪、目と鼻と口を確認。急いでかつて水を求めて湖まで走っていった。
 随分と小さく、そして二足歩行になってしまったからか足が遅い。それでもやっとの思いでついた湖で、いつかのように水面を覗き込んだ。
 そこには遥か昔の、ライオスが人だった頃の姿が映っていた。年齢的には悪魔を倒した時と同じくらいだろうか。マナを流し込み過ぎたせいで、竜の姿を保てなくなったようだ。
 懐かしい己の姿に、しばしこんな顔だったか? と眺めること数時間。日が傾き始めた頃になってようやく自分を見つめすぎだと気がついた。
 ライオスは洞窟の方を一度だけ見遣り、顔を背けた。少しだけ、少し世界を回ってきたら戻るから。
 そんな言い訳をして、ライオスは森を後にした。

 ライオスは街道の遠くに町が見えてきたことに気づく。よく見ようと手をかざして遠くを眺めるようにすると、きゅるりと眼球が回ったような感覚の後に町の様子がよく見えるようになる。随分と牧歌的な町であった。村と呼んでもいいのではないかと思う規模の町。
 規模はともかく、ライオスにとって久しぶりの、今世では初めての人里だと思うと緊張してきた。まともに誰かと話すのは風読み士以来だ。
 自然と足が早くなっていき、気がつけば走り出していた。相変わらず森と同じで魔物は現れないためライオスの邪魔をするものはいない。
 疲れも空腹も感じないらしい今のライオスの体はまっすぐ最短距離で町に向かっていき、あっという間に町に着いた。
 しかしライオスは、町の入り口で立ち尽くしてしまう。喜び勇んでやってきたが、ライオスはこの世界の金を持っていなかった。風読み士曰く、(きん)を司る知恵のドラゴンらしいのに(かね)がないとはこれいかに。
 どうしよう、と悩んでいると背後に誰かが立ったのがわかる。相手も気配を隠そうとしていないのでやましいことがあるわけではないのだろう。
 ゆっくりと振り返って、ライオスは息を呑んだ。
 ブルネットの巻き毛に、綺麗なアーモンドの形をしたロイヤルブルーの瞳。彼には見覚えがあった。いや、あり過ぎた。
「か、」
「どうかしましたか、こんな町の入り口に立って」
 名前を呼びそうになった瞬間、被せるようにかつての恋人によく似た青年は笑った。ライオスもよく見たことのある愛嬌のある愛想笑いで。
 その笑顔を見てライオスは悟った。彼は何も覚えていない。いや、ただよく似ているだけの他人かもしれないことを。
「あ……その……」
「冒険者の方ですか? 宿屋はそこの道を左に行ったところにありますよ」
「え、いや、その……俺は金、を、持っていなくて」
 何を言っているんだろうとライオスは思った。そんなどうでもいいことを喋って。しかも久しぶりに喋るものだから声の出し方も忘れている。
 けれど青年は目を丸くすると、すぐにライオスのことを心配そうに下から覗き込む。
「街道で盗賊にでも遭ったんですか? 最近噂になっていますし」
「盗賊……そう! その、金を、払えば、許してくれるって……」
 言葉尻にいくほど声が小さくなっていく。名も知らない盗賊には申し訳ないが、悪者になってもらおう。
 それにしても盗賊なんているんだな、と呑気に考える。ライオスが街道を歩いていた時は誰とも、何とも遭遇しなかった。もはやこの世界でも魔物に嫌われているのだろうか。薄々と気づいていたが、とてもがっかりしてしまう。
 そのライオスの反応をどう受け取ったのか分からないが、青年は「許せませんね」と呟いた。どうやら盗賊に遭って落ち込んでいると取られたらしい。ますます名も知らない盗賊に対して申し訳なくなる。
「とりあえず酒場に行きませんか? お金のことは心配しなくて大丈夫です。俺もこう見えて冒険者をやっていて、パーティを待たせてるところで……」
「ちょっと、カブルー! いつまで待たせるつもり!?」
 酒場と思われる建物の入り口から濡羽色の長髪の女性が出てきた。ライオスは彼女のことも知っていた。カブルーのパーティにいた魔術師の女性だ。
 名前は確か――、
「リンシャ! ごめん。待たせるつもりはなかったんだけど、この人が困っているみたいだったから。なんでも街道で盗賊に遭ったみたいで」
「盗賊? またなの?」
 そうだ、カブルーが姉のように慕っていると言っていた女性、リンシャだ。そして先ほど、ただ容姿が似ているだけだと思った青年の名は。
「ああ、申し遅れました。僕の名前はカブルー。気軽に呼びすてで呼んでください」
 そう言って握手を求められる。やはり彼はカブルーだった。記憶は、ないけれど。
 数百年ぶりの再会に喜べばいいのか、それともすっかり忘れられていることに悲しめばいいのか。複雑になりながらもライオスはカブルーから差し出された手を握り返す。
「カブルー……よろしく」
「よろしくお願いします。ところで、あなたの名前をお聞きしても?」
「え、俺? ……あー、俺の名前は」
 そうだ、名乗られたのだから、こちらも名乗り返さなければ失礼に当たる。
「俺の名前は……センシだ。こっちも、呼び捨てでいい」
 気がついたらセンシの名前を名乗っていた。自分でも驚いたが、なんとか表情には出さなかった。けれど、リンシャの視線とカブルーの何か伺うような目から、偽名であることはばれているだろう。
「わかりました、センシ。では酒場に行きましょう」
 離れていく手の温度に寂しく思いながら、カブルーとリンシャに連れられて酒場へと向かうのだった。畳む
    
カブライ / 群青に嫌忌
カブルーくんがとても酷い男です。カブ→ライ前提のカブモブからのカブライ。(匂わせ程度)
カブがモブとキス程度のことはしてますがモブが非常に可哀想なので苦手な方は本当にご注意ください

 短命種の王が統治する、多種族の国家があると聞いて私はその国へ行くことにした。
 そこで私は、運命の出会いをしたのだった。

 戦災孤児だった私を育ててくれたのは長命種のエルフであった。育て親には申し訳ないが、まるで愛玩動物のように扱われ、生きていくにはあまりにも窮屈だった。
 どこに行くにも心配だと監視の目があり、育ての親が良かれと思って渡してくるものを好きにならなければいけない。自我がないように扱われるのは苦しくて仕方がなかった。
 だから成人を機に、育ての親の元を離れる事にした。育ての親は酷く嫌がったが、最終的には私が成長したのだと納得して送り出してくれた。
 いろんな場所を点々として、そうして最後に辿り着いたのが最近、噂になっていたメリニだ。
 沈んでいた伝説の大陸が浮上してできた国だとか、その国を治めるのは悪魔すら喰った悪食の王だとか、噂が絶えない。
 どこまでが本当なのかわからないが、ここならば私も自由に生きて行けるのではないかと思いメリニに訪れた。
 賑わう城下町で様々な種族が溢れているのを見て、感動してしまった。城下街には衛兵が常に街の中にを見回っているから安心して過ごせる。
 とりあえず路地に空いてある家を確保して、これから生活に胸を膨らました。まずは近場の酒場に行った。どんな人が集まっているから気になってたからだ。
 カランとベルを鳴らして酒場に入ると、そこにはトールマンはもちろん、コボルトやノーム、ドワーフなどが溢れていた。
(すごい……)
 本当にたくさんの種族が揃っている。それでいて誰もが楽しそうで、短命種長命種関係なく親しくしているのが目新しく見えた。
 私はそんな人たちを横目に、カウンターの席に座った。店主が何を頼むかと言ってきたので取とりあえず食事を頼んだ。
 出されてた食事はどれも美味しそうで、私は目を輝かせた。王が食事にこだわっているだけあって、どれも美味しそうだ。
 早速食事に手をつけようとした時、急に隣にどかりとトールマンが座り込んだ。
「お嬢さん、一人で食事かい?」
 どこか軽いノリで声をかけてきた男に、なんとなく嫌な予感がする。
「一緒に飲んだりしない? あっちの席で一緒に飲もうよ」
 ぐい、と強引に腕を引っ張れれて困惑する。どうしようと悩んでいる、その時だった。
「すみません、遅れてしまって。仕事が立て込んでて……」
 突然現れた褐色肌とブルネットの巻き毛の青年が私に声をかけてきた。申し訳なさそうに私に声をかけ後、私の腕を掴んでいた男に目を向けた。その目はゾッとするほど冷たく、気圧されてしまう。
 腰に剣を携えているのもあって、男はさっさと逃げていった。
 助かった、と思っていると、助けてくれた青年は私の隣に座った。
「すみません。お節介でしたか?」
「あっ、いいえ、助かりました……」
 改めて青年を見ると、端正な顔立ちに驚いてしまった。こんな人に助けてもらえたなんて、なんてラッキーなんだろうと思う。胸がどきどきと高鳴った。
「どうぞ、お食事の続きを。店主さん、僕にはいつものやつをお願いします」
 どうやら常連らしく、それだけ言うと店主はすぐに青年の前に木製のカップが出された。
 カップに口をつける仕草も綺麗で、私は思わずぼんやりと見惚れてしまった。私の視線に気づいたのか、彼はウィンクした。随分それが似合っていて、慣れているなと思う仕草。
 思わず視線を逸らして誤魔化す。フォークを持ってぱくぱくと食事に集中し、隣の彼に気取られないように気をつける。しかし、私の努力も虚しく隣に座った彼はにこやかに話しかけてきた。
「もしかして、移住してきた方ですか?」
「は、はひ……んぐ、どうしてわかったんですか?」
 素直すぎる私の回答に、彼はくすりと笑った。笑われて、顔が熱くなる。
「僕はこれでも顔が広いんですが、あなたのことは知らなかったので。もしかしてそうなんじゃないかなと思っただけですよ」
 赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、必死に食事に視線を落としていた私をフォローするように、彼は言ってくれた。
 ちらりと彼を見ると、群青の瞳が弧を描いて私を見つめていた。どこか楽しげで、なんとなく嬉しそうで。ますます顔が熱くなった私は、店長に問いかけた。
「この人が顔が広いって本当ですか?」
「うん? ああ、ここいらじゃ一番顔が広いのは間違いなくそいつだよ。すげぇぞそいつ、一度会っただけの相手の顔も名前も一発で覚えちまう」
 酒場の店主が言うのなら本当にそうなんだ……と感心して、そっと横目で彼を見る。
 確かにこれだけ顔が良くて、咄嗟に人助けもしてくれる人のことを嫌いになることなんてあるのだろうか。
 彼は店主の言葉に「それは言い過ぎですよ」と謙遜しつつ、またカップに口付けた。それから私の方を向いて。
「そういえばお名前をお聞きしても?」
「え、あ、私の名前はその、ライラです」
「ライラ……良いお名前ですね」
 うっそりと微笑む彼はどこか艶っぽかった。そうやって彼に見つめられると食事が進まなくて、行儀悪くフォークでトマトを転がす。
 彼はことりと音を立ててカップを置くと、スマートに立ち上がった。カウンターに銀貨をいくつか置き、また私の方を見て、今度はにっこりと幼なげな笑顔を向ける。
「僕の名前はブラウです。以後よろしくお願いします」
 そう言うと彼……ブラウさんは酒場を後にする。私はブラウさんの後ろ姿を、ただただ見つめていた。
 ――その後ろで、酒場の店主が苦い顔をしていた事に、気づくことができなかった。


 それから度々ブラウさんと会うことが会った。市場で買い物をしている時、ブラウさんと初めて会った酒場で食事をしている時、評判な薬屋で会うこともあった。
 そうやって何度も会っていくうちに、だんだん私がブラウさんに惹かれているのを自覚する。人当たりの良さ、気をつけてみなければ気付けないような優しさ、そしてたまに見せる、どこか愛おしいものを見るような目。そんな目で見られてしまえば、私はぐずぐずに溶けたチョコレートのようになって、立っているのもやっとだ。
 その日もたまたま市場で出会った時だった。
「それ、癖なんですか?」
「え?」
 指摘されたのは、私が肩まで伸ばしている髪の先を、指でくるくると巻いていた時のことだった。どこにでもいるようなくすんだ薄茶色の髪はちょっとしたコンプレックスで、ついつい指でいじってしまう癖がある。
 育ての親はとても可愛いよと言ってくれたが、私はもっと、綺麗な色の髪が良かった。育て親が綺麗な白銀の髪で、とても羨ましかったから。
 その事を素直に告げると、ブラウさんは「そんなことありませんよ」と真剣な眼差しで見つめられる。
「僕はあなたのその、実った麦の穂のような色の髪が好きですよ。光に助けるとまるで輝くような美しさを持っている」
 髪を絡める指に、ブラウさんの指が加わる。愛しそうに撫でられて、私の心臓はもう爆発するかと思った。顔が近い。そっと髪を一房取られて、ちゅ、と可愛い音を立ててそこに口付けられた。
 私はもう限界で、一杯一杯で、ブラウさんに胸を押し返そうとした。けれど彼の力は思ったよりも強く、離れてくれなかった。
「や、やめてください。こんなの、誤解しちゃう……」
「誤解じゃない、と言ったら?」
 え、と顔を上げると、間近に迫ったブラウさんの顔がそこにある。ひゅっと息を呑んだ。
「あなたの気持ちを教えてください」
「わ、私は……その……ブラウさんのことが――好きです……っ」
 言ってしまった。口から出した言葉はもう戻らない。私はぎゅっと目を閉じて、ブラウさんからの返事を待つ。
 すると、唇に柔らかい感触が触れたのだ。驚いて目を開くと、ブラウさんの群青の瞳と目が合った。その目は優しそうに細められていて。唇に触れているのがブラウさんの唇だと思うと、頭が真っ白になってしまいそうだった。
「――ありがとうございます。大切にします」
 唇から感触が離れていくと、ぎゅっと抱きしめられた。髪に顔を埋められてすぅと息を吸われる。恥ずかしくてたまらなくなったが、それ以上に嬉しさが込み上げてくる。恐る恐るブラウさんの背中に手を回し、抱きついた。
 ――だからその時は気づかなかった。ブラウさんが、ただ感謝を述べて、私のことを好きだと言ったわけではなかったことに。


 それからはブラウは路地にある私の家に訪ねて来るようになった。ブラウは私の髪が本当に好きなようで、よく頭を撫でられたり、髪を梳かれたり。その度に私は真っ赤になったが、ブラウはくすくすと笑うばかり。たまに口付けを交わして、ブラウは私の目尻をなぞった。
「知っていますか? 俺の瞳の色とライラの瞳の色は反対色になるそうですよ」
 白い肌、光がさすとまるで金色に輝く髪、そして瞳の色。まるで僕たちは対になっているるようだ。歌うように言うブラウは、よほど私の容姿を気に入っているらしく、このように何度も褒めてくれる。
 それが嬉しくて、そして対になっていると言われ、それが運命のように感じて。私は嬉しくて仕方がなかった。
 ブラウはなんの仕事をしているのかわからないけれど、時間を見つけては私に会いに来てくれていると言う。もっと会いたいと思うが、たまに目の下に隈を作っているところを見るときっと大変な仕事をしているのだろう。
 だから、そう言うのは……結婚してから、なんて思っていた。たまにブラウと街を回っている時に指輪を見かけると、どきりとしてしまう。いつか私たちも揃いの指輪をつける時が来るのかな、なんて考えて、一人でベッドで悶えることもある。
 ある日、お気に入りの薬屋に行くと、そこのあまり愛想のよくない店主が私を見つめていたことに気づいた。
 なんだろうと思っていると、店主は私に近づいてきて、「あなた」と一言声をかけた。
 店員と客としてしか接したことがなかったから、こうして話しかけられることに驚いたけれど、私は「なんですか?」と答える。
「あいつ……カ……ブラウ? と付き合ってるの?」
 訝しげに聞いてくる店主に、私はもしかして、と思った。彼女はブラウのことを好きなのかもしれない、と。
「もし付き合ってるならやめておきなさい。……痛い目を見る前に」
 やはりそうだ、と私は確信した。ここの店主とブラウは親しそうにしていたし、彼女はきっとブラウのことが好きなのだ。
 だからそんな酷いことを言ってくるのだろう。私は毅然として、「そんなこと、あなたには関係ありません」と答えた。
 店主はなんとも言いづらそうな表情になり、続ける。
「本当に、辛い目に遭うのはあなたなのよ。私はただ、真実を告げているだけ」
「辛い目になんて遭うわけないじゃないですか。あなたはブラウのことが好きなのかもしれないけど、彼の恋人は私です!」
 言い切ると、店主は驚いた顔をして目を瞠っていた。私は手に持っていた石鹸などを棚に戻すと、急いで店から飛び出した。
 心臓がドキドキと鳴っている。こんなにはっきりとブラウが私の恋人であると言ったことはなかったから、緊張してしまった。それにしても、なんて意地悪な店主なんだろう。
 横恋慕してくるだけならまだしも――実際はそれも嫌だけど――、口に出してくるなんて。
 何が辛い目に遭う、だ。辛い目に遭っているのは彼女の方だ。片想いしているブラウと付き合っているのは、私なんだから。私からブラウを取り上げたかったんだろう。
 そうは行くもんか、と私は鼻息を荒くして家路へと急いだ。もしかしたらブラウが来ているかもしれない。
 せっかく気に入ってのに、もうあの店には行けないな、と残念に思いながら、足を早める。
 ――この時、彼女の忠告を真剣に聞くべきだったと知るのは、それからすぐのことだった。


 土砂降りの雨が降っていた日のことだった。突然、玄関から扉を開く音が響いて、何事かと思うと濡れ鼠になったブラウがそこに立っていた。
 彼はどこかぼんやりとしていて、浮ついているようだった。どうしたの? とタオルを持って近づくとブラウは目をきらきらさせて、壮絶に美しい笑みを浮かべていた。
「ライラ……ああ、ライラ!」
 感極まったように私の名を呼ぶブラウ。どうしたのだろうかと心配になった。こんな雨の中、私に会いにくるなんて、仕事で何かあったのか? それにしては、ブラウは歓喜に満ちているようだった。
「大切なことを伝えに来ました」
 大切なこと、という言葉に、私はどきりとする。大切なこと、なんだろう。もしかして、こんな雨の中なのに急いで来たのは。期待に胸が膨らむ。
 そんな私を、ブラウは輝かんばかりの顔で。
 絶望へと突き落とした。

「お別れを言いに来ました」

「……えっ?」
 ブラウが何を言っているのかわからなかった。お別れ? なぜ? 私たち、あんなに上手くいっていたのに?
 動揺してしまい、私はタオルを投げ出して、ブラウが濡れていることも構わずに彼の肩を掴んだ。
「どうしたの? 急に……お別れなんて、冗談だよね?」
 へらり、と下手くそな笑顔を作って、先ほどのブラウの言葉を否定する。けれど、それでもブラウは残酷で。
「冗談ではありません。もう今後一切、あなたに会いにくることはありません」
 輝かんばかりの笑顔でそう言い切った。そうしてもう用は済んだとばかりに私の手を振り払い、家から出て行こうとする。
「待って! 待ってよブラウ!」
 私の声は届かず、ブラウは家から出て行った。
 私も土砂降りの雨の中であるのも構わず、家から飛び出てブラウの後ろ姿を探す。しかし、どこを見てもブラウの後ろ姿は見えない。
「ブラウ! ブラウ!!」
 必死に名前を叫んでも返事はない。私が声が枯れるまでブラウの名前を呼んだ。


 それから数日、雨の中で立ち尽くしていたせいか私は高熱で倒れてしまった。ブラウが私の家に来る気配はない。もう死んでしまいたいと思ったけれど、なぜか医者が家に来てくれて私の治療をしてくれ、気がつけば熱も下がっていた。
 どうして医者が私の家を訪ねたのかわからなかったが、私は熱に苦しんで死ぬこともできず。かといっていろんな人にブラウのことを尋ねても誰も答えてくれなかった。
 酒場の店主も、薬屋の店主も、苦々しい顔でブラウなんて男は知らないというのだ。
 そんなことが嘘であることぐらい、私にもわかる。どれだけ縋り付いて見せても、彼は、彼女は答えてくれなかった。
 そんな折。メリニの建国記念日ということで街中がお祭り状態になった。
 メリニの建国記念日ではたくさんの食料が提供され、あの悪食と名高い王が直々に挨拶するという。
 私はお祭り気分ではなかったけれど、私のことを心配してくれた近所の人が誘ってくれた。その人はなんでも王の知り合いらしく、挨拶も前の列の方で見れることになった。
 そこで、私は衝撃を受ける。
 日が頭の真上まで昇り、そろそろ祭りが始まるという時に、壇上に一人の男が現れた。獣のようなマントを纏い、どこか冷たい印象を持たせる顔の整ったトールマン。彼が噂の、と思っていた時だった。
「陛下!」
「国王陛下!」
「ライオス陛下!」
 どっと周りが湧き上がる。かなりの人望だ。そういえば世界を救ったとか言ってたっけ、と思い出す。
 この盛り上がり方だと、あながちただの噂ではなく、本当のことだったのかもしれないと私に思わせ るには十分だ。
 そんなすごい人が目の前にいる。日に照ってきらきら黄金のように輝く短い髪。北方の出自なのだろうか、日焼けとは無縁そうな白い肌。そして琥珀のような瞳。……あれ? と私が違和感を覚えかけた時だった。
「長い演説でせっかくの飯を冷ますのは勿体無い。みんな、楽しく腹いっぱい食べてくれ!」
 それだけ言うと、王はさっさと壇上を降りようとした。周囲はすぐに散り散りに料理を取りに行く。せっかくの建国記念日なのにそんな挨拶でいいのかと、王の背中を目で追っていたら。
 ブラウの姿がそこにあった。
「ブラウ!」
 私は気がついたらブラウの元へと駆け出していた。
 ようやく会えた、どうしてそんなところに? と私の中は、とにかくブラウのことでいっぱいだった。
 しかし、足を進めようとしたところで衛兵に止められる。ブラウは王の隣にいて、私はそんな王に近づこうとした不届きものに見えたのかもしれない。しかし違うのだ。私は、王の隣にいる青年を呼びたいだけなのだ。
「ブラウ! ねぇ、ブラウってば! どうして私の家に来てくれなくなったの?! お願い、ブラウ! 返事をして!」
 ブラウに向かって必死に喚く私に、反応したのは王の方だった。
「ブラウ……カブルー? 彼女は君の知り合いかい?」
 聞いたことのない名前。それに対して、カブルーと呼ばれた青年は、いいえとばかりに首を横に振った。
「知らない方です。ライオスも知らなくていい方ですよ」
「そうなのか? まあ君がそう言うのなら、そうなんだろう」
 王とブラウが親しげに会話している。今すぐ割って入りたかったが、ブラウが私のことを知らないと言ったことにショックを受けた。
 立ち去ろうとする王の腰にそっと腕を回すブラウ。彼は私のことなんか目に入っていないとでも言うように、王に向かって何か話しかけた。それに対して、王は優しく微笑んで答える。その時に見たブラウの表情は、あの雨の日に見た時と同じ、壮絶に美しい笑顔を浮かべていた。


 酒場の店主から話を聞いた。彼の名前はブラウではなく、カブルーと言って今は宰相補佐をやっている。
 実をつけた麦の穂のように輝く髪。日焼けを知らない白い肌。琥珀の瞳。どれも私と同じもの。それを王が持っていた。確か名前はライオスだったか。ああ、響きもなんとなく似ている。
 彼が求めていたのは私ではない。王だったのだ。私はただの代わりだった。

 私はメリニを出て、育ての親のもとへと帰ることにした。こんな痛みを知るために外の世界に出たわけではない。
 ああ、外の世界は怖いのだと言っていた育て親の言葉は正しかった。
 私は群青色の空を憎らしく見上げ、そして地面へと視線を落とした。畳む
    
カブライ / 外堀なんてなかった

 新生メリニの宰相補佐として働き出してから、カブルーはこの仕事が天職だと思った。
 複雑に絡み合う人間関係、腹の探り合い、いかに上手く相手を誘導してこの国に有利に物事を運ぶか等々……カブルーにとってはそれが楽しくて仕方がなかった。
 生憎とカブルーの仕える王はそう言ったことが大の苦手のようだが、それならばカブルーが支えればいいと思っている。人には向き不向きがあるのだ。
 もう少し人の顔や名前を覚える努力はしてほしいところだが、今のところは問題なくやっていけている。
 ところでカブルーには懸想している相手がいた。その懸想の相手が誰あろう、新生メリニの国王となったライオスである。
 カブルー自身でも認めたくはないが、ライオスのことを心から恋慕っていた。否、恋慕っている。残念ながら現在進行形の気持ちである。
 どうしてライオスのことが好きになったのかと内心で自分自身に問い詰めたが、気がついたら好きになっていたのだから仕方がない。理性も何もかなぐり捨てて逆に冷静になった自分が切り捨てた。
 きっと彼が国王となる前から好きだった。だから殺せなかったし、殺さなくて良かったと心から思っている。
 そんな相手と、どうこうなりたいと思うのは自然の流れで。幸いにも自分は今、最もライオスに近しい立場にいると自負している。
 この立場を利用しない手はない。仕事では親身になってライオスを支え、プライベートでも気の置けない友人として――本当にそうなっているかは別として――共に過ごす。
 カブルーが一人でいる時間よりも圧倒的にライオスと共にいる時間が多い。
 けれど、それでも足りない。
 ライオスは壊滅的に他人の機微を察することが苦手だった。だからカブルーがそれとなくアピールをしたところで気づきもしない。
 ならば別の作戦を取るべきだ。外堀から埋めていって、逃げられないようにしてからじっくりとライオスを手に入れる算段を考えるとしよう。
 将を射んと欲するものは、まず馬を射よと東方の言葉にある。それに則って協力者を得ようとカブルーは動き出した。
 ライオスの仲間たちであった人物たちに、それぞれ協力してもらうことにした。
 まずは顧問魔術師のマルシル。彼女はとても簡単だった。恋愛ものの本を渡し、カブルーのライオスへの密かな想いを伝えれば顔を真っ赤にし、妙なテンションで応援すると言ってくれた。
 次にカーカブルードで店を構えるチルチャック。きっと難航するだろうと思い、彼には土産でメリニで一番いい酒を持っていき、陽気に酒を飲んでいるタイミングで打ち明けた。すると彼は酒が不味くなるというような反応を見せたかと思うと、「お前も相当ゲテモノ喰いだろ」と言いつつも意外にもカブルーの味方になってくれたのだ。これは嬉しい誤算だった。
 そしてセンシ。たまたま城下町にいたところを捕まえて、一緒に食事に行かないかと誘った。それを快諾してくれたセンシを、美味しいと評判の店に連れて行き、思い詰めた表情でカブルーはライオスへ恋心を抱いていることを告げた。センシはというと、それはライオスの気持ちの問題だと言って積極的に味方をすることはないが、見守っているという姿勢を取ってくれることとなった。それでもありがたい話だ。
 イヅツミはというと、捕まえた時点で嫌そうな顔をするなり「勝手にしろ」と逃げていった。どうやら何か察していたらしい。積極的に邪魔をしてこないのならば問題はない。
 最後に、ファリン。彼女から協力を得られれば、何より頼もしいことはない。なにしろ彼女はライオスの妹で、ライオスとファリンの距離は非常に近い。あれほど仲がいい兄妹もなかなかいないだろう。
 ファリンには何を贈ろうか迷ったが、とりあえず彼女の好物のフルーツとクリームの乗ったケーキを用意し、お茶に誘うことにした。このケーキはまだ発展途上のメリニ城下町でもかなり有名な店のもので、手に入れるにはそれなりに苦労した。宰相補佐としての権限を私的な目的のために使うわけにはいかない。
 ファリンが帰ってきているタイミングで朝早くから店に並び、まるで宝石のように並べられたフルーツがたくさん乗ったケーキを買った。
 そして仕事がひと段落ついて時間が空いたタイミングで、ファリンに内密の話があると呼び出した。
 侍女に紅茶と買っておいたフルーツケーキの用意をしてもらい、それがテーブルの上に並んだタイミングで話し出す。
「今回、どちらまで旅に行かれたのでしたっけ」
 まずは当たり障りのない会話から、とファリンが行ってきた場所について尋ねる。
「そうだね、今回は東方大陸まで行ってみたんだ。近年は多国籍の人種が多くなって、いろんな文化が
見れるって聞いたから」
 ファリンは楽しそうな笑顔で答えてくれる。東方大陸はノーム最大の国家があるが、ファリンの言うように近年では短命種の流入が多く人口が急激に増え、様々な文化が入り混じっているのだとか。
 そんな会話から始まり、ファリンが旅の道中で経験したことや思案したことを聞きながら、頃合いを伺った。
「――ところで、ファリンさんに相談があるのですが……」
 一度ファリンが口休めに紅茶を手に取った時だった。今が好機とばかりに今度はカブルーが話し始める。
「ファリンさんをこのお茶会に誘ったのは理由があって、」
「うん、兄さんのことでしょ?」
 まさかそんな反応が返ってくるとは思わず、びくりとカブルーの手に変な力が入って、持っていたティーカップの中の紅茶が波を立てた。
 カブルーは目を瞠ってファリンを見つめた。いつから気づいていたのだろうか。
 ファリンのいつものようににこにこと笑っている。だが、その目は笑っていなかった。
「わかるよ、カブルーくん。いつも兄さんのこと、物欲しそうに見てるもん」
 相変わらずにこにこと、テーブルに肘をついて両手に顎を乗せ、歌うように言うファリンに、カブルーの背には冷たい汗が伝った。
 ふとテーブルの上に乗ったケーキを見れば、ファリンの前に置かれた切り分けられたケーキには一口も手がつけられていないことに気づく。今度は頬に汗が伝う。
「でもね、兄さんは、ファリンの兄ちゃんだから。ごめんね、これ、買うの大変だったでしょ?」
 言いながらケーキを指差すファリン。カブルーはただ一言、「そんなことは……」としか言えなかった。
 カブルーが何も言えなくなったのを確認すると、ファリンは今度こそ心からの笑顔を浮かべて「それじゃあね」と言い残して帰ってしまった。
 残ったカブルーは、自分が少しだけ食べたフルーツケーキを見下ろして、汗がだらだらと流れていくのを感じる。
 ――やってしまった、最も敵に回してはいけない相手を敵に回してしまった。
 ライオス攻略の上でファリンは最も重要と言える人物である。彼女が味方でいるのと、敵でいるのとで状況は大きく変わる。
『兄さんは、ファリンの兄ちゃんだから』
 ファリンの声が脳内で再生される。あれは、明確な敵対宣言だろう。きっとライオスとの仲を深めようとすれば彼女が邪魔してくるに違いない。触れてはいけない相手だった、と今更後悔する。
 しかし、どうやら彼女はカブルーの気持ちにも気づいていたようだった。それならば相談していてもしなくても変わらなかったのではないか。
 一口も食べられていないケーキを見ながら、カブルーは今後どうするべきか肩を落とした。
 そうしてやはり、と言うべきか。ファリンがしばらく城に残ると言い出した。
 マルシルは当然のように喜んだし、ライオスだって大切な妹が近くにいてくれるのは安心するのだろう。ただ、カブルーだけが苦い思いをしていた。
 嫌な予感がする。そしてその予感は当たるものだと確信していた。

「兄さん、仕事手伝うよ」
「休憩したら? お茶入れてくるね、兄さん」
「久しぶりに一緒に寝たいな……だめ? 兄さん」

 カブルーと二人きりになるのを阻止するためか、ファリンはライオスといたがった。
 流石に最後のお願いはカブルーが世間体やら外聞だのなんだのと言って却下したが。でなければライオスは確実に許可を出していた。仕方がないなと言って二人同じベッドで眠るのだ。それだけは阻止しなければならないとカブルーは本能半分、嫉妬半分で止めた。
 必然、カブルーはファリンとライオスに気づかれないように水面下での戦いが始まる。
「カブルーくんはよくやってくれてるって兄さんが心配してたから、たまには休んだらどうかな」
「いいえ、僕に取ったらこれは天職ですので。それに王を支えることに不満を持ったことはありませんし、ライオスが休むタイミングで休んでいますので」
「私的な時間を兄さんの護衛のために使わなくてもいいんだよ?」
「護衛のつもりはありませんから、大丈夫ですよ」
 傍から見たらカブルーとファリンの間に火花が飛び散っている。マルシルなんかファリンとカブルーと同時にいるとオロオロし始めるし、たまに城にやってくるチルチャックもどこか居づらそうにしている。気づかないのは間にいるライオスだけだ。
 ファリンに対して早く旅に出ろというカブルーと、早く兄を諦めろというファリンの戦い。
 マルシルはどちらの味方につくか悩んでうろうろしている。好奇心的にはカブルーにつきたいが友情的にはファリンにつきたい気持ちで揺らいでいるのだろう。
 今はなんとか笑顔でマルシルを牽制しているが、いつファリン側につくかわからない。そうなったらどんどん不利な立場になっていってしまうだろう。時折カーカブルードまで足を伸ばしてチルチャックに相談に行きたいが、そんなことをしている間にファリンからライオスへ何か吹き込まれたら困る。
 そうやって暫く水面下での戦いを続ける日々を送っていた、そんなある日のことだった。

「カブルー」
 久しぶりのファリンがいない執務室。ライオスと二人きりということで浮かれていたが、どこか沈んだ様子の声色でライオスがカブルーの名を呼んだ。
「はい? どうしたんですか、ライオス」
 どこか調子でも悪いのだろうか。顔を覗きながら返事をすると、ライオスはどことなく暗い顔をしていた。眉間に皺が寄って、辛さを我慢しているような、そんな表情。
 思わず持っていた書類を机に戻し、ライオスの肩を抱く。
「体調が悪いんですか? 最近は仕事もサボったりしないで真面目にしてましたもんね。今日くらい休んでも大丈夫ですよ。俺と――」
「ファリンが一緒にやるから、か?」
 カブルーの声を遮ってライオスがファリンの名を口にした。眉間にはさらに皺を刻み、目を細めて。まさかそんなことを言われると思ってなかったカブルーは目を見開いた。
「最近の君はファリンととても仲が良さそうだが、君はファリンが好きなのか?」
 まさかそんな質問されるとは。しかも、痛々しそうに問い詰めるように。
 カブルーは慌ててライオスの側で膝をついて見上げるようにライオスを窺った。
「ファリンさんに対してそんな感情は抱いたことはありませんし、ライオスより親しくしたつもりもありません。どうしたんですか、急にそんなことを聞くなんて」
 ライオスらしくない、と言おうとした瞬間。ぎゅっと手を握られ、ライオスの視線がカブルーを貫く。
「それなら、カブルーは俺の友人だろう? なら、俺よりもファリンを優先するのはやめてくれ」
 まるで子供の独占欲の塊みたいなことを言うライオスに、カブルーはどきりとする。言い切ってからライオスははっとしたように口を押さえた。まるで言うつもりではなかったかのように。
「違う、すまないっ。君にはたくさんの友人がいるのに、こんな子供じみたこと……忘れてくれ!」
 相手はファリンなのに……、と嘆くように顔を覆うライオスに、もしかしてとカブルーの鼓動が早まる。
 こんなに感情的になっているライオスを見て、期待してしまう。ライオスの言うのは本当に友情だけから来るものだろうか?
 カブルーは震えそうになる手を押さえて、ライオスの手を握り返した。
「ライオス、俺はあんたしか見ていません。最近は確かにファリンさんを優先していたかもしれないけど、それも理由があったからです。信じてください」
「理由?」
 一体どんな理由が、と言いたげなライオスに、ごくりと唾を飲み込んだ。外堀を埋めてからライオスを口説き落とそうとしていた。でも、外堀を埋める必要がなかったとしたら?
「俺が、ライオスのことを、好きだから。ファリンさんはそれを邪魔したかったんです」
「そんなことでファリンが君の邪魔をする? ファリンはそんなことしないだろう」
「違うんです。俺の好きが、友人としてじゃなく、恋人になりたいという意味での好きだからです」
 言った、言ってしまった。ライオスの手をぎゅっと握って額をライオスの手にくっ付けた。まるで許しを乞うように。緊張のあまり喉がからからに乾いている。
 カブルーは裁判で判決を下されるのを待つような心情で、ライオスの返答を待つ。
 しかし待てど暮らせどライオスは何も言おうとしない。代わりにライオスの手がじっとりと汗で滲み始めた。
 まさか嫌だったのだろうかと顔を上げると、おでこも耳も、顔中をトマトのように真っ赤に染め上げたライオスがいた。心なしか瞳が水の膜で覆われて潤んでいるように見える。それが伝染したように、カブルーも顔が熱くなってきた。
「き……みが、そんな風に俺のことを想っていてくれたなんて、気づかなかった……」
「こ、これでもアピールはしていたんですよ」
「そ、そうなのか……」
 空いている手で口元を隠して視線を逸らすライオス。たまらずぎゅうと抱きしめたくなったが、そこはなんとか自制する。
 ライオスは何か言おうと数秒の間、逡巡した後、ようやく口を開いた。
「正直、そんな風にカブルーのことを考えたことがなかった。でも、さっき、恋人になりたいと言われて、嬉しかった……これって、そう言うことなのかな。俺も、君のことがす、好きなのかな」
 顔を赤くしながら聞いてくるライオスに、カブルーの心臓はもう早鐘を打つどころじゃなかった。全力疾走した後のようにどくどく血液が身体中を回っている。
「俺に聞くと、俺に都合の良い答えしか言えないですよ」
「……うん、良いよ。カブルーにとって都合の良い方にとってくれ」
 擽ったそうに笑うライオスに、カブルーは逆に心臓が止まってしまうかと思った。再びライオスの手に額を擦り付け、涙が出るのを堪える。そんなカブルーの心配をして、ライオスが「カブルー?」と何度か声をかけてきたが、嬉しすぎてなかなか返事ができなかった。
 こうしてカブルーとライオスは想いを交わし合うことになったのだった。

「あーあ、ファリンの兄ちゃん、カブルーくんに取られちゃった」
「結果的に、あなたのおかげでライオスが自覚してくれたので感謝してますよ」
 いつかの時のようなお茶会。今度はファリンは悔しそうにフルーツケーキを食べていた。お礼というか、彼女から兄をとってしまったお詫びに。
 ファリンはフォークを動かす手を止めずに、しかしどこかしょんぼりしている。自分の行動を後悔しているのだろう。
「本当は知ってたよ。兄さんがカブルーくんのこと、特別に好きなんだって」
「えっ、そうなんですか!?」
「兄さんは自覚してなかったけどね」
 しばらくは自覚させるつもり、なかったんだけどなぁ。そんな風に呟くファリン。呟いてから、行儀悪くびしりとフォークでカブルーを指した。
「兄さんのこと泣かせたら、許さないからね。カブルーくん」
 ライオスと同じ琥珀色の瞳がカブルーを射抜く。真剣な表情に、カブルーもまた真剣な表情で答えるのだった。
「当然です。むしろ、世界で一番幸せにしてみせますよ。ライオスが泣くときはきっと、嬉し泣きですからご心配なさらずに」
 決して彼を悲しませることがないよう固く決意を改める。ライオスのことを幸せにするために、大切に彼を愛していこうと。
 ファリンはその答えに満足したのか、普段浮かべている笑顔になった。そして背後に声をかけるように、
「だって、兄さん。よかったね」
 と言い放った。
 カブルーが「え、」と思うと同時に、壁の影からライオスが出てくる。その顔を真っ赤にして。
「盗み聞きをするつもりはなかったんだ。たまたま通りかかったら二人の会話が聞こえて」
 そのまま立ち聞きをしていた、と。世間ではそれを盗み聞きするというんですよと指摘したくなったが、カブルーが言ったことは間違いなく本心なので何も恥じることはない。
 ただ、ライオスの気配に気づけなかったことの方がショックだった。ライオスとの関係を認めてもらうため、それだけファリンとの会話に集中していたということだが。
 ライオスが近づいてきて、カブルーの隣に座る。
「俺がカブルーと恋人になっても、ファリンは大切な妹であることは変わりないんだ。何も心配しなくていい」
 テーブルの上に置いていたカブルーの手に、ライオスがそっと自分の手を重ねた。カブルーはそんな何気ない所作にどきりとしつつ、視線はライオスに向いたまま。
 ファリンはきょとりとして、それからくすくす笑う。
「わかってるよ。兄さんは私のこと、大事にしてくれてるって」
 そう言ってファリンはフルーツケーキの最後の一口を食べると、ぐっと背伸びをした。
「見せつけられちゃった。もうお腹いっぱい。兄さん、カブルーくん、幸せになってね」
 私はまた旅に出てくるから、と言い残してファリンは去っていった。ライオスはその後ろ姿にただ一言、「気をつけるんだぞ」とだけ投げかける。
 残されたカブルーとライオスは、どこか気まずい気持ちになりつつも、そんな空気も悪くないと思っていた。
 そんな中、ライオスがカブルーの手をきゅっと握る。
「カブルーは俺を世界で一番幸せにしてみせると言ったけれど。それは俺も同じ気持ちだから」
 まさかそんなことを言われると思っていなかったカブルーの目が見開く。
「だから、二人で世界で一番幸せになろう」
 ――この国で。緊張した面持ちで言い切ってやったぞと、どこか満足げな空気を醸し出しつつライオスは一息ついた。
 やはりこの人には勝てないないな、とカブルーは思いながら、それに答える。
「もちろんです。この国で、世界中の誰よりも幸せになりましょう。ライオス」
 にこりと微笑んで見せれば、つられたようにライオスも笑った。畳む
    
カブライ / R18 /教えて隣のお兄さん
小6→高1からの中2→高3エロです。
♡喘ぎがちょっとあります。
鍵はカブルーの誕生日です。

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カブライ / シャンフロパロ / 楽園開拓
第一話

 世の中にはたくさんのゲームが溢れている。フルダイブゲーム、VRが流行りだしてからは加速度的に様々なゲームが販売されていった。
 特にVRMMORPGというジャンルの中には、発売から半年もしないうちにVRMMORPGの金字塔とも呼ばれるゲームがあった。
 その名もシャングリラ・フロンティア。
 玉石混交のVRMMORPGの中で、間違いなく至上のゲームの一つと呼ばれている。発売されてからわずか半年で世界で最もプレイされたゲームとして世界記録に載っているのがその証だ。
 NPCにも軍用AIなどを惜しげもなく搭載しており、まるで本物の人間と会話しているようだと評判である。
 そんなゲームを、カブルーは友人たちの勧めですプレイしていた。
 もともとゲームなどには興味はなかったが、友人たちがこぞって神ゲーであると語るのならば、その話に置いていかれないようにするためにカブルーはプレイしてみることにしたのだ。
 初めて買ったVR機器やゲームの代金など初期費用は高かったが、始めてみるとこれは買ってよかったとゲーム初心者であるカブルーでもシャングリラ・フロンティアの面白さにのめり込んでいった。
 初めてのフルダイブ型のゲームは、まるで自分の普通に体を動かすようにゲームのアバターであるカブルーの体も動いた。初めての体験に心が躍ったのを覚えている。
 何かと器用に熟すカブルーはすぐにゲームに適応して、友人と一緒にパーティを組んではモンスターの討伐をしたり、新たな街を探したりと楽しんでいた。NPCがほぼ人間と変わらないことから、NPCとの会話も大事にしていたカブルーはプレイヤー、NPC間の間でも顔が広い。
 現実でも人間好きが高じて友人が非常に多くいるカブルーの才は、ゲーム内でも遺憾なく発揮される。
 そんな、ゲームも私生活も満喫していたカブルーの耳に一つの噂が聞こえてきた。
 何でも、モンスター愛好家のクランに入らず、一人でモンスターについて調査しているプレイヤーがいるらしい。
 そのプレイヤーはタンク職をしていて、その能力は非常に高いのだとか。たまたま一緒にクエストに同行したプレイヤー達は口々に一緒に戦っていてあんなに楽に戦えたのは初めてだったと言うのだ。
 ただし相当な変人かつ人嫌いのようで、クランに勧誘してもフレンド申請しても素気無く断られるのだとか。
 一人で受注できないクエストが発生した時のみ、その場限りのパーティを組むために向こうから声をかけてくるのが常らしい。
 なんてそんなことを、カブルーこと、プレイヤー名「ブラウ」は己に声をかけてきたプレイヤー名を見ながら思い出していた。
 変人プレイヤーの名は「ライオス」。そしてカブルーに声をかけてきたプレイヤーの名もまた、「ライオス」だった。

「すまないが、一人では受注できないクエストが発生してしまったんだ。一時的でいいから俺とパーティを組んでくれないか?」
 重戦士の鎧を装備した灰白色の髪をしたプレイヤーことライオスは、どこか冷めた眼差しでそう声をかけてきたのだ。それが人にものを頼む態度なのかと思うような物言いだったが、そんなことよりも噂の人物と出会ったかもしれないという好奇心が勝った。
 カブルーは人好きのする笑顔を浮かべて彼の提案を受け入れる。
「いいですよ、ちょうど素材でも狩りに行こうと思っていたところなんです」
「ありがとう。アタッカーがいないと厳しいと思っていたんだ」
 腰にロングソードを差した明らかに軽戦士の姿のカブルーに戦力を求めていたようだ。ちらりと見たライオスのレベルは五〇を超えている。カブルーはシャンフロを始めたばかりで、レベルはまだ三〇を少し超えたところだった。
 レベルの違いは気にしないタイプなのだろうか。それとも三つ目の街、サードレマで受注するクエストなのだから、そこまで実力は求めていないのか。
 人間という生き物が好きなカブルーは、噂を聞いた時からライオスという人物がどのような人間なのか気になっていた。こうして機会が来たのだからそれを逃す手はない。
 ライオスからパーティーの申請が来たのを確認し、もちろん了承する。
「ついて来てくれ」
 そう言って歩き出したライオスの後をついて行くと、上級階層が住む上層エリアへと向かい始めた。
 サードレマはファンタジーでよく想像されるタイプの大都会だ。中心に城があり、そこから街が円形のように広がっている。中心部はもちろん太公など城に住まう者たちが住んでおり、そのすぐ外側に貴族達が住む上層エリアがある。さらにそこから門を挟んで一般市民が住むような下層エリアがあるのだ。
 上層に行けるのは太公の許可証がなければならない。入ろうとすれば門兵に止められてしまう。しかしライオスは、門兵のNPCに止められるどころか軽く挨拶を交わして上層エリアへと足を踏み入れた。
 まさか上層エリアに行くとは思わず固まってしまったカブルーだったが、ライオスの「どうしたんだ?」という声にハッとして、ライオスと同じように門兵に頭を下げて上層エリアへと踏み込んだ。
 初めて来る場所、平民達が住む下層エリアとは違った雰囲気にカブルーの興味がそそられたが、ライオスに置いて行かれるわけにはいかない。
 カブルーでさえ貴族のNPCとの繋がりはないのに、ライオスは一体何者なんだ、ということの方が気になった。
 やがて大きな屋敷の前に着くと、ライオスはドアノッカーをごんごんと鳴らして扉から少し離れる。すると中から老齢の執事が現れ、ライオスのことを確認すると顔を綻ばせた。
「おお、ライオス様。よくいらっしゃいました。ご主人様がお待ちです」
「待たせて申し訳ない。ようやく連れが見つかったんだ」
「それは良かった。お連れ様も是非中へどうぞ」
「……あ、ありがとうございます」
 そう言って開かれた扉の奥は、一目で高価だとわかる調度品が並んでいる。ここにあるものをいくつか売るだけで、どれだけいい武器が買えるか。
 そんなことを一瞬考えたけれど、それ以上に。ライオスが微笑んでNPCの対応を受け入れいたことの方に驚いた。
 プレイヤー相手にはあんなに冷たい目をするのに、NPCには親しみを持って相手をしている。
 それに。冷たくカブルーを射抜いた琥珀色の垂れ目が、ふにゃりと柔らかく笑みを浮かべたことに、カブルーは息を呑むほど見惚れてしまった。
 ネタプレイに走らない限りキャラクリエイトは普通に行うものだ。ライオスの容貌は灰白色の短い髪に、琥珀色の垂れ目、身長は一八〇を超えたくらいか。
 高身長だが特出するほど美形というわけではない。パーツが綺麗にあるべき場所に嵌まっているだけだ。
 なのにカブルーはライオスの柔らかく笑った表情が衝撃を受けるほど美しいと思った。他のプレイヤーは彼のあの表情を知っているのだろうかと思うと胃の腑がむかつく気がした。
 この感情はなんだとぐるぐると考えていると、執事のNPCが言っていたところのご主人様の元へ連れて行かれた。
「やあライオス! 来てくれて助かったよ!」
「こちらこそ、新しい魔物の情報と聞いて」
 にこやかに挨拶し合う二人は仲の良い友人のように見えた。いや、友人なのだろう。こんな立派な豪邸を持つNPCと友人になるなんて、一体どんな伝手があったらなれるのかと疑問に思う。
 しかしライオスは今ロールプレイ中。話しを遮るわけにはいかない。
「私の持つ別荘の付近にある湖に魔物が出てね……対処してくれないか?」
「魔物とは、どんな?」
「ナックラヴィーだ」
 ナックラヴィーと聞いてライオスの目が輝く。反対に、カブルーの顔は青ざめる。
「湖にナックラヴィーが? 淡水はナックラヴィーの弱点のはずだ」
「そうなんだ。きっと変異種かなにかだと思う。ライオス一人では心配だったが、連れもいるようだし、どうか君たちに処理を任せたい」
 NPCの言葉と同時にポップアップが現れ、そこに書かれた内容にカブルーは絶句した。
『クエスト「湖畔の狂馬」を受注しますか? 推奨レベル:65』
 ライオスのレベルすら超えた推奨レベルと、変異種のモンスターという言葉に目眩がした。カブルーのレベルを三〇も上回る、それも変異種を相手にしろだ? 死ににいくようなものだ。
 カブルーは喜んで『はい』を押そうとするライオスの手を止める。
「待ってください! こんなの、無謀です!」
「? どうしてだ? タンクとアタッカーがいればなんとかなるだろう」
「……っ推奨レベルがどう考えても僕たちには見合いません!」
「なんだ、そんなことか」
 そんなことと言われ、カチンとくる。もっと高レベルの人を連れてくるべきだと進言しようとした時だった。
「大丈夫だ。何があったとしても、俺が君を守りきる」
 真顔で、真っ直ぐと視線を向けられて、そんなことを言われたのは。
 現実のカブルーの顔が熱くなるのを感じた。咄嗟にアバターの頬を抑えて熱くないかを確認してしまった。きっと表情に変化はない、はずだ。
 しかしなんて恥ずかしいことをさらりと言ってのける男なんだと、カブルーの中でライオスに対する認識を改める。本人は意識していないのだろうが、異性が聞いたら勘違いを起こしてしまいそうだ。
 そうやって熱を持った頬を冷ましていると、ライオスがクエストを受注してしまった。こうなってしまえばカブルーも覚悟を決めるしかない。どうにでもなれ、という気持ちで『はい』を押した。


 受注が決まったのならとカブルーはインベントリに入る限り武器を揃えた。勿体なくて普段使わないような武器も、今回は出し惜しみしている場合ではない。ライオス曰く、カブルーに回復薬は必要ないということを言っていたのを信じて。もしもこれで死んだら晒してやる、という気概も持ちながら。
 貴族のいう別荘の場所は、サードレマからセカンディルに向かう道から逸れた森の中にあった。
 森の中は木漏れ日がさして、小動物などの生き物の気配もして心地がいい。確かにここなら別荘を建てたくなると思うような場所だった。
 その別荘で一度装備を整え、向かうは湖だ。湖に近づくにつれ、気配を殺して進むようになる。
 森の向こうにきらりと光るものが見えたと同時に、ライオスがばっと手を伸ばしてカブルーに止まるよう合図する。
「……ナックラヴィーがいる」
 小声で呟くライオスの瞳は、先ほど何かが光った方向へ向いていた。どうやら光は湖面を反射したものだったらしい。つまり、湖がある。それがどういうことかわかって、カブルーは緊張した。
 ナックラヴィーは本来は海の近くに出るモンスターだ。つまり旧大陸の最後の街、フィフティシアの近くで出るモンスターである。
 そんなところに出るモンスターが、こんな場所に、しかも変異種として現れている。本当に倒せるのかと不安が襲ってくる。ちらりとライオスを見上げると、その表情にカブルーは目を瞠った。
 ライオスの瞳は爛々と輝いて、じっと湖畔を見つめている。いや、視線の先を追うと、ナックラヴィーを見つめていた。
 初めてナックラヴィーを見たカブルーはその姿に思わずえずきそうになった。
 上半身は首のない人間のような姿をしており、皮膚がないため筋肉や血管がよく見える。腕の長さは地面に届きそうなほど長く、それが異様さを引き立てている。
 下半身は馬のような四本脚ではあるが、とても馬とは思えないほど脚が太かった。
(どこが狂馬だよ……! 化け物じゃないか……!)
 シャングリラ・フロンティアはグラフィックもリアルに寄せているし、綺麗なせいで筋肉の動きや血管の脈動がよくわかる。気持ち悪さに口元を覆い、ライオスの方へと視線を戻したがそちらにも驚くことになった。
 ライオスが嬉しそうに笑っているのだ。それもどこか興奮したように。
「ナックラヴィー……フィフティシアまで行ったことがないから初めて見たが、凄いな。フィフティシア付近ではあれが普通のモンスターとしてポップしているのか」
 嬉しそうに早口で言う姿は本当に嬉しそうで、写真を撮ったりメモを取るのに夢中になっている。
「そういえば、言うのを忘れていたがナックラヴィーは毒の息を吐くから気をつけてくれ。一応毒消し薬は持ってきているが、念のために伝えておく」
 ナックラヴィーの顔のあたりを覆う霧のようなものが何かと思っていたら、毒の息らしい。そういう情報はもっと早く言え! とカブルーは文句を言いたくなった。
「ナックラヴィーは本来、淡水が弱点なんだ。だから出会ったら川に逃げ込むといいんだが、この変異種はきっと逆に海水に逃げた方がいいんだろう。もっとも、この近くに海水なんてないけれど」
 だから倒すしかない、と。声に出さないライオスの言葉の続きをカブルーはしっかりと聞き取れた気がした。
「ナックラヴィーの後ろには回らない方がいい。後ろ蹴りされたらきっとそれだけでHPを持ってかれてしまう」
「正面は毒の息があるんでしたっけ?」
「正面は俺が対処するから問題ない、横から攻撃をしてくれ。大丈夫。俺と君ならあいつを倒せる」
 ぽんとライオスに肩を叩かれて、言われる。たったそれだけでカブルーは出来るという気持ちになれた。
 なんの確証もないのに、どうしてこんなにもこの人を信じたくなってしまうのは何故だろう。
 カブルーはインベントリから片手剣を取り出し、準備をする。カブルーの準備が済んだのを確認したライオスは、カブルーの方へと向き直ると、詠唱を始めた。
「わたしの歌よ、カバノキの歌、芽吹き、葉がしげり、やがて花をつけ、そして木々の間からのぼる太陽は森を温め、樹皮の下にかくされた命の液をくみあげる」
 その呪文はカブルーのステータス全体を上昇させた。サブ職に付与術師でも設定しているのか詠唱に淀みがない。詠唱を全部覚えていることをに驚きつつ、その声の聞き心地の良さにもっと聞いていたいと思ってしまった。
「よし、行こう」
「は、はい。わかりました」
 ぐっと片手剣を持つ手に力を入れ、ライオスと同時にナックラヴィーに向かって茂みから飛び出す。
 バックアタックの形を取れたのが幸いしてまずはカブルーの一閃が入る。そこでようやくカブルーたちの存在に気づいたナックラヴィーが怒ったように体を赤く染め上げ、暴れ出した。
 カブルーは咄嗟にバックステップでそれを避けライオスは真っ向から盾で受け止める。そのまま流れるようにシールドバッシュを発動させ、ヘイトをカブルーから奪う。
「沼地の島として、平原の丘として、妖精丘の木として、月が欠けゆく空の星として、手の中の静かな剣として、先祖に愛される子どもとして、森の真ん中で、あらゆるものを前に勇敢でいられますように」
 ナックラヴィーをいなしつつ、再びライオスの詠唱が聞こえる。しかしカブルーにはなんの効果もなかったからあれはライオス自身にかけたバフなのだろう。魔法職を取っていないカブルーにはどんな効果があるのかわからなかったが、それでもライオスの詠唱を再び聴けたのが場違いにも嬉しくなってしまう。
「君っ! 攻撃を!」
 ライオスの声でカブルーはハッと止めていた思考を戻し、ナックラヴィーへと向き直った。DPSが圧倒的に低いのだから長時間掛かると覚悟していたのに何をやっているのか。
 ライオスの詠唱に聞き惚れている場合ではない。カブルーは剣を構え、ナックラヴィーへと走り出した。

 ――戦闘が始まって数十分、カブルーは驚いていた。こんなにも戦いやすいのは初めてだ。ナックラヴィーのヘイトがこちらに向きそうになった途端、ライオスがヘイトを集めるスキルを発動させてナックラヴィーの攻撃を全て受け持ってくれる。おかげでこちらはやりたい放題だ。
 まだ慣れていないスキルを試したり、新しい武器を試したり、やりたい放題だ。ここまでくると逆に楽しくなってくる。
 最初にライオスがかけてくれたバフはなくなってしまったけど、無詠唱での同じバフが定期的に掛かることがあり、ライオスの視野が広いことが窺えた。
 戦闘狂ではないが、まだまだ戦っていたいと思ってしまう。そんな一方的な戦いだった。
 それもついに終わりを告げ、カブルーが覚えたての斬撃スキルを発動した際にクリティカルが発生し、それがトドメとなった。
 巨躯はゆっくりと倒れ伏し、やがて光となって消える。ナックラヴィーの落とした素材はどれも貴重品ばかりで、どう使うか迷ってしまいそうだった。
「凄いですよ、ライオスさん! こんな珍しい素材がたくさん……きっとフィフティシア近辺にいるナックラヴィーでも落とさないような素材ばかりです!」
 興奮冷めやらぬカブルーに対して、ライオスはと言うと、素材に興味がないのか「全部君に譲るよ」と言ってきた。その発言にカブルーは驚く。
「何を言っているんですか、これはほとんどあなたのおかげで手に入れたようなものです! あなたがヘイトを稼ぎ続けてくれたから倒せたのに、いらないなんて……」
「でも君がいなければこのクエスト自体受けられなかった。それに、アタッカーは君一人に任せっぱなしだったし……俺にはこれくらいしか礼ができない」
「礼なんてそもそも……要りませんよ! こんなの、僕しか得していない」
 一方的に殴るだけの敵に対してスキルや武器の検証ができた上に、カブルーのレベルを三〇は上回る
敵だったため、経験値がかなり入ってカブルー自身のレベルも上がっている。
 それなのにお礼などと、むしろこちらが言いたいくらいだ。
 しかしそれでもライオスは首を横に振る。そこでカブルーは気がついた。
「もしかして……今までもクエストの報酬をほとんど他の人に渡してきたんですか?」
「ん? そうだけど……それが何か問題があるのか?」
 ありまくりだ! とカブルーは怒りたくなった。そんなのは公平ではない。報酬目当てでライオスに近づいてくる奴らがいくらでもいるそうだ。というより、確実にいる。
「あなたのプレイスタイルを否定する訳ではありませんが、そんなカモになるような真似はやめてください。あなたのそのタンクとしての才能は素晴らしいものです。おかげで僕はレベルも上がりましたし、スキルの検証などもできました。とてもじゃないけど全部の素材を受け取るなんてできません」
 そう言い切ると、ライオスはぽかんとした表情になり、その後ふわりと微笑んだ。
「君は優しい人なんだな」
 NPCに見せていたような、いや、それ以上に柔らかい微笑みを向けられ、カブルーは固まった。優しいなんて、当たり前のことを言ったまでだ。
 そんな固まっているカブルーを放っておいて、ライオスは「それならこれとこれを貰おうかな」と素材を選んでいる。そしてなかなか動き出そうとしないカブルーに疑問を持ちつつ、残りの素材を拾い集めカブルーに譲渡してきた。
 カブルーは衝撃を受けたまま、譲渡された素材を受け取る。その中には一番レアな素材もあったが、その時は気づかなかった。

 NPCの別荘について、報告をした時点でクエストが終了した。クエスト報酬もかなり美味しいもので、カブルーはますますライオスのことが心配になる。ライオスに寄生してレベル上げやレアな素材を集めようとする輩が湧くのではないか。
 ライオス自身は気にしていないようだが、カブルーがいい気がしなかった。ほんの少し一緒に行動して、会話を交わしただけでわかる。ライオスはお人好しで、自分に頓着しない。まさにカモがネギと鍋を抱えて歩いているようなものだ。
 別荘から出て、ライオスがいざパーティを解散させようとした時に、カブルーはライオスの手を掴む。
「あの」
 ごくりと息を呑む。こんなことは滅多にしないけれど、今しかないと思ったのだ。
「フレンドになってくれませんか? お役に立てるように頑張りますので」
 カブルーからこうやってフレンド申請するのは初めてだった。大抵、誰とでも何度かパーティを組んだ後に相手がカブルーのことを気に入ってフレンド申請されることが多かった。
 自分からフレンド申請をしたのなんてそれこそリアルの友人くらいだ。けれど、ライオスは特別だった。どうしても放っておけない。それに、先ほど見せてくれた笑顔。あれが忘れられなかった。
 ライオスの目の前に表示されているであろうフレンド申請のポップを、ライオスは驚いたような目で見た後、ゆっくりと指が動いた。
『フレンド申請を断られました』
 ――は?
「フレンド申請してくれるのはありがたいんだけど。こう見えてフレンドがいない訳じゃないんだ。心配してくれてありがとう」
 いやいや、ここはフレンド申請を受理する流れだっただろう。違ったか? ――違ったか!?
 呆然とするカブルーを置いて、ライオスはさっさとパーティを解散してしまった。
 そして片手をあげて「それじゃ」と去ろうとする。慌ててカブルーはライオスにしがみ付いた。
「待ってください! 俺の何が気に入らないというんですか!? 確かにまだシャンフロを始めたばかりの若輩者ですが、そこは慣れていきますしレベルも追いつきます。なんだったらライオスさんのクエストにいつだって着いて行きますし、インベントリ係になったって構いませんよ?!」
「えっと、何が君をそんなに必死にさせているか分からないんだが……一回しかパーティを組んだことがない相手とはフレンドにならないことにしているんだ」
 必死に縋って見せたがライオスはなんてことないように断ってきた。
「それじゃあ何回パーティを組んだらフレンドになってくれるんですか?!」
 もう形振り構っていられなかった。彼とフレンドになりたい。その一心でカブルーはライオスからフレンドになる条件を聞き出そうとする。
「うーん……とりあえず、十回以上、かな……」
 十回。今回たまたまライオスから声をかけられたが、次がある確証がない。そもそもライオスは噂になる程度に人嫌いだったということを思い出した。
「多分もうないと思うけど……次一緒にクエストを受けることがあったらよろしく」
 そう言うとライオスは颯爽と去っていった。残されたカブルーはふと気がついた。
 ライオスから一度も、カブルーのアバター名である「ブラウ」と呼ばれなかったことを。
 わかったことがある。ライオスは人嫌いな訳ではない。他人に興味がないのだ。そうでなければ初めて会ったプレイヤーにクエストに着いてきてくれるように頼まないだろう。いるらしいフレンドに頼めばいい。
 武器や防具から判断して必要な時に必要な相手を適当に決めている。そんな相手と、十回以上パーティを組めと?
 カブルーはぎりぎりと現実でもゲーム内でも歯を食いしばった。
 いいじゃないか、絶対にライオスのフレンドになってやる。そしてカブルーのアバター名「ブラウ」と呼ばせてやる。
 この時、ただ友人たちとシャングリラ・フロンティアを楽しんでいただけのカブルーは死んだ。
 ライオスのフレンドに、あの琥珀色の瞳に入ることが目標となった。それは下手したらユニークモンスターを討伐することよりも難しいことかもしれないが、それでもカブルーはそれを目標とした。してしまった。それがどんな感情からくるものか、この時のカブルーは気づかなかった。畳む
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